『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

MARQUEE.TVのシェイクスピア・コレクション(8)

“Love's Labour's Won”(恋の骨折り甲斐)という作品もシェイクスピア・コレクションに入っていたのですが、失われた作品という話を聞いたことがあったので、てっきり戯曲の断片から再構成したものか、擬シェイクスピア作品かと思い込んでいました。話もわからない古典の英語版はハードルが高すぎると思って、これはもう飛ばそう、と今まで観ていなかったんです。

 

ですが、“Love's Labour's Won”が他作品の別タイトルなりサブタイトルという説もあるそうで、実はロイヤル・シェイクスピア・カンパニー『から騒ぎ』の別タイトルだと解釈して、『恋の骨折り損』と2本立て同じセットで演者を重ねて日替わり上演するという粋な企画ものでした。時代的には、『恋の骨折り損』が第一次世界大戦の前、“Love's Labour's Won”が大戦直後という設定になっているそうです。

  


Love's Labour's Lost and Won/ [DVD]

 

シェイクスピア・コレクションでもちゃんと続く番号に配置されていていたのですが、思い込みというか、妄想癖、怖いですね。この2本に出てくる頓珍漢で面白い人達(ドグベリーとか)のような勘違いを自分がしていました。そうとわかって『恋の骨折り損』を観た直後に観ていれば、役の重なりなどをもっと楽しめたはずだったのに、主役の2人、ビローン役とロザライン役(『恋の骨折り損』)/ベネディック役とベアトリス役(『から騒ぎ』)のエドワード・ベネット(Edward Bennett)とミシェル・テリー(Michelle Terry)はわかったものの、他の人についてはかなり記憶が曖昧に……。

 

両作品とも、2014年の、Christopher Luscombeの演出です。

 

こちらも当時の雰囲気の音楽や歌が入ったおしゃれな感じの作品でした。Trailerも後から見たのですが、しっかり「通常『から騒ぎ』として知られる」と言われていますね。

 


Love's Labour's Won | Live from Stratford-upon-Avon | Trailer | Royal Shakespeare Company

 

『から騒ぎ』は、ベアトリスとベネディックの、憎まれ口を叩き合う似た者同士の2人を、周囲が画策してカップルにする話です。この主筋に、ベアトリスの従姉妹ヒーローとベネディックの友人クローディオという、婚約中のカップルに生じる『オセロー』のようなトラブルが絡みます。ヒーローの不実を誤解したクローディオは、結婚式の場でヒーローを非難し彼女の名誉を傷つけ拒絶しますが、このトラブルで、ベネディックがベアトリスを慰めたり、2人で真剣に話したり、ヒーローを死んだことにして匿う秘密を共有したりで、2人の仲は深まります。その後、ヒーローへの誤解をもたらした悪事も露見して、2組のカップルが結ばれるという流れです。(ただ、誤解が解けるまではかなり酷い態度のクローディオと、ヒーローが問題なく結ばれるのは、個人的には複雑な気持ちになってしまいます。その点ではむしろ『恋の骨折り損』の方が、引っかかりが少なく楽しく観られますね。原作通りなので仕方ないと言えば仕方ないのですが、RSCではこういうところを配慮したり皮肉ったりする演出が多かったので期待してしまったところもありました。今回は、演出的にもその辺があっさりしていた気がします。)

 

恋の骨折り損』との2本立てというのが何よりのポイントとは思いますが、時代と場所を移した演出なのでダウントン・アビーぽくもありました。最初のシーンでは、マナーハウスの書斎が傷病兵用病院のようになっており、その家のお嬢様のヒーローと従姉妹ベアトリスが看護師の制服でベッドを整えているところに、軍服を来たベネディック達が戦地から帰ってきます。『から騒ぎ』にはボラチオという悪だくみを提案する家来が出てくるのですが、これがフットマンのトーマスみたいです。ヒーローが結婚式で拒絶されてしまうのも、『ダウントン・アビー』と一寸重なる気もします。

 

“Love's Labour's Won”を『から騒ぎ』だと解釈した理由についてはRSCのサイトにも解説はなかったものの、こうして重ねられると、確かに“Love's labour's Lost”(『恋の骨折り損』)とメインの2人のキャラクターが似ていたり、類似のプロットとその逆転がありそうだと思いました。『恋の骨折り損』は、学問に励む間は恋をしないことを誓いあった王と3人の家臣が、領地返還交渉に訪れた王女と3人の侍女とそれぞれ恋に落ちてしまう話なので、似ていると思えたのは、あらすじではなくその中で使われるプロットの方です。シェイクスピア研究などでは既に指摘があるのかもしれませんが、こうやって観るまで全く気づきませんでした。“Love's Labour's Won”は『じゃじゃ馬ならし』の別タイトルという説もあるそうですが、もし現存作品の別タイトルだとすれば『じゃじゃ馬ならし』の方ではなく『から騒ぎ』だろうと思えてきます。RSC、本当に面白い企画をしますね。

 

“Love's Labour's Won”(=『から騒ぎ』)はW、“Love's Labour's Lost”はLと略記して、その辺を少し書きます。反省しておきながら、ここも思い込みだったりはするんですが。

 

ビローンとロザライン(L)、ベネディックとベアトリス(W)とも、頭の回転が早く軽口を叩き合う/舌戦を繰り広げる2人で、ツンデレ的な似た者同士。また、ビローンもベネディックも、最初は自分は恋なんかしない、と斜に構えています。Lの方が比較的相思相愛的でWの方がより意地っ張りであったりはしますし、Lの方は他のカップルも主人公カップルと相似形という違いはありますが、ロザライン/ベアトリスの口が達者なところを早馬に擬える台詞も似ている!と思いました。

 

BIRON Your wit's too hot, it speeds too fast, 'twill tire.

ROSALINE Not till it leave the rider in the mire.

ビローン あなたのウィットはまるで暴れ馬だ、そんなに突っ走るといまに疲れますよ。

ロザライン 疲れないうちに乗り手をぬかるみに落としますよ。

  

BENEDICK I would my horse had the speed of your tongue and so good a continuer. But keep your way, i' God’s name. I have done.

BEATRICE  You always end with a jade’s trick.

ベネディック おれの馬もあなたの舌の回転におとらないほど脚が早く、息が続いてくれればいいのだが。ま、一人で突っ走ってお行きなさいーーこっちはもうおりた。

ベアトリス あなたはまるでたちの悪い馬ね、そのようにいつも急に立ち止まって乗り手をおっぽり出そうとなさる。

 

また、類似していて逆転なり変換になっているように思える点が以下のようなところで、(無理矢理っぽくこじつければ)失敗プロットが成功プロットになっている気もします。もっとも、『恋の骨折り損』を観ると、その失敗の後や知らせが来て中断になった後の終幕こそが、しみじみしていいなーと思いましたが。

 

・仮面と入れ替わり

Lでは王達が仮面をつけて口説こうとしたことが王女達に事前に見破られ、試みが失敗して別人を口説くことになります。Wでは別人が代理で口説きますが無事に成功。更に最終部では、クローディオが贖罪として結婚することにした女性が仮面を取ると実はヒーロー本人だったというハッピーエンド。また、成功の意味での逆転ではありませんが、ベアトリスが仮面を被ったベネディック本人を別人と見做して、彼の悪口を言うという展開もあります。原作ではベアトリスが気づいていたともいなかったとも取れる形ですが、このRSC版ではわかって言っている形でした。

 

・隠れて恋の話を聞く 

Lでは隠れて聞かれていることを知らずに、各自が密かな恋心を語ってそれが露見します。Wでは隠れているのを知った上で、第三者がベネディック/ベアトリスの(事実とは異なる)恋心を語り、互いのことを聞いた彼らが恋に落ちます。

 

・秘密の計画 

Lでは王達男性グループが王女達を口説く計画を画策し、見破られて失敗。Wでは、名誉を傷つけられたヒーローを、死んだことにして匿うことが計画され、そのヒーローとベアトリス達側の計画に、クローディオの友人でもあるベネディックが協力し秘密を守って事態が収束します。

 

・ラブレター 

Lではビローンがロザラインに宛てたラブレターが、誤って王に届いて失敗。Wでは2人がこっそり書いていた愛のソネットが互いの手に渡ります。このプロダクションでは、2人がそれを読んで相手の気持ちがわかり「ヘッヘッへ」と満足げに笑う形になっていました。

 

(※L=『恋の骨折り損』は松岡和子訳・ちくま文庫版、W=『から騒ぎ』は小田島雄志訳・白水社版から引用しています。)