『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

ウィーン国立歌劇場 オペラ『夏の夜の夢』感想

ブリテン作曲のオペラ版、2019年、イリーナ・ブルック(Irina Brook)演出。

 

もともとは2019年10月4日の2巻6話の記事に入れていたものを改稿して、こちらの配信感想記事の方に写しました。短めです。

 


Benjamin Britten: A Midsummer Night's Dream (Trailer) | Wiener Staatsoper

 

これはOTTAVAウィーン国立歌劇場と連携していた頃に配信していたものです。配信時にOTTAVA.TVのページで、小室敬幸さんが、ブリテンは「集団のなかで浮いた人物」に焦点を当てた作品を作っていた、というとても素敵な文章を書かれていました(「ブリテンの異常な夢想 または彼は如何にして戦後最高のオペラ作曲家になったか」)。

 

リンクも貼っていたのですが、OTTAVAの改変に伴い、残念ながらこのページが閲覧できなくなってしまいました。

 

参照できないので記憶で書いていますが、小室さんは、ブリテンが自身を「集団のなかで浮いた人物」と捉えていたかもしれないとしつつ、『ピーター・グライムズ』の主人公がそんな人物の典型で、『夏の夜の夢』では、パックがそういうキャラクターだとしていたと思います。このオペラではパックだけ歌わない、ということからです。また、オーベロン役はカウンターテナーが歌うのですが、それはオーベロンのこの世ならざるもの感を出す効果をもっているとも指摘されていたと思います。

 

f:id:naruyama:20210111022619j:plain

William Blake, “Oberon, Titania and Puck with Fairies Dancing,” Public domain, via Wikimedia Commons

 

ウィーン国立歌劇場版は、現代的な時代設定ながら、それなりに妖精感もあり個人的にはかなり面白かったです。

 

オーベロンが先ほど書いたようにカウンターテナー、タイテーニアがコロラトゥーラソプラノですが、小柄で可愛い設定のハーミアがメゾソプラノ、すらっとした美人設定のヘレナがソプラノになっているのかーと改めてわかり、そんなところも面白かったです。ボトム達の芝居のシーンは、シェイクスピア原作の上演でも大抵すごくばかばかしくて笑えますが、そんな破茶滅茶なおかしさはもちろん、そこだけ一寸『フィガロの結婚』や『セビリアの理髪師』に近い音楽の気もしました。

 

このプロダクションでは、妖精達はフォレストセイバーのような感じで登場し、“Save The Fairies”“Natural First”などと書かれたプラカードを持っていて、最近の国連スピーチなども想起させられます。現代の設定なら森や妖精達は危機に瀕している訳で、なるほどという感じです。あるいは、夏なのに雪が降っている演出がされており、オーベロンとタイテーニアが喧嘩をして季節が狂っているので、彼らに対する主張かもしれません。

 

妖精の子達が現代的な姿なのに対して、パックは、パリ・オペラ座バレエに近い一番妖精感のある衣装で、演じていたのは、ダンサーかアクロバットのできる俳優さんだと思います。妖精達には兄貴分といった雰囲気、大人なのでオーベロンに懐いているのが一寸妖しい関係にも見えます(←多分曇った目で見ているせいでしょうが、小室さんの記事にあったように、パックが異端的な位置づけだとすると多少狙っているのかもしれません。シスビーを演じる職人フルートもゲイかなと思わせる演技?演出?の気もします。フルートは、初演時にブリテンのパートナーで台本に関わったピーター・ピアーズが演じた役だったとのことですし。)。

 

オーベロンとタイテーニアは、パックに次いで妖精的な雰囲気の衣装でした。また大変瑣末なことながら、この2人の冠、『薔薇王の葬列』12巻でエドワード5世が森の王の仮装で被っていた冠に似ている気がします。その他の登場人物たちは妖精も含め現代の装いです。『夏の夜の夢』の現代化演出にはあまり食指が動かない気がしたのですが、それがミュージカルのようなテイストを醸すことになり意外にもよかったです。ハーミア達は制服姿の高校生。登場した瞬間に、ディミートリアスに合うのはヘレナだよ!とわかる演出が可笑しい。ボトム達は工場や現場で働く職人。ボトムはなぜかトイレ工事工で、剣の代わりにラバーカップ(パッコンってやるやつです)を持って芝居をしていました。ハーミア達4人の恋人を眠らせた後のパックのパフォーマンスが音楽と相俟って美しかったです。