『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

3巻10話ヘンリーの帰る場所について

逆らえない運命としての出会いについて

10話のはじめでは、エドワード王がエリザベスに寝物語として、「奇跡が起きて……出会ってしまう」裕福な家の息子と貧しい農家の娘の話を語り、そこに重ねて「白いの」(白猪)に導かれてリチャードに再会するヘンリーが描かれます。「何人(なんびと)も、運命には逆らえないということさーー」(『薔薇』)。

 

逆に言えば、リチャードとヘンリーの出会いは、“逆らえない運命”として、リチャードの〈孤独を見計らったように〉ヘンリーが現れる形で描かれています。『ヘンリー6世』(以下、HⅥ)でのヨーク家のリチャードと王として対峙するシーンが抜かれ、特に1巻3話が特徴的だと思うのですが、ヘンリー(2幕5場)とリチャード(3幕2場)の“独白”を使いながら、2人が互いの孤独から心を開く展開にされていました。

 

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ヘンリーの帰る場所について

2幕5場は、ヘンリーが戦いと玉座に倦み、命も投げ出したいと言う場面で、ここが『薔薇』のヘンリーの軸になっている感じがします。これまで何度か書いてきたように、HⅥのヘンリーは王位への矜持や未練も見せ、その一方で戦争や権力闘争が絡む王位を忌避し、その間で揺れる人物になっていると思います。『薔薇』では前者を削ぎ落とし、一貫して闘争や王位を忌避する人物として造形されているのでしょう。

 

この10話でも、おそらくHⅥ(3)のヘンリーの独白がリチャードとの対話として使われていると思うのですが、2幕5場の独白がかなりそのまま使われているのに対し、こちらは逆転と言っていいほどの変換がされています。

 

ヘンリー スコットランドからこっそり戻ったのは、ひとえになつかしい私の国をこの目で見たかったからだ。いや……ここはもうお前の国ではない。お前の玉座は乗っ取られ、お前の王笏はもぎ取られ……てしまった。(中略)正しい裁きを願って押し寄せる民衆もいない、お前に救いを求める者など1人もいないのだ、この身ひとつ救えない者がどうして人を救える?(HⅥ(3):3-1)

 

今は旅人だ、君に会う為に旅をしてきた、だから君が、僕の帰る場所なんだ(中略)君が救いだったんだ、ずっとーー(『薔薇』)

 

ヘンリーの帰る場所は、国(イングランド)ではなくリチャードになっているのです。王位への未練や国や裁きなどの公的な立場への思い入れが、『薔薇』では個人としてのヘンリーのリチャードに対する想いに変えられています。公的な立場を失ったHⅥのヘンリーは、自分の国ではない、自分も誰も救えないと嘆くのですが、リチャードに会えた『薔薇』のヘンリーは、私人として再会を喜べる訳です。

 

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写真AC   flower plus

 

王冠か愛かの選択肢について

そして、そのヘンリーとの再会が、王としての立場よりも個人としての愛を優先するエドワードの結婚と重ねて描かれているのも素晴しく巧みだと思うんですよ。エドワードの結婚については、ウォリックの外交・婚約交渉中に身分的にも不適切な結婚をしたものというHⅥ通りの描き方。一方、ヘンリーは、王としての結婚を義務づけられ妻にも子供にも愛や救いを見出せず病む人になっています。

 

また、9話でリチャードは、恋に盲目になっているかのようなエドワードに愕然とする一方で、自分が愛されることはないと諦めつつ傷ついていました。9〜11話は、エドワードの恋・結婚との対比でリチャードとヘンリーの孤独を示しつつ、“王冠よりも愛”という道筋(ルート)としてのヘンリーが強調される形になっていると思います。

 

ヘンリーに「救い」だと言われ、雨宿りを口実に2人で過ごしながら更に距離を縮めて、リチャードは、1巻1話冒頭の、そしてHⅥ(3)最後部のヘンリーの台詞、呪われて生まれた子供の話を自分からヘンリーに語りました。エドワード王の語りもお伽話なら、こちらも「悪魔の子」のお伽話という体裁ながら、3話以上にリチャードの秘密と孤独に踏み込んだ話です。そして、「その子が、愛した人は?」とヘンリーに問われてリチャードはヨーク公を思うのですが、それは、命を賭して王冠を求めた父でも、その仇を討つべき父でもなく、幼いリチャードを優しく抱きかかえる愛情深い父としてのヨーク公なのです。

 

王冠と愛の選択についてはもう少しだけ書きたいことがあるのですが、それは11話かその後の記事でまとめて書ければと思います。

 

秘密の結婚と『ロミオとジュリエット』について

エドワード王とエリザベスはこの後の11話で秘密の結婚式を挙げます。(彼らは実際にそのように結婚したのでしょうが)その場面がHⅥには書かれていないこともあり、秘密の結婚から、なんとなく『ロミオとジュリエット』が連想されます。

 

ロミ・ジュリの経過と綺麗には符合しませんし、むしろ違うだろうとは思うのですが、エドワード達やロミ・ジュリの秘密結婚と並行するように、リチャードとヘンリーは、一緒に料理を作ったり洗濯をしたりと、ヘンリーの憧れる森での暮らしか、おままごとのような生活を送っているようにも思えます。(2人のもどかしい関係を、ロミ・ジュリにかこつけて語りたかったのね、と思ってください。)そして、ここでの生活が「帰る場所」としての実体を2人に与えたようにも思えます。

 

ロミオとジュリエット

・舞踏会で互いを知らずに会って惹かれる

・その夜、バルコニーで愛を語る(「ぼくの名前は……われながら憎らしい」)

秘密の結婚

・ジュリエットの従兄弟ティボルトをロミオが殺害。敵対関係が更に深刻になり、ロミオの追放も決まる。

・ロミオの追放の前夜2人が結ばれる

・ロレンス神父が駆け落ちを計画するが行き違って……

 

『薔薇』

・森で互いを知らずに出会う

・その夜、再会して名前を教え合う

ヨーク公をランカスター側が殺害。戦場で敵を殺害したリチャードとヘンリーが再会。その後ヨーク家が勝利し、ヘンリーたちはスコットランドに退避。

2人で数日を過ごす

(・「ヘンリー6世」=敵としてヨーク側に引き渡される)

・森で再会し木の下でまた会う約束をする

・……  ……

 

そして、ロミ・ジュリ以上に思春期的というかピュアというか。ヘンリーはリチャードを当然にも男の子と思いつつ、無自覚に性的な感情も抱いています。ですが、10話ではヘンリーの性被害(またはトラウマティックな罪悪感)が仄めかされ、リチャードは自分の身体を嫌悪しています。ロミ・ジュリは最初の出会いの時にキスを交わしますが、リチャードとヘンリーは性的にも相手に惹かれながら、それに怯えて慌ててその感情に蓋をしています。そんな2人が何もせずただ同じベッドで眠るのです。10話冒頭には、エドワードとエリザベスの“普通の”ベッドシーンがあるのですが、何もしない2人の方がこちらもドキドキするという……。

 
(※HⅥは松岡和子訳・ちくま文庫版から、『ロミオとジュリエット』は小田島雄志白水社版から引用しました。)
 
英国ロイヤル・バレエのマクミラン振付『ロミオとジュリエット』のバルコニー・シーン。


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