中島かずき作、いのうえひでのり演出、松本幸四郎/尾上松也主演(ダブルキャスト)、2024/25年上演、25年配信。26年1月、シネマ歌舞伎上映予定。
配信中に記事をアップできなかったばかりか、またすっかり遅くなってしまいました……。配信版での特典映像もとてもよくて、今作の上演経緯や各キャスト、演奏者、囃子方、スタッフのコメントもあり、劇団新感線の歩みと幸四郎さんとの関わりなどをたっぷり見せてくれました。田中傳左衛門さんが「作調」担当とのことでその仕事の説明もされ、初めて知ることもあって楽しかったです。
もうすっかり終わってしまいましたが、イヤホンガイドというか劇場外ラジオは3月末まで聴けます(無料版と有料版があります)。こちらは解説者感想トークで、ツケ打ち(←板を木で打つ歌舞伎独特の効果音のやつです、新感線版にも入っていましたが)に歌舞伎とは違うところがあるということが説明されていて、その辺を興味深く聴きました。
やはりダブルキャストだと、2人の違いやそれぞれのよさが気になりますよね。SNSでも幸四郎さんと松也さんの比較や違いが結構あがっていました。今回の記事は、幸四郎ライと松也ライの印象や、他キャストや新感線版と違いを主に書きます。『リチャード3世』や『酒呑童子』など、登場人物や物語の話は新感線版の感想記事で書きましたので、そちらもよろしければ。
ダイジェスト映像とゲネプロ映像(ゲネプロ映像のライは幸四郎さんのみ)。
幸四郎ライと松也ライ
幸四郎さんは『髑髏城の七人』での天魔王がよかったから悪役を演らせたい、といういのうえひでのりさんの意向での中島かずきさんの当て書きだけあって、はまりにはまっています。松也さんが松也さんの味を載せたのもよかったです。私には、幸四郎さんは新感線版と同様歌舞伎色悪のイメージで、松也さんにはよりシェイクスピアみを感じました(歌舞伎NEXTは全体的には更に歌舞伎的ですが、松也さんのライが人間的な弱さを見せているせいかもと思います)。
私も多くの方の感想と近くて、幸四郎さんは、後半で王になり悪の権化のようになるライこそ本領で、序盤でもその萌芽を宿しつつ猫を被っている感じ。松也さんは逆に、序盤の(小悪党として悪事を働いていても、分け前をせしめていても)茶目っ気もありキンタとよい相棒だったライが変貌し、それでも芯には昔のライが残っていて弱さにもなっている感じがしました。松也ライの方がキンタとのバディ感が強く仲良さげで、序盤で登りつめる野心をキンタに語る箇所には少年マンガ的明るさを感じます。幸四郎ライは彼の本性を朧に見込まれた、松也ライは朧に憑かれて運命が転がった印象です。
2007年の新感線版映像の感想で書いたのと同様、幸四郎さんは大変な色悪ぶりで、ツナが彼を憎んでも自害しようとしてもそれを色事として愉しむような風情があって、しかもそこにほれぼれするほど華があります。松也ライには、(比較で言えばの話ですが)ツナに対する色をそこまで感じなくて、どちらかと言えば“露悪”的に虚勢を張っている風だったり、サイコパス的に見えました。一方、「悪党が情に流されたらお終いなんだよ!」のライの台詞直後にキンタが出てきた時に、松也さんはガタッと人間的な弱さを見せ、その弱さが出るところが魅力的。つまりライはキンタに無意識に情をかけ、それが予言との関係でライの破滅に繋がるわけですが、松也ライだと情をかけた関係性が説得的でその心が彼に残っていたように思えます。幸四郎ライのこのシーンは、嘘=言葉で天下を取った彼が因果応報的に破綻する展開の方が印象づけられました。
ところで、幸四郎さんも松也さんもおそらく声が枯れていたと思うんですが、中盤から声を張る芝居になってくるととても響くいい声で、ライの変化に伴って、地声的な芝居から声の出し方も変えているだろうことがわかりました。幸四郎さんは低音で凄みがあり、松也さんはつやのある通る声ですね。幸四郎さんは歌舞伎NEXTを意識してなのか、年齢を重ねたためか、決め台詞は新感線版より低く歌舞伎的になっていた気がします。松也さんはサダミツを先に見て、その時は演者のなかでも一際よい声が印象的だったんですが、配信のライの序盤ではやはりやや声が割れていました。
その他のキャストの印象
この歌舞伎NEXT版で、特にシュテンとキンタを新感線版と変えたことは下記記事や特典映像でも中島さんが語っていました。シュテンは新感線オリジナル版での女性設定(演:真木よう子さん)から若武者設定(現・市川染五郎さん)に、新感線版で阿部サダヲさんを想定したキンタが、いわゆる“おバカキャラ”的ではあっても硬派設定(尾上右近さん)になっています。新感線版では朧3人が、その後ライが関わる3人の女(ツナ、シュテン、シキブ)と対応して構図がきれいな一方、ライとシュテンは男女の関係というわけではないので(というのでいいですよね、アラドウジがほのめかす暴力があったら嫌だな)、演者に合わせた改変を面白く観ました。おそらくシュテンは『リチャード3世』の塔の王子やリッチモンドも入ったキャラの気もしますし、何より染五郎さんと役の魅力が相乗効果的に引き出され、また、とても新感線的に思えました。こういう悲劇ヒーロー的な登場人物いそう!という。染五郎さんも劇団☆新感線と相性がいいんじゃないでしょうか。で、元の新感線版だとキンタがシュテンに一目惚れしていて、ライからシュテンを庇おうとするんですが、今作だとキンタはライと義兄弟になったシュテンを嫉妬的に敵視し、兄貴一筋。なので後半は更に切なくなって、今回の松也さん右近さんペアでは特にそこが生きた感じがしました。
他キャストや演出については、今作歌舞伎NEXT版は上品さが、新感線版はより色気がある感じでした。女性将軍のツナは今作・中村時蔵さん、新感線版・秋山菜津子さん共にかっこよく素敵ですが、比較で言えば、時蔵さんには凜とした清々しさを、秋山さんには抑制していてもふとした時に溢れるなまめかしさをより感じました。ライがツナを追い詰める場面は、新感線版は更に妖艶です(未見の方は観て!)。マダレについては、今作の市川猿弥さんには親分の貫禄、新感線版の古田新太さんには腹の底の読めない危うさがあり、キャラクター的に違う印象になりました。後半の展開になるほどと納得感があるのが猿弥さん、意外さが際立つと共にマダレの芯がわかるのが古田さんという感じ(新感線版を先に観たせいはあるでしょうが、マダレのキャラの違いもある気がします)。シキブ(坂東慎吾さん)、オオキミ(坂東彌十郎さん)も、演出も含めてやはり上品になり、上つ方の雰囲気も増した印象です。
作品全体としては……
今回の歌舞伎NEXT版は、個人的にはやや過剰というか全部乗せみたいな感じはあって、新感線版の方が作品としてのまとまりは高かった気がしました。私は新感線の舞台にも過剰さを感じるくらいなので、ここは好みということなんでしょうが、そう、新感線の舞台以上にサービス満載な感じでした。例えば、ライがヤスマサについて物語る場面で義太夫に合わせた所作が入り、物語る箇所が義太夫になるのも面白く歌舞伎役者と囃子方ならではの贅沢さを感じる一方で、序盤は劇音楽もロックなのでややそこが唐突に思えるとか。幸四郎さん、松也さんがライ・サダミツの2役で、役者を観るには楽しいけれど、サダミツが面白すぎ・チョロすぎの人になるのは物語の起伏としてどうかとか。引き抜きの衣装替えや宙乗りも、舞台として楽しくわくわくしたのも本当ですが、同時に“ああ、でももっと物語世界に耽溺させて”とも思ってしまいました。
こう、クリームあんみつにプリンも乗ってきたみたいな、プリンは美味しいし嬉しいけれど全体としてはどうだろうという(歌舞伎なのでみたらし団子が入ってきたという方がいいでしょうか、餡じゃなくて別の味の団子、しかも単体としては大変上質)。特典映像を見て、幸四郎さんも、演出のいのうえさんも、バックバンドや囃子方の皆さんも、NEXTとして新しいものを創る意気込みがあり両者の融合を目指していたことは伝わってきましたし、ラストのロックでガンガン響くギターに邦楽の融合はかっこいいと思いました。ですが、ラストが当初・前回のコンセプトの“『蜘蛛巣城』のようなラスト”から動いたのも個人的にはやや残念。いのうえさんとしては、次に歌舞伎NEXTをやるなら宙乗り、朧ならできるという思いが前々からあったとのことですし、新感線版より更に酒呑童子の反転に近くなったとも取れますが、歌舞伎のケレン味を追ったためにラストが2つあるような印象にもなりました。元々新感線やいのうえ演出は、見せる舞台の面白さを追求するところはあると思うものの、物語世界の完成度は前の新感線版の方に軍配を上げたくなりました。