『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

8巻34話呪いと代償について

(薔薇王の葬列アニメ13話対応)

「魔女」の実像について

33話の夜の祝宴で前後不覚になったリチャードですが、ケイツビーが連れ出してくれ身体を見られずにすんだことを安堵します。ケイツビーから、ジェーンが薬を調合していることや魔女を自称しているという情報を得て、リチャードはそれを探るためにジェーンの館での「女達の祝祭」に潜入します。

 

「魔女」と言われて、母セシリーが「森の奥に魔女がいる」と言ったこと(1巻1話)が想起され、リチャードはその記憶(?)に一瞬囚われています。ジャンヌの亡霊や、自身が「魔女/悪魔」と言われる恐怖と結びつくものかもしれませんし、人々が抱く不吉な魔女イメージが喚起されたものといえるかもしれません。

 

しかし一見おどろおどろしかった「女達の祝祭」は、王宮の退廃的な祝宴とは逆に、辛い日常から解放される集まりといった感じで、ジェーンも女たちの相談に乗ったりむしろいい雰囲気です。女装のリチャードが女性から言い寄られてもいるので、当時はタブーだったビアンな関係ももてる場なのかと思いますが、そこも含めてシスターフッドを感じるというか。ジェーンも王宮の時のように扇情的・挑発的ではないんですよ。想像上の魔女とその実像が対比され、サバト、薬、まじないも捉え方や使い方次第と示唆されているかのようです。

 

その祝祭の場にジョージの侍女が来ており、エドワード王への「呪い」の話が出てきます。

 

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呪いと代償について

ジョージの妻イザベルは、夫を王にしようと、その侍女に頼んで呪いをかけたのですが、侍女はジェーンの話を聞いて代償を恐れそれを破棄してしまいます。その頃イザベルは、呪いの代償か、飲んだ薬のためか、産後の肥立ちが悪かったのか、といずれとも取れる形で亡くなります。

 

侍女に呪いを教えたのも、薬を渡したのもジェーン……かと思っていましたが、よく読むと侍女に呪いを教えたかどうかは微妙ですね。リチャードはジェーンが呪いを教えただろうと言っていますが、ジェーンは呪いを諫めていますし、侍女に打ち明けられて初めて王を呪ったことを知った訳で、生半可な聞きかじりで侍女がやってしまったようにも読めます。ただ、そこはどうあれ、ジェーンはエドワード王の元に赴きジョージが呪いをかけていると告げます。

 

『リチャード3世』(以下、RⅢ)にはイザベルも出てきませんし、“Gの頭文字を持つ者が王に害をなす”という予言を使ってエドワードの不審を煽り、ジョージを投獄させるのはリチャードで、呪いの話は出てきません。

 

『ヘンリー6世』(第2部)(以下、HⅥ(2))に似た話がありまして、グロスター公ハンフリー(リチャードの前のグロスター公でヘンリーの叔父)の妻エリナーが王に呪いをかけ、そのためにグロスター公も逮捕され裁判を待つ間に暗殺されます。エリナーが呪いの罪状で処罰され、グロスター公ハンフリーが後に逮捕されて急死したことも史実のようで、wikiの「ハンフリー・オブ・ランカスター」に経緯が載っていました。

 

なので、『薔薇』ではてっきりHⅥ(2)の話が使われているのだとばかり思っていたんですよ。ところが! 当時の史料によると、(イザベルが関与したわけではなさそうですが)ジョージはエドワードへの呪いの罪状により、どういう手段かわからない形で処刑されたようで、Gの予言は後世になって出てきた話らしいのです(石原孝哉『悪王リチャード3世の素顔』、以下『悪王』)。

 

何、この相似。

 

石原先生によれば、「呪術や魔法というのは当時の裁判にはよく出てくる罪状であるが、多くは決定的な証拠や自白などがない場合に適用される罪状であった」(『悪王』86頁)。よくある罪状……(恐)。呪いの罪状は、12巻のヘイスティングスの処刑でも使われ、ジェーンの魔女設定はその伏線にもなってましたものね。

 

イザベルについて

イザベルについては、多分HⅥのエリナーのキャラクターと史実とが重ねられているのだろうと思います。

 

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Edwin Austin Abbey  The Penance of Eleanor  [Public domain]

 

エリナーは、グロスター公が王位に就けばいいと言ったり、自分が玉座に座る夢を見たと話したりし、その野心のために巫女と呪術師に依頼して王(ヘンリー)に呪いをかけます。そして、それが露見して逮捕され、島流しの刑に処せられます。イザベルは、ジョージの方が王に相応しいと言ったり(4巻)、王妃になれないとわかって泣いたり(5巻)していましたよね。この辺は、エリナーを意識した造形ではないでしょうか。

 

グロスター公やジョージが逮捕に追い込まれた背景にも、多少似たところがあります。グロスター公に関しては、百年戦争終結後にマーガレットを担ぐ和平派が台頭し、戦争継続派のグロスター公たちと対立していました。(ヨーク公も戦争継続派で、戦争終結に反対していた話は1巻に出てきました。)

 

baraoushakes.hatenablog.com

 

ジョージに関しては、エドワードによる領地分割とリチャードの結婚で財力が減少し、またエリザベスの親族ウッドヴィル一族の台頭によって権勢の中心から遠ざけられていました。加えて、『薔薇』には出てきませんが、そんなジョージの元に新興勢力を快く思わない貴族の不満が寄せられ、ウッドヴィル一族を重用するエドワードと対立しつつあったそうです(『悪王』)。

 

こうした勢力関係は、HⅥやRⅢではもう少し卑近な形で書かれています。HⅥ(2)では、マーガレットが自分より財力のあるエリナーを目の敵にし、わざと侍女と間違えてひっぱたいてエリナーを憤慨させたり、和平派の貴族と組んで摂政のグロスター公を失脚させ暗殺させる話になっています。RⅢでは、リチャードが(投獄させたのは自分なのに)、ジョージの投獄はエリザベスによる讒言のためだと濡れ衣を着せて非難し、その台詞の中で、エリザベス親族の重用で旧貴族が疎んじられ、エドワードの王位に貢献した自分やジョージが不興をかっていると言っています。

 

HⅥのマーガレットvs.エリナーの昼ドラのような対立ではありませんが、『薔薇』でも31話でエリザベスとイザベルに険悪な雰囲気がありましたよね。エリザベスはジョージの莫大な財産を分割させようとリチャードとアンの結婚を提案し、イザベルも口には出さないものの「卑しい成りあがり貴族」のエリザベスの台頭を警戒し対抗心を持っていました。エリザベスも猫を被っていますし、イザベルも場をわきまえた対応をしていますが、ここもジョージをめぐる勢力図を描きつつ、HⅥと重ねているのかもしれません。

 

イザベルが出産後に亡くなるのは史実通りで、『悪王』によれば、ジョージはエドワードによるイザベルの毒殺を疑っていたという史料があるそうです。続く35話では、ジョージが、イザベルの飲んだ薬が毒だったのではないかと疑いますが、ここについても、ジェーンから受け取った薬ということで、ジョージにエドワードの関与を疑わせる巧みな展開になっています。

 

いやもう、HⅥ(2)、RⅢ、史実(史料)が絶妙な加減でミックスされているんだなー、と思います。

  

実像に近い「魔女」はこちらにも出てきます、ということでご紹介。これもすてきな作品です。
ヴェルディのオペラ『マクベス』から魔女のシーン。ミネソタ・オペラの2014年版のこちらは宴的で魔女達楽しそう。


www.youtube.com

 

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