『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

倉持裕作・演出、『歌妖曲~中川大志之丞変化~』感想

倉持裕作・演出、中川大志主演、『歌妖曲~中川大志之丞変化~』2022年上演、WOWOW放送。

 

昨日くらいまでWOWOWオンデマンド配信していたらしいので、もう少し早く感想がアップできればよかったのですが……。でも公式ツイッターを見ると、時期は未定ながら再放送がありそうです。

 

www.sanjushi2nd-2022.com

 

『リチャード3世』×昭和の歌謡界ということで、歌あり踊りありなのが「ミュージカル」というよりまさに「歌謡ショー」の雰囲気。歌う方全員にその雰囲気があって、歌もとても楽しめました。中川大志さんは初舞台だそうですが、歌も上手いし華もあるし、『LIFE!~人生に捧げるコント~』でも発揮された、クセ強いものもOKな堂々たる主役ぶり(倉持裕さんが『LIFE』の脚本家だそうです)。時代設定もあってか、おどろおどろしさや荒唐無稽さ、あるいは家族・親子の秘密のような話が昭和の漫画やドラマのノリを感じます。私の中では『リチャード3世』というよりその雰囲気の方が印象的でした。 これというぴったりなものではないものの、例えば手塚治虫先生の『ブラックジャック』とか。キャラの風貌や設定は一条ゆかり先生の『デザイナー』っぽくも見えたり……。そう言いながら、主人公・鳴尾定(なるおさだむ)の感情の機微を考えると、結構『薔薇王』と重なるところもあるかもしれません。

 

『リチャード3世』とされているもののストレートな翻案ではなく、相当に変形しています。書かれていなければ『リチャード3世』(以下、RⅢ)だと私は気づかなかっただろうと思うくらいでした。逆に、書かれていないけれど『オペラ座の怪人』的な気もします。おそらくRⅢの翻案として楽しむ作品とは違うだろうとは思うのですが、今回の感想は“シェイクスピアを探して”方向強化で書こうかなと思います。

 

上でリンクした公式サイトのあらすじは以下の通り。

昭和40年代の歌謡界に彗星のごとく登場し、瞬く間にスターダムに駆け上がった桜木輝彦(中川大志)。
そのベールに包まれた経歴の裏側には、戦後の芸能界に君臨する「鳴尾一族」の存在があった。
元映画スターの鳴尾勲(池田成志)が手掛ける、愛娘の一条あやめ(中村 中)と愛息の鳴尾利生(福本雄樹)は、スター街道を邁進中。
フィクサー・大松盛男(山内圭哉)が控え、今や世間からは、大手芸能プロダクションと謳われていた。
だが、そんな鳴尾一族にあって、存在を闇に葬られた末っ子がいた。
ねじ曲がった四肢と醜く引きつった顔を持つ、鳴尾定(中川大志)。
一族の汚れとして影の中で生き長らえてきた定は、闇医者の施術により絶世の美男子・桜木輝彦に変身を遂げ、
裏社会でのし上がろうとするチンピラ・徳田誠二(浅利陽介)と手を組み、同じく鳴尾家に怨恨を抱くレコード会社の女社長・蘭丸杏(松井玲奈)と政略結婚し、自身の一族に対する愛の報復を始める。

 

『リチャード3世』との関連

あらすじを読むと、徳田誠二がバッキンガムで、蘭丸杏は名前通りアンだろうと想像されますが、キャラ的には徳田はRⅢバッキンガムと少し違い、蘭丸杏はアンとマーガレットが足された風で、むしろ杏が定(さだむ)を利用する感じもあります。RⅢのアンはもう一人、兄・利生の婚約者の友岡虹子に投影されていると思います。こうしたRⅢ登場人物の合成や分解が結構されているようです。「蘭丸」って、もしかしてランカスターと掛けられていたりするんでしょうか。他は人物名もあまりそれらしいものがない気がするのですが。

 

定の兄・利生は、RⅢのクラレンス公ジョージ、『ヘンリー6世』(以下、HⅥ)での割合輝かしいエドワード4世王、もしかしたら王子(エドワード5世)もミックスされているかもしれません。期待を一身に受けた長男になっています。

 

姉のあやめの方は、エドワード王の王妃のエリザベスが基本かと思います。RⅢでは3兄弟のところがそんな変形になっています。エリザベスは低い身分の出身のために軽んじられているのが、今作ではあやめは異母姉で、あやめの母は父・勲と正式に結婚しておらず、利生に劣る扱いを不満に思う設定になっています。同時に、長男に対する不満を燻らせているところはHⅥや史料のクラレンス公ジョージ的にも思え、3人きょうだい的なところもあります。あやめの娘、峰田希子がRⅢでは名前だけ登場する娘のエリザベスですね。

 

定の父・勲は、公爵夫人(リチャードの母)が主な気がしますが、家長で権力もあるのでエドワード4世王的な面もあります。しかもこちらが悪役的。

 

歌番組の中継の体で話が進行し、この歌番組の司会やプロデューサーは、リチャードの王位就任請願に来る市長や市民のように見えないこともありません。ただ、鳴尾プロダクションを裏で支えるやくざの大松盛男は元キャラ誰?みたいな人ですね。中盤あたりまでヘイスティングズやHⅥのウォリックかなと思ったらそれも違う気がしました。対応は求めない方がいいのかもしれませんが。

 

登場人物以上に、親族内で揉めているところに定がやって来たら、定への警戒で皆がまとまるシーンとか(RⅢではリチャードに対してでなくマーガレットに対して皆が結束するのですが)、夢で亡くなった人達が出てくるシーンなどがRⅢっぽい感じがしました。

 

RⅢの話をもう少し続けますが、内容に踏み込んでしまうので先に『オペラ座の怪人』について書きます。

 

オペラ座の怪人』的なところ

顔や髪まで異形的であったり隠された存在だったりするところはRⅢより『オペラ座の怪人』っぽいと思いました。しかも歌謡界でスターになる話ですしね。ファントムが定。こちらも分解合成的に考えると、クリスティーヌは整形後の定=桜木輝彦でもあり、ファントムが想いを寄せる人とするなら虹子です。先輩スターの利生はカルロッタでもあり、ラウルとも言えそう。“醜いのは姿でなく心”的な台詞も『オペラ座』的な気がしたんですよね。

 

画像の下からややネタバレ的なRⅢの話に戻ります。

 

Unsplash Markus Spiske

 

RⅢアンを杏と虹子の2人に分けるのはちょっと面白いと思いました。RⅢではリチャードは(台詞で明言されていないものの)財産や地位のために計算づくでアンを妻にします。それでもリチャードが、アンを口説いて言う「1時間でもあなたの胸に生きられるものなら」「世界じゅうの男を殺したい」という言葉にも真実があるとする考え方もあり、今作ではその純粋な愛情を抱く対象が虹子、相互の利害で結婚する相手が杏にされています。アンとは異なり、杏の方は彼女も復讐の計画のための打算の結婚で、定すら利用して冷徹に計画を進めていく人で、マクベス夫人か『タイタス・アンドロニカス』のタモーラみたいな感じもありますね。虹子は定の外見で判断しない優しい人で、婚約者(兄・利生)を定が結果的に殺す点でも虹子≒アンですが、定は虹子に結婚を迫ったりはせず純粋な想いを持ち続けている(けれど虹子に拒否される)という展開になっています。

 

RⅢそのままの翻案なら、邪魔な人気歌手のきょうだいを殺してスターダムにのし上がる話になるかと思うのですが、どちらかと言えば父・勲に復讐するのが主で、スターになるのはそのための手段のようなところがあって、やや話は捻れてきます。

 

しかも、主人公・定がRⅢリチャードのようなふっきれた悪役の感じではありません。もちろんRⅢリチャードの解釈や演じ方も色々なので、必ずしもふっきれたリチャードばかりではありませんが、兄の死もクラレンス公の暗殺とはかなり異なる印象です。定は兄・利生に対して憧れも親愛の情も羨望・嫉妬もあり、その死によって定が壊れてしまったようなところはあります。整形後の定=桜木輝彦の中川さんと利生の福本雄樹さんがよく似た感じになっていて、整形後そうなったという設定が余計に定の複雑な感情を想像させます。

 

父・勲の定に対する仕打ちも、父(RⅢでは母)に対する定の怨恨もRⅢ以上で、本作はここに核がある感じです。RⅢは母子関係にはあまり焦点は当たっていないと思うんですよね。更に、父と母を逆にして、母は定が恋う対象という始まりのはずだったのが、実は……という話になっていたりします。“実は”の内容は違うものの、親子関係に焦点が当たっていたり、後から反転があったりの構成はむしろRⅢより『薔薇王』的と言ってもいいかもしれません

 

バッキンガムに当たる徳田誠二もかなりいいキャラになっています。徳田は野心を共有しつつもリチャードの配下の感じではなく、兄貴的に定を可愛く思っている人になっています。離反に該当するシーンの話は敢えて省略しますが、“ああ、離反の解釈をこうしたか!”と思う、原作的でもありつつ全く違うようにも思える切ない話になっています。浅利陽介さんが男気のある兄貴分の役なのは意外でしたが、はまっていてよかったです。

 

RⅢは、白水社小田島雄志訳から引用しました。