『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

6月20日再放送! パリ・オペラ座『夏の夜の夢』感想・紹介

パリ・オペラ座の『夏の夜の夢』(2017年)は今回再放送で、以前観ていて録画もしていたので、映画館上映時の記事などリンクしながら振り返って推しポイントを書きました。パリ・オペラ座については大して詳しい訳ではないのにお祝いムードに便乗してしまいますが、ちょうど10日に、こちらのディヴェルティスマンを踊ったセ・ウン・パクが最高位ダンサーのエトワールになり、11日にタイターニア役のエレオノラ・アバニャートが引退公演でした。もしかしたら、この時期の再放送はアバニャートのオペラ座引退に合わせた粋な企画だったのかもしれません。セ・ウン・パクのエトワール就任で更にいいタイミングの放映になりますね。

 

パリ・オペラ座バレエ学校の生徒達の妖精もカラフルで可愛いですし、配役が豪華、2幕のよさを生かすディヴェルティスマンにエトワール(と将来のエトワール)を配置、ふわっと上品で明るいオベロンとタイターニアが特徴かなという気がしました。

 

バランシンの振付版ですが、その特徴について、下の記事がこれ以上ないほどうまく解説してくれていると思います。

 

spice.eplus.jp

 

上の記事と重なりますが、この作品、当時のエトワールを6人も入れた豪華キャストになっています。以下の役名とダンサーが当時のエトワールです(全配役は上の記事内にあります)。

 

タイターニア:エレオノラ・アバニャート
オベロン:ユーゴ・マルシャン
パック:エマニュエル・ティボー
ハーミア:レティシアプジョル
ヒッポリタ:アリス・ルナヴァン
ディヴェルティスマン:カール・パケット、(新エトワールのセ・ウン・パクは当時プルミエール・ダンスーズ)

 

基本的に1幕で物語はほぼ終了、2幕は結婚式ではありますが物語というよりバランシンの音楽的で抽象的なバレエが展開されます。ディヴェルティスマンは2幕のみに登場、原作『夏の夜の夢』の登場人物ではない踊り特化の部分をエトワールの中でもベテランのカール・パケット(公演翌年の2018年にオペラ座引退)と、今回エトワールに昇進したセ・ウン・パクが踊っています。パクは韓国出身の外部オーディション入団者で、ブノワ賞を受賞した注目株でした。この組み合わせも興味深いです。

 

www.chacott-jp.com

 

なので多分、2幕のこの踊りは注目ポイントなんだろうと思います。パケット自身が語っているように、とても美しくて、『夏の夜の夢』からガラ公演のパ・ド・ドゥを選ぶならここじゃないかと思ったくらい。とはいえ、もしかしたら、パケットにはこの配役、特に騎士役は不本意とも読めますか…ね……(確かに騎士役はエトワールが踊るには微妙かも)?

 

順序が逆になった感がありますが、タイターニアとオベロンは、反対に、今回引退のベテランのアバニャートがタイターニア、年齢的にはパクより若いユーゴ・マルシャンがオベロンという組み合わせになったのも面白いと思いました。でもそんな年の差は全く感じず、おっとり華やかなタイターニアとオベロンの印象が残りました。こちらは偶発的な要因もありそうで、マルシャンはマチュー・ガニオの怪我による代役でもあったようなんですが、ガニオもマルシャンも甘い華やかな王子様タイプのダンス・ノーブル。

 

マルシャンのオベロンは、なんというか『薔薇』のヘンリーの明るい時みたいな感じがして、ふんわり気ままに、人間の女性や人魚と遊んだりしちゃいそうな妖精の王。下に動画をリンクしたMarquee.TVの英国ロイヤル・バレエのマックレーや後述のボッレのオベロンが、妖精的でありつつ威厳や気難しさを感じさせる点で王らしいすれば、マルシャンは飛翔の軽やかさ、その自由さと華やかさが妖精の王らしく思えます。小姓=取り換え子の取り合い場面も、なんだかほのぼのとして子供っぽく、小姓を欲しいと自分のローブを彼に持たせる時も無邪気です。

 

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Joseph Noel Paton, Oberon and the Mermaid, Public domain, via Wikimedia Commons {{PD-US}}

 

衣装は全く違うもののマルシャンのオベロンにはペイトンのこの絵のような雰囲気を感じます。あるいは『薔薇王』第10話の扉絵のヘンリー(薄桃色の色の服で蝶のモチーフが入っている絵)の印象。別の記事にも書いたんですが、なんとなくバランシン版はペイトン、アシュトン版はラッカムの絵画を連想します。……単に色味のせいかも、ですが。

 


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(マルシャンのオベロン。下のマックレー(や動画リンクできないですがボッレ)と違う雰囲気なのがわかってもらえるんじゃないかなーと思います。)

 

ディヴェルティスマンのパケットは、クールで、『白鳥の湖』の悪魔ロットバルトとかを何度も踊っているダンサーです(ヌレエフ版『白鳥』ではロットバルトは王子のヴァリエーションも半分踊るくらい目立つ役で、ロットバルトのパケットはデイヴィッド・ボウイみたいで素敵です)。パケットがオベロンだったら、下の映像のマックレーのような、少し中性的で妖しさのあるオベロンに近くなった気もする一方、パケットも『ドン・キホーテ』の明るいバジルや『シンデレラ』の華やかな映画スター(=原作の王子)を踊っているので、パリオペ・オベロンはいずれにしても華やかなキャラになったかもしれません。

 


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(Marquee.TVに入っているロイヤル・バレエのTrailer。オベロンがスティーブン・マックレー、タイターニアが高田茜。アシュトン版は小姓=取り替え子の取り合いが激しめなのもあって、オベロンにツンツンしている高田さんタイターニアは、そのツンとしたところが女王様的でもあり可愛くもあり。)

 

タイターニアに関しては、アバニャートの特徴というより、バランシン版とアシュトン版の振り違いの印象の気はしますが、オベロンへの対立はそれほどでなく、やんごとなくまさに夢のような風情を感じます。

 

オベロンについては、同じバランシンの振付でも例えばスカラ座のロベルト・ボッレは、ソロ・ヴァリエーションも威厳があって森を支配する王者感があります。微妙なニュアンスの違いなんですが、“小姓をくれるなら許してやってもいい”みたいな、優雅ながら尊大さもあってキャラクターの印象が異なります。オベロンの衣装は、オペラ座版が金、スカラ座版がダークグリーン(かな? 英国ロイヤル・バレエ版の衣装とも少し似ています)で、それがまたそれぞれの雰囲気に合っている気がします。

 

ボッレのものはここでは中古のDVD情報のみになってしまいますが、気になる方は、Midsummer Night’s Dream Bolleとかで検索いただくと動画に巡りあえるかもしれません(程度の言い方にします)。

 

女性ではタイターニアが一番大役なのだろうと思いますが、ヒッポリタもかっこいいです。32回転まではしないものの、見せ場のグラン・フェッテを、しかも弓をもって踊るのがヒッポリタです。

 

第2幕の結婚行進曲ではシンプルに歩く振りがあり、そこがパリ・オペラ座のデフィレっぽいというか、さすがデフィレを行っているパリオペというか。パリ・オペラ座は年に一度学校の生徒も含め全員が出演する舞台があり、そこで下級生から順にエトワールまで舞台を歩いて登場して(行進=défilé)、歩くだけの美しさを見せ、それが圧巻だったりするのですが、そんなよさも感じられます。

 


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