『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

鮭スペアレ(配信)『鮭スペアレ版・マクベス』感想

中込遊里演出。キャスト表などはこちらに。

syake-speare.com

 

鮭スペアレは、以前『リチャード3世』の試演版動画だけ見たことがありましたが、ほぼ初鑑賞。

 

個人的に一番面白かったのは、坪内逍遥訳がこれほど耳触りがよくて心地よいのかとわからせてくれ、またそのよさを十全に生かす語りの上演になっていたことです。

 

坪内逍遥訳は本で読むと私にはかなり違和感があり物語に入れないように感じて、ちゃんと読んだことはなかったのですが(すみません)、一昨年、河内大和さんの『押し入れハムレット』配信動画を見て、お芝居になるといいなあと思ったんですよね。河内さんのものは押し入れで戯曲を読む企画でありながら、正統派のハムレット』を一人芝居で観せてくれた印象でしたが、この鮭スペアレの『マクベス』は、おそらく能や狂言的語りの技法や様式を取り入れた見せ方での面白さで、それが坪内逍遥訳のよさを際立たせているように思いました。今回は能舞台での上演でそこが強調される気がしました。視聴後に、鮭スペアレのサイトや演出の中込遊里さんのnoteを見たら「コンテンポラリー能」を考えておられるとのことで、なるほどと思いました。詳しくないので私は謡と声明(しょうみょう)の区別がつかないのですが、声明も取り入れていることを上演前トークで中込さんがお話していました。

 

あ、でもミラノ招聘記念公演なので、少しだけイタリア語も出てきますよ!

 

更に、狂言や能的な演出も、(時間や場所、状況などもほとんどを台詞で語っている)シェイクスピアにはかなり合うような気もしました。特に狂言とは近いかもしれません。魔女の消え方などは、さっと後ろを向くだけなのですが、この様式性がとても効果的だと思いました。

 

そうではありつつ、古典的というわけでもなく、突き抜けるほどコミカルな話にもなっていて、でもそれが両立できてしまっているのも、むしろ元々のシェイクスピア狂言に近いのかもしれないなどと思いました。音楽も、声明的な語りに合わせた和風なテイストもあるし、中盤で踊るところは多分昭和ディスコ風と色々です。

 

衣装はバブル期風+ヤンキー風で、twitterの方でもRTしたんですが『薔薇王』パロの2つの混在みたいな感じがしますよ、薔薇王ファンの方! マクベス夫人の衣装は(スカートではないものの)ジェーンみたいでジュリアナ扇子も持ちますし、バンコーはティレルみたいだし(←坪内逍遥訳なのでバンコー)。魔女は途中でレオタードになったりもしますが、これは『キャッツ・アイ』かな……?

 

 

バブル期衣装なのは、おそらく中込さんが上のサイトの「演出挨拶」で次のように書いている、バブルで浮かれた後の崩壊と重ねたためと思いますが、ヤンキー風である理由までは想像が及びませんでした(同時代ではあるんでしょうけれど)。

 

「何か煌びやかなものによって(主体性なく)踊らされている」のがマクベスの世界観である。

突然の出世をした将軍マクベスは、(よせばいいのに)さらなる権力を欲して、愛する王様を殺すという罪を犯してしまう。そこから先は転がり落ちていくばかり。

 

再演にはなるそうですが、ミラノ招聘に際して上演時間をかなり短かく、また演者・奏者の人数も更に減らしたそうで、演者の数が絞られ、マクベス、夫人、バンコー以外の登場人物を魔女が兼ねることになり、(元々の版もそうだったのかもしれませんが)その辺も一層、複式夢幻能っぽい雰囲気になったんじゃないかと思いました。しかも、相当カットされているのに、ヒカト〔ヘカテ〕も出てくるし、門番のシーンも残っているんですよね。魔女のシーンの後、演者は囃子方のように横にいたりもします。

 

マクベス夫人の登場シーンでの独白を魔女達が唱える声明(←多分)になって、マクベス夫人がそれで舞う形だったのも、この世ならざるものに動かされて踊る感があってよかったです。

 

王権をめぐる闘争や独裁のような政治性を感じさせる『マクベス』ではなく、異世界やあの世の力で生きている人間が動かされてしまう『マクベス』という印象になりました。

 

trailerを挟んで、もう少しだけ、やや演出ネタバレ的かもしれない面白かったところを書きます。

 


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Image by Bela Geletneky from Pixabay

 

魔女が他役を兼ねるので一番効果的だと思ったのは、魔女の退場後に、臣下のロッス/アンガス(更にこの2役が一人に集約されて1役になっていますが)が登場してマクベスを寿ぐシーンです。魔女が後ろを向いて横に控えたと思ったら、またいきなり“おめでとう”と言って中央に戻ってきて、はっとするんですよね。違う人物になっているのがわかる演じ方とはいえ、魔女=幻と現実の境界が崩れる感じです。

 

詳細は書きませんがダンカン王の役の重ね方も、とてもコミカルでありつつ恐い感じもあります。この辺、後に来るバンコーの亡霊との関係でも、いい兼役だと思いました。バンコー関連では、フリーアンスの扱いも面白かったですね。

 

森が動く場面も印象的でした。trailerにも出てくるんですが、能っぽくも見えますし(動く点で違いますが『隅田川』の塚みたい)、もしかしてもしかしたら『風の谷のナウシカ』からの逆輸入かなと思ったりしました。以前twitter王蟲のシーンが『マクベス』からのインスパイアだと教えていただきましたが、こちらは逆に王蟲っぽくも見えません……か?