『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

ニュー・アドベンチャーズ、マシュー・ボーン振付『エドワード・シザーハンズ ダンスバージョン』感想

(2024年3月上演記録映画)2024年12月27日から全国順次公開。

 

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trailer


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出演のリアム・ムーア(エドワード)、アシュリー・ショー(キム)、友谷真実(エスメラルダ役)、首藤康之佐藤友紀トークイベント録画も公開されています。出演のお三方は公開前でもあり、内容や結末には触れない配慮がされている一方、首藤さん・佐藤さんはアフタートークなので、“観た後だからいいですよね”と気を遣いながら場面に言及している箇所もあります。

 


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今作はtrailerの印象以上によくて、クリスマスっぽい雰囲気もあり、元映画『シザーハンズ』のロマンティックで切ないテイストはそのまま、素敵なダンス作品になっていました。おそらく映画を観ていなくてもわかりやすく観やすい作品だろうと思います。(前記事でマシュー・ボーン上げの批評を引用しつつ、ウィールドンの新作に少し辛目の感想を書いたので、一寸書きにくい気持ちもありつつ。いや、順当と言うべき? ウィールドンも基本好きなんですよ〜。)

 

マシュー・ボーンの古典バレエのアダプテーションは大好きな一方、『シザーハンズ』の物語をダンスにするってそこまで面白いだろうかと実は半信半疑の気持ちで行きました、ごめんなさい。ですが、シザーハンズ=鋏の手のエドワードはダンスとしてアクロバティックになりますし、ダンスバージョンだからこそエドワードとキムのパ・ド・ドゥが肝になり、そこが作品の感情表現としてとても効いてきます(画像の下でもう少し書きます)。映画の引用もボーンの得意とするところで、ニュー・アドベンチャーズの前身の名前はアドベンチャーズ・イン・モーション・ピクチャーズでしたもんね。映画版はヴィジュアル的にはエドワードがキムの氷の彫像を削ってキムに氷=雪が降る場面が印象的で、今作trailerでもそんな雰囲気かと想像したら、今作は2人のパ・ド・ドゥこそが見せ場になっていました。

 

エドワード役のリアム・ムーアは『シンデレラ』での超然とした天使役の時も素敵でしたが、今作の繊細で人恋しいエドワードもとてもはまっていました。キム役のアシュリー・ショーも作品・役柄で本当に印象が変わりますね。『赤い靴』では昔の映画女優的な雰囲気もあったのが、今作ではいかにも10代の少女っぽくて驚きました。トークイベントを見ると、ご本人は可愛らしくて素はキムに近い感じかと想像しました。それともトークでも印象をキムに寄せていたりするんでしょうか。

 

トークでは、過去にエドワード役とキム役だったドミニク・ノースとケリー・ビギンがキムの父母役を踊っており、それが作品での世代表現の厚みにもなり、団での世代移行や現場経験と役の引き継ぎにもなっている、という話も出てきました。ノースの気のいい大らかな父親ぶりも、ビギンの慈愛に溢れた母親ぶりも好きでした。映像ではあるもののニュー・アドベンチャーズの作品はそこそこ観ているので、ドミニク・ノースがもう父親役なのか〜!とは私も思いました。(『異人たち』で、『リトル・ダンサー』のジェイミー・ベルが父親役で出てきた衝撃に近いものがあります。因みにムーアは、舞台版『ビリー・エリオット』の初代ビリーだそうです。)

 

ボーン作品によく出てくるソシアルダンス的なペアの踊りも華やかで、それでいて20世紀中葉のアメリカの話なので音楽やダンスがそれに沿ったものになって、バレエっぽさは少なめ。この辺もボーンは時代設定等によって変えてきますよね。

 

trailerではある意味全部見せていますし、ダンス作品だし話自体は元映画とだいたい同じなのですが、上リンクの動画でも皆さんが物語の内容や展開には気を遣って話していたので、一応いつものように一旦画像を挟みます。

 

Image by kristamonique from Pixabay

 

上述のペアになる踊りが、鋏の手=シザーハンズなのでエドワードには踊れません。その疎外感や不自由さが描写された後、中盤に夢の中でエドワードが人間の手でキムと踊るシーンがあります。愛しく思う人の手を取って踊る、腰に手を当てリフトする、それがどれほどの喜びになるか、それをエドワードがどれほど求めているかが印象づけられます。上のトークで首藤さんが、ダンサーの肉体的にも枷が外れるので踊りが大きくなって雄弁になる、観ている側には閉ざされ何かを抱えている人が自由になったと思える、と話していて、後からそう聞くと更に解像度が上がる気がします。シザーをカシャカシャと鳴らしながらのエドワードの踊りも当然見応えはあるんですが、エドワードとキムの2人がどう踊るかが物語を紡いでいると思います。夢の後でのクリスマス・パーティーでは、2人の気持ちは近づいているものの、夢とは異なりシザーがあるため隣り合うソロの感じ。それが、エドワードが誤解を受けて元の屋敷に逃げ込み、キムが彼を想って探しにきて、最後は鋏の手でリフトもあるパ・ド・ドゥを踊るんです。キムからエドワードの背に乗るような踊りもあり、2人が互いを想い合い気遣っていることが伝わります。この流れで観るので、鋏の手でも2人で踊ることができた感慨があります。トークでは、リアム・ムーアもアシュリー・ショーも、全編好きだけれどあえて好きなシーンを選ぶなら夢のシーンと最後のデュエットと言っていましたね。

 

ついでながら、この最後の2人の踊りの初演時の練習では、キム役がゴーグルや防具を着けていたと友谷さんも首藤さんも話していました。大変なんだなと思ったら、ムーアとショーの2人は防具等は着けなかったそうです(話を聞いて一寸驚いている風でした)。振りが確立されたらそこまで危険はなくなったのかも。それでも通常と違って手で支えられないので、難しさはあるそうです。

 

また、トークで言われていたように、街の家族達も今作は映画以上にキャラクターが立っています。子育てしているゲイカップルも出てきて、これは流石に元映画になかったよね(でも詳細は覚えていないところもあり……)と思ったら、初演時ボーン版にもなく、今回の改変箇所だそうです↓。ゲイカップルが意外に(なのか、あるあるなのか)保守的な雰囲気で当初はエドワードを遠巻きにする感じもあり、少し皮肉や複雑さを入れているのも興味深かったですが、これは当事者による描写だから“あり”なのかもしれません。

 

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ということでとてもよくて、公式サイトの上映館も増えていたようなので一寸安心しましたが、年末に入ったせいか私が行った映画館ではおそろしく観客が少なくて(泣)。私が観に行く映画やNTLiveとかは大抵観客が少ないんですが、今までにないほどの少なさでした。若干宣伝モードで推したくすらなっています。関心のある方は、ぜひ公式サイトでスケジュールをチェックして下さいませ。