『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

スウェーデン王立歌劇場、ブリテン作曲『夏の夜の夢』感想

スウェーデン王立歌劇場、Tobias Theorell演出、Simon Crawford Phillips指揮、2023年上演・11月12日まで無料配信中。

 

operavision.eu

 

不思議な館での妖しい夜の夢のような雰囲気の、スタイリッシュで美しい作品でした。夏至に近い季節ですし、本作は少しトニー賞っぽい雰囲気もあるので、今観ると楽しいんじゃないかと思います。

 

ブリテンの『夏の夜の夢』を(配信ですが)初めて観た時の記事では「『夏の夜の夢』の現代化演出にはあまり食指が動かない気がした」などと書いてました。今ではそれが信じられないくらい、演劇・オペラ・バレエいずれも現代演出を楽しく観ますし、今回のTobias Theorell演出も面白かったです。初めて観た時のIrina Brook演出版は、それでも原作的な妖精感に惹かれました。ブリテンの『夏の夜の夢』の音楽は妖精的な雰囲気が十分ある一方、現代音楽的な不協和音やメロディーのわかりにくさも私は感じます。今回の演出は、不協和音やカウンターテナーの歌が醸し出す妖しい雰囲気を引き出す作品のような気がしました。特に前半の妖精の場面は、演出と相俟って音楽が妖しく聞こえるのを楽しむことができました。

 

baraoushakes.hatenablog.com

 

trailerがこちらです。


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この下では、演出の話を時系列に沿って延々書いています。演出ネタバレ(??)的にはなりますので、配信をご覧になる予定の方は、この辺までで先に配信を観ていただくのがよいかもしれません。

 


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クイアな雰囲気のあるオーベロンとタイテーニア

多分通常は子どもが妖精役のところ、こちらは全員大人の女性でややセクシーな感じのメイド衣装です。4,5本観た程度ながら、私は大人の女性が妖精パートを歌うものを初めて観ました。ブリテンの『夏の夜の夢』は、最初の子どもの歌で妖精の不思議な世界に誘われる印象が私にはあり、今作は、声的にも外見的にも可愛い妖精感は敢えて封じた始まりに見えました。音楽のニュアンスも違って聞こえます。

 

前奏曲部分で、左右側と上側にそれぞれ男女がいる3つの部屋が描写され(後から、ハーミア+ライサンダー、ヘレナ+ディミートリアス、ヒポリタ+シーシュースの部屋だったとわかりました)、空いた真ん中の空間に掃除道具をもったメイド達が出てきてわちゃわちゃした感じで歌います。女声というだけでなく歌い方もあるのか、悪い意味でなく猥雑な印象になり、この辺からもう妖しさが醸されます。それもあって森というよりは夜の夢が前面に出ているような感じがします。

 

次いで登場したこちらのパックは、スキンヘッドで執事っぽい服装ながら、大人なのに半ズボンです。上リンクのブログ記事で解説を引用した小室敬幸さんは、パックは元々子どもが演じる役だと確かおっしゃっていました(尤も、パックについては、私が観たものでは大人が演じることが多かったです)。以下のグラインドボーン(Peter Hall演出)版や新国立劇場(David McVicar演出)が元々の構想に近いんじゃないかと想像します。これらの妖精画のようなファンシーな雰囲気と、今作の妖しい雰囲気の対比がわかっていただけるんじゃないかと思います。

 


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そしてRodrigo Sosa Dal Pozzoのオーベロンは黒のスーツのようなドレスで白塗りっぽい化粧もしています。タイテーニアは白のドレッシーなタキシード(風ドレス)。2人が対でジェンダーをミックスしたメットガラ的衣装に思えます。Elin Romboのタイテーニアには、ティルダ・スウィントンケイト・ブランシェットや、ナショナル・シアターのグウェンドリン・クリスティーを彷彿とする、クールなのにどこか誘惑的な雰囲気があります。こちらのタイテーニアが取り替え子の母親と仲がよかったと言うと、恋愛関係の可能性も考えてしまいます。

 

オーベロンをカウンターテナーが歌うのも元々は妖精の異界的表現だと思いますが、今回、カウンターテナーの声とブリテンのなんとも言えない不思議で現代的な音楽がこの妖しい雰囲気にとても合うと思いました。妖精達のパートと同様音楽が違う様相で聞こえ、これはオペラ演出的に意味があることなんじゃないかと想像します。見た目で印象操作されやすい自覚はありつつ、それも含めて演出の妙でしょうし。Sosa Dal Pozzoの演技も、高音部が艶やかで低音部に男声っぽさがある歌い方も今作のオーベロンに嵌ってとてもよかったです。

 

恋心を抱かせる花の滴(Love-in-idleness)は、今作では媚薬か香水を思わせるスポイトボトルに入った液体になっており、そんなところも妖精の不思議な魔法というよりオーベロンとパックの妖しい企みを思わせます。

 

アテネの恋人達

彼らの設定は現代というか20世紀中葉っぽくて、家具や衣装がミッドセンチュリー的な気がします。もう同棲している感もあるハーミアとライサンダーはトランクをもって駆け落ち。ヘレナはディミートリアスの部屋で彼が寝ているベッドに入って求愛し、ディミートリアスは誘惑されそうにもなりながら、彼女を振りきって窓からハーミア達を追いかけます。こちらのハーミアとヘレナは、ブロンドとブルネット以外の雰囲気が似ているように思えます。原作の台詞からはヘレナが金髪で背が高い設定なので逆設定とも言えそうですが、可愛い系と美人系とか違うタイプにすることも多いのに、こちらは敢えて2人を近い感じにしているのかもと思いました。ライサンダーとディミートリアスも、ライサンダーがアジア系・ディミートリアスがヨーロッパ系の違いはありつつ、それ以外の雰囲気は割合似ている気がします。よく似た男性達がどちらを好きになる可能性もあり、みたいなことなんでしょうか。

 

この場面は、最初に書いたように3つの部屋があり、奥の高いところにヒポリタとシーシュースがいます。観ている最中は注意が向かなかったんですが、後からサイトの写真を見たら、ヒポリタが考え込むように1人で起きていたりロバの頭が飾ってあったりするのがわかりました。そのシーンを見直したら(奥のシーンはあまり見えないながらも)ヒポリタとシーシュースは2人ともベッドに入った後、ヒポリタが途中から1人で起きているんですよね。最近の演出で時々見られる、あまりうまくいっていないヒポリタとシーシュースを示唆するシーンなんでしょうか。ロバがあるのは、ヒポリタとタイテーニア、シーシュースとオーベロンを重ねる含意だったりするのか(ブリテン版ではどうしても別役になりますが)、単に鹿の飾りの代わりの冗談と考える方がいいのか。

 

Midsummer Night's Dream © Sören Vilks / Royal Swedish Opera
A Midsummer Night's Dream | Operavision

 

真面目な勤め人のような職人達

今作の演出でもう1つ意外で新鮮さを感じたのが職人達です。皆、真面目な公務員か銀行員のようで、なるほどこういう作りも面白いなと思いました。やはり20世紀中葉ぐらいの服装の気がします。ボトムまで真面目な人っぽいのに、どんどんその気になって悪ノリしていくように見えます。フルートは女性役と言われて焦っています。

 

ロバになったボトムが元に戻って喜び、皆で彼が寝ていたベッドのシーツや枕を振り回したりして、そこでふっきれた風に見えました。

 

恋人達のベッド

タイテーニアとボトムのシーンは、ロバになったボトムが屋敷に迷い込み、知らないうちにベッドの毛布を剥いで夜着のタイテーニアを起こしてしまう形になっていて、この時点で観客もボトムもドキッとする感じになります。タイテーニアがボトムに愛を囁く間に、メイド達がベッドの上でボトムのズボンを脱がせたり、ボトムが露骨な仕草をしたりするので、タイテーニアはロバの頭を抱きしめる程度でも結構セクシュアルに見えます。

 

しかもパックは、恋人達にも魔法をかけるためにベッドを用意してベッドメイキングをしていたりもします。

 

ベッドや床敷のマットがセクシュアルな意味を持つと思う一方で、歌手の方達の演技が上手いこともあって睡眠の面からも本当に寝心地よさそうです。カップルがそれぞれ同じベッドやマットでぐっすり眠って気持ちよさそう……。マットと書いたものの、本当は布団とかオフトゥンとか言いたいくらいです。

 

オーベロンが魔法を解き目覚めたタイテーニアが彼の企みを知って怒る演出も見たりするので、今回のタイテーニアは強気そうでも怒らないのかーとも思いましたが(オペラ=歌的に怒るのは難しいかもしれません)、この気持ちよく眠った感がそこをうまくまとめているような気さえしました。アテネの恋人達は、原作的にもオペラ的にも目覚めた後にいい雰囲気になりますよね。恋人達が目覚めるシーンについてはもっとセクシュアルな表現の演出もあるものの、今作を観て、眠って夢を見ること自体が性関係の隠喩なのかなと思いました。気持ちよく眠るって大事。

 

恋人達とボトムが目を覚ますと、美しかった場所のはずが周囲は廃墟というかガラクタが散乱する状態になっていて、ここは上とは逆の意味で夢から醒めた感じを抱かせます。

 

トニー賞的な祝宴と芝居

終幕も楽しい仕掛けでした。パックが出てくると鏡で客席を見せる背景に変わり、これからショータイムといった風に職人達の芝居の導入になります。シーシュースとヒポリタは、トニー賞とかのプレゼンターのようです。ハーミア達も同様で、こちらは男性がタキシード、女性がドレスのいかにもな格好。この演出だと結婚の祝宴の方でなく、芝居が主に見えます。

 

しかもシーシュース達は劇場の実際のロイヤルシートに移動し、そこから茶々を入れながら(←当然歌)職人の芝居場面が進行するという美しい劇場を使った粋で素敵な構成です。

 

今回はダメな芝居というよりは、真面目なおじ様達がよくここまで演った!的な面白さでした。『夏の夜の夢』は何回も観ているのに、今回も職人達のお芝居には笑ってしまいました。ブルーマンのパロディかなと思いましたがどうでしょうか(顔はブルーじゃなくて白塗りですが)。