『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

オルフェオ/オルフェウス関連オペラ感想・配信紹介

またもや薔薇王でもシェイクスピアでもなくて、どんどん境界がなし崩しになっている感はありますが、オルフェオオルフェウス)関連オペラ3編の感想・紹介です。

 

Youtube内のOpera Visionオルフェオ特集として、モンテヴェルディの『オルフェオ』2本、グルックの『オルフェオとエウリディーチェ』、オッフェンバックの『地獄のオルフェ』(『天国と地獄』)が無料配信になっていて、未見の『地獄のオルフェ』以外の3本です。

 

新国立劇場の『オルフェオとエウリディーチェ』は日本語字幕がつきます。他2本は、デバイスの環境によっても英語字幕のみだったり自動翻訳できたり微妙なのですが、あらすじを知っておけば多分問題ありません。

オルフェオ (モンテヴェルディ) - Wikipedia

 

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オペラ・ノース、モンテヴェルディ&デグン『オルフェウス

モンテヴェルディのオペラの表記は通常『オルフェオ』(L’Orfeo)のようですが、オペラ・ノースの表記は“Orpheus”なのでそれに倣います。

 

こちらがtrailerです。


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実を言うと“へー1本はインド演出なの?”ぐらいの気持ちであまり期待しないで観ました。ですが結果的には、この作品が3本の中でも最高と思うほど、また私が今年観た作品のベスト3ぐらいに入るかもと思うほどよかったです。『オブザーバー』批評家が選ぶ2022年のベスト10クラシック音楽では1位に選ばれ、「モンテヴェルディとインド伝統音楽の感動的融合があらゆる期待を超えた」と書かれていて、まさしくその通りだと思いました。

 

www.theguardian.com

 

単なるインド演出ではなくて、モンテヴェルディの元曲もインド音楽の楽器を使って演奏されたり、インド系のヤスディープ・シン・デグン(Jasdeep Singh Degun)が新たにインド音楽を作曲して加えています。なので、モンテヴェルディ&デグン(←観た後で気づきました)。

 

元曲のインド楽器アレンジも楽しく、歌手もインド音楽の人とヨーロッパのオペラ歌手の人がいて、オペラとは異なる歌い方の歌も堪能できます。音楽同士の繋ぎの悪さを感じる箇所は若干ありつつ(一方を続けて聴いていたくなる)、パリ・オペラ座でストリート・ダンスを取り入れたラモー『インドの優雅な国々』演出以上の、文化相互のリスペクトを感じます。

 

新しいものに出会わせてもらえた感激と、物語的感動がある作品でした。

 

オルフェウスがヨーロッパ系オペラ歌手、エウリディーチェがインド音楽の歌手。結婚場面は音楽のマリアージュ的でもあり、エウリディーチェの花嫁衣装がきらびやかで視覚的にも楽しく祝祭感満載です。ヨーロッパ系オペラ歌手のオルフェウスがインドの歌手から歌を習うシーンがあり、その後にエウリディーチェを慕う原曲をオルフェウスが歌うと、彼女への愛とインド音楽への愛が重なるようで胸熱です。その直後にエウリディーチェが亡くなってしまう展開だったりはするんですが(でも原作通り)。

 

オルフェウス役のニコラス・ワッツはヴァイオリンも演奏し、持ち楽器が竪琴でなくヴァイオリンということかもしれません。オルフェウスがエウリディーチェを取り戻せなかった後の場面も、インド音楽の使われ方と物語の流れが相俟って感動的でした。オルフェウスが悲しむ原曲の後、長めのインド音楽が入り、暗い照明が徐々に明るくなっていきます。最初の暗い照明の方ではインド音楽がエウリディーチェの喪失感を思わせ、それが徐々に音楽の力で癒されていくように思えます。

 

最終部ネタバレ的になるものの、モンテヴェルディの原作では哀れに思ったアポロがオルフェウスを昇天させる展開らしいのですが、こちらはあまりそんな風に見えません。私の見方・解釈なので間違っているかもしれないものの、オルフェウスがアポロ(役名はアポロですが賢者という雰囲気)と対話する喪の作業のように思えました。オルフェウスが原曲、アポロがインド楽器奏者・歌手で相互に歌うこの箇所は音楽の融合にも心を動かされます。1人になったかのようなオルフェウスのところに両家の親族や友人達が戻ってきて、彼を励まし慰めエウリディーチェを共に弔うようでもあり、この音楽の流れと展開が素晴らしいと思いました。

 

2023年4月30日まで無料配信です。


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ガーシントン・オペラ、モンテヴェルディオルフェオ

こちらは原曲通りで爽やかさを感じる作品です。こちらと下で書く新国立劇場グルックオルフェオとエウリディーチェ』はダンスもふんだんに入っていて、その点でも楽しいです。新国のグルックは歌手とダンサーが完全に別れており、こちらは誰が歌手で誰がダンサーかわからないほど、歌手も(=歌う人も)スリムな人が多くて皆が踊ります。皆ダンスがうまいんですが、全員歌手かもしれません。

 

こちらがtrailerです。


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第1幕は緑多い公園と池のような舞台で、音楽も軽やかで、ピクニックのような開放感があり、結婚式場面は村祭に参加している気分です。その装置が、第2幕で照明が変わると地獄っぽい怪しさを醸すのもうまいと思いました。地上の結婚式場面の衣装が白、冥府場面がゴージャスな感じの黒というのもよかったです。

 

たまたまの組み合わせだろうと思いますが、ガーシントンのモンテヴェルディは歌うことと踊ることが分かれず内から感情が湧き出るような大らかさを感じ、新国立のグルックには洗練を感じます。それほど間を置かずに観ると、それぞれのよさがわかり音楽の特性ともマッチしている気がしました。

 

2023年4月20日まで無料配信です。


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新国立劇場グルックオルフェオとエウリディーチェ

鈴木優人さんの指揮だし、カウンターテナー(元々はカストラート)が主役だし、新国立劇場の紹介でもバロック・オペラとされているのですが、モンテヴェルディの『オルフェオ』2編の後で観ると、音楽がロマン派的にすら聴こえて驚きました。グルックのオペラは古典派への移行期とかオペラの改革とも言われますが、モンテヴェルディと比べるとかなり近代的に聴こえます。モンテヴェルディの初演は1607年、グルックの初演は1762年だそうで、そうか、そんなに時代が違うのかと思いました。

 

こちらもまずはtrailer。


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勅使河原三郎さんが振付を担当するダンスも話題になっていて、ダンス作品としてもかなり楽しめました。上に書いた通り歌手とダンサーは別々で、歌とダンスが並行しながらそれぞれ独立にオルフェオとエウリディーチェの世界を描くような印象です。歌とダンスが相互に引き立て合うようにも思えます。勅使河原さんの振付も、大きな花が象徴的に掲げられた装置も、美しくスタイリッシュで、これも近代的なイメージに拍車をかけたかもしれません。ミニマムというかシュッとした雰囲気。合唱団の配置・衣装・動きまで、抑制されてもダンス的にコントロールされている感じ。尤も、勅使河原さん自身が踊るものより、バレエっぽくて少し意外ではありました。ダンサーの1人は元ハンブルク・バレエのプリンシパル、アレクサンドル・リアブコだそうです。勅使河原作品で一緒に踊る佐東利穂子さんも出ていて、比べると佐東さんは微妙に身体の使い方が違っていますが、でも振付自体はバレエ的な気がしました。

 

間奏曲が結構長くて、そこにダンスが入るので私はとても楽しめました。以下の動画で、元々の楽譜にダンスのパートという指示があり、それが他オペラより多いと勅使河原三郎さんが仰っていました。それをどう内容と結びつけるかを考えた演出だったようです。

 


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モンテヴェルディのものが幸福な結婚式→地獄→喪失の癒しという進行なのに対して、グルックのものはエウリディーチェの死の悲しみ→地獄→幸福な終幕という展開なのですね。話の作りはモンテヴェルディの方が好みでした。ノース・オペラの作りの巧さでそう思った可能性は大ですが、物語的にはモンテヴェルディ版の方が深い感じがして、グルックの方は音楽自体を楽しむ方向性が強いのかもと思いました。

 

2023年4月7日まで無料配信です。


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『かげきしょうじょ!!』の9巻にもオルフェオとエウリディケのあらすじは書かれていますね。