『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

王妃と薔薇の騎士 1巻 Ep:1 戦う聖女について

(※ネタバレになっていますので、ご了解の上お進みください。)

戦う聖女について

何を隠そう『薔薇王の葬列』第2部でも当然マーガレットが出てくると思っていた私なので、11巻の展開は一寸衝撃で、後から十分納得はしたものの“マーガレット出てこないのか〜”みたいな気持ちはあったんですよ(『リチャード3世』(以下、RⅢ)には最後の方までマーガレットが出てきます)。それが! RⅢパートの第2部ではマーガレットを出さず、前日譚の外伝『王妃と薔薇の騎士』(以下、『騎士』)で『ヘンリー6世』パートをマーガレットを主役に描くという! そう狙ってではないのかもしれませんが、菅野先生、やはり粋ですね〜。

 

baraoushakes.hatenablog.com

 

敵と味方の視点が反転されることにもなる一方で、『薔薇王』最後部で印象が覆ったジャンヌが繋がる形にもなっています。また、『薔薇王』第1話では魔女+亡霊としてのジャンヌが登場しましたが、『騎士』Ep:1では〈国を守る為戦った乙女、聖女ジャンヌダルク〉が語られます。原案『ヘンリー6世』(以下、HⅥ)では、ジャンヌの魔女的側面が強調されてはいるものの、この両面が描かれているとも言えるかもしれません。『薔薇』リチャードやヨーク家はジャンヌを敵視し恐れていましたが、『騎士』マーガレットはジャンヌのようになりたいと思っており、イングランド側のサフォークすらジャンヌを称えてマーガレットに重ねています。

 

菅野先生は、肖像画を参考にしていると時々おっしゃっていますが、今回のマーガレットには特に納得です。この辺や下でリンクした記事内の絵が参考にされているんじゃないかと思えます。

 

By Louis Boudan - Bibliothèque nationale de France, Public Domain, Link

 

Talbot Master (fl. in Rouen, c. 1430–60), Public domain, via Wikimedia Commons

 

テイストとしては『薔薇』本編と少し違う印象を受けました。『薔薇』本編は、HⅥやRⅢのストーリーに添いつつも、象徴性が高くシェイクスピア複数作品イメージが重ねられかなりハイ・コンテクストに思えたのに対し、『騎士』の方は割合すっきりしている気がします。HⅥの敵・味方像あるいは人物像をほぼ逆にした、歴史ドラマ的な作りというか。(単に私が今回はオマージュが見つけられなかったり、『薔薇』の方で妄想しすぎていたりしたせいかもしれませんが。)

 

ということで、『騎士』感想は人物像をどう描き変えているかの話が中心になりそうです。

 

髑髏を抱えるマーガレットについて

表紙と冒頭が髑髏を抱えたマーガレットで、HⅥ第2部後半の以下の台詞が使われていますが、「だが、涙を流して何になる? 賢明な女は、坐してただ嘆いたりしない」として、過去祖母がそう語った子供時代の思い出に遡ります。

 

悲しみは心を弱くし、怯えた意気地なしにするという、だから復讐だけを念じ、もう泣いてはだめ。でも、これを見てどうして泣かずにいられよう? 首はときめくこの胸に寄り添っているけれど、抱きしめるはずの体はどこにあるの? HⅥ第2部 4幕4場

 

賢明な女達の系譜について

今回、歴史文献があまりわかっていなくて、以下のサイトぐらいしか参照していないのですが、この記事でも祖母がアンジュー公国を統治しイングランドを撃退したことや、(『騎士』には出てきませんが)マーガレットの母イザベラが夫に代わって戦争しロレーヌ公国を統治した話が出てきます。一方、マーガレットの父は、力がなく、彼の代で複数の王位を失った人のようです。『騎士』でもマーガレットの父がナポリ王位を失ったことが指摘され、「貧乏公爵」と蔑まれています(HⅥでも貧乏と貶されています)。強い女性と王位を失った夫。後に王妃として戦いを指揮するマーガレットは、なるべくしてそうなった人のように思えますね。「彼女には重要なロールモデルがいた」(記事内)。

 

www.factinate.com

 

今回の出版記念で、菅野先生と萩尾望都先生の対談という素晴らしい記事がアップされましたが、ここで菅野先生は、祖母から渡された本が、フェミニストの祖のようなクリスティーヌ・ド・ピザンの書いたものという裏設定(かな?今後明示されるかも)を明らかにしています。そういう繋がりが示唆されています。

 

natalie.mu

 

上の“Devious Facts About Margaret of Anjou“の記事では、「マーガレットと結婚してヘンリーがどれほど幸運だったか彼はわかっていなかったのではないか。彼の治世が崩壊した時、マーガレットは彼にとって輝く鎧を纏った騎士になるのである。」とされています。『騎士』のヘンリーがそれを喜ぶかどうかは別として、こちらのサフォークはマーガレットをまさにそんな存在として捉えています。Ep:1でマーガレットは既に鎧を着て、神秘劇で「聖マーガレット」を演じてもいますし、Ep:3でもその片鱗を示しています。

 

騎士としてのサフォークについて

『騎士』サフォークは、戦う統治者の器があるマーガレットの為人を評価し、王のヘンリーやイングランドのためにこそ彼女を王妃にしたいと考える人物です。主人とその妻に忠誠を尽くす騎士の感じですよね。HⅥ既読の方はご存知のように、素直に読んだHⅥのイメージとは逆と言っていいほどです。(マーガレットがサフォークをヘンリーと誤解するのは『騎士』オリジナルで、HⅥにはありません。)

 

HⅥサフォークは、捕虜となったマーガレットの美しさにまず惹かれ、「お前には妻があるのを忘れたか、ならば、どうすればマーガレットを愛人にできる?」と考え、その私利私欲のために彼女をヘンリーの妻に据えようとします。HⅥでむしろヘンリーを操っているように見えるのもサフォーク。HⅥで、「姫の雄々しいまでの勇気と恐れを知らぬご気性は 一般の女に見られるものを超えており(中略)高い志をもった女性」と確かにサフォークは語りますが、それは、持参金もなく、イングランドに不利な停戦条件での結婚を言いくるめる台詞になっています。

 

『騎士』サフォークにはマーガレットのこうした描写が真実のものでしょう。イングランドからは不当に見える停戦条件・結婚であるため、それは『騎士』でも波紋をもたらしますが、不利な条件の停戦は、国同士の和平を志向し、虜囚でなく望まれる王妃としてマーガレットを迎えるサフォークの誠意として描かれます。

 

HⅥでは単に捕虜でなく自由を与えて王妃にさせるというやりとりも、『騎士』では、マーガレットの人生と才能を生かすオファーとして語られています。

 

サフォーク こうして捕われたのも、 王妃になるためなら幸せだと思っていただけませんか?
マーガレット 捕われて王妃になるのは 鎖につながれて奴隷になるより忌まわしい。 王侯貴族は自由であるべきです。
サフォーク あなたは自由になる、 幸せなイングランド王が自由ならば。(中略)私はあなたをヘンリーの王妃にして差し上げる (HⅥ)

 

全ての女性の中で「王妃」こそが もっとも自由にその能力を行使することができる…! (『騎士』)

 

台詞は結構HⅥ準拠と思いますが、HⅥでは、サフォークがマーガレットもヘンリーもグロスター達もうまく誤魔化している感じなのに、印象が随分異なります。どちらかというと『ヘンリー5世』でのフランス王女キャサリンへのプロポーズシーンに近い感じです。思わず先に『ヘンリー5世』の方を確認したら、台詞的に重なるところはなかったので私の印象にすぎないのでしょうが、(演出・演者によってかなり違うものの)サフォークの男前な感じがヘンリー5世っぽく見えるんだろうと思いました。

 

キスシーンもHⅥとは違うんですよー。HⅥではサフォークが、ヘンリーへの挨拶としてキスをねだり彼からくちづけをする流れです。(その後のマーガレットの台詞、「それ(=キス)はあなたのもの。私は、そんなつまらない贈り物を 一国の王ともあろう方に差し上げるつもりはございません」は、色々に演出できそうです。)『騎士』サフォークの方は、やはり礼を尽くす騎士だと思わせますね。

 

『薔薇の騎士』について

タイトルが「王妃と薔薇の騎士」と知ってから、シュトラウスの『薔薇の騎士』(Der Rosenkavalier)に擬えたところがあるのか気になっていました。何故「薔薇の騎士」なんだろうと思いません? 私だけ??

 

ばらの騎士 - Wikipedia

 

といっても結局わからなかったというのが正直なところで、いつもながらの無理矢理ですが、結婚申し込みの使者(オクタヴィアン)と求婚された女性(ゾフィー)が恋に落ちる点では似ているかもしれません。ゾフィーは求婚者と使者を取り違えることはないものの、オクタヴィアンに魅了されて、本来の求婚者の男爵に失望したりもします。

 

『薔薇の騎士』では、ゾフィーは求婚者の男爵と結婚しない結末になりますが、オクタヴィアンは実は年上の元帥夫人と恋人同士です。元帥夫人が、若いオクタヴィアンが新たな恋に落ちたことに気づいて、彼に相応しいゾフィーのために別れを決意し、オクタヴィアンは自分の気持ちに迷うという話になっています。こちらのプロットで言えば、元帥夫人=サフォーク、オクタヴィアン=マーガレット、ゾフィー=ヘンリーと言えるかもしれません

 

無理矢理と言いつつ、オクタヴィアンが婚約のための薔薇の献呈に来るシーンの動画をリンクします。音楽がもうこれは恋だという感じがしますよね。原作に忠実なロココ的舞台設定が1番上でまさに騎士的なオクタヴィアンです。2番目はオクタヴィアンが馬に乗って登場という素敵演出で、2人が既に仲良くなっている感じがあります。3番目のMET版は、『騎士』サフォークっぽくはないですが、オクタヴィアンも少し緊張している感じなのが好きなので(この版好きなのですみません💦)。

 


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(※HⅥは松岡和子訳・ちくま文庫版から引用しました。)