『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

オランダ国立バレエ『ライモンダ』感想

シェイクスピア関連ではありません、すみません💦

オランダ国立バレエ『ライモンダ』マリウス・プティパ振付・レイチェル・ボージーン再振付。オリジナルのプティパ版を踏襲しつつ、ボージーン版は物語を反転しています。すごくよかったところと、うーんどうだろうと思ってしまったところと。

 

twitterでの感想だけにするつもりが、短くまとめるのが苦手でブログに書くことにしました。最近、記事が雑食気味になってきてよくないなと思いつつ、古典のよさを生かしストーリーラインをほぼそのままにしながら大きく物語を変えたところが『薔薇王』的かもと言ってみたり(無理矢理すぎ)。

Photo by Sixteen Miles Out on Unsplash

 

ライモンダの結婚相手がアブデラフマン!

このオランダ国立版では、ライモンダの結婚相手がアブデラフマンという改変で配信決定前から話題でした。私も本当に配信が待ち遠しかったです。ヌレエフ版アブデラフマン(アブデラム)を観て以来、強引で独りよがりなところを除けばアブデラフマンの方が素敵だよねと思う私には、オランダ国立バレエのレイチェル・ボージーン版はそんなところを除いて素敵成分を強化したある意味ドリーム・バージョンです。話題になったくらいなので、多分そう思ったのは私だけではないはず。

 

アブデラフマンと従者達(この版では兵士や踊り手になっていました)が出てくる箇所は音楽もかっこいいのにと思っていたのを、物語的にもかっこよく見せ場にしてくれていますし、観てみるとコロンブスの卵というか、なぜ今までこの展開にしたものがなかったのかと思うくらいです。しかも、決闘場面まではプティパの原作とほとんど変わっていないとも言え、そのまま結末だけ変えられることに驚きました。

 

踊りも素晴らしかったです。ライモンダの最後のソロや結婚式場面はやはり作品の華だと思いますが、ライモンダ役のマイア・マッカテリはゆっくりした高いパッセと気高い雰囲気で、気持ちが盛り上がります。アブデラフマンとジャン・ド・ブリエンヌも、キャラクターとダンサーの気風が合っていたし、他のダンサーも細かい足技などあってもぴたりと決まって音楽的でとてもよかったです。

 

せっかくなんで比較動画貼りますね。推しのヌレエフ版アブデラムは見つからなくて残念なのですが。

 

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オランダ国立バレエの紹介動画。解説やインタビューも入っていますが、全体の雰囲気が窺えます。衣装も基本的にはとても好みでした。

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マリンスキー劇場、プティパ振付・コンスタンチン・セルゲイエフ再振付版。アブデラフマンがメイク的にも悪役感があり、ジャン・ド・ブリエンヌの十字軍の衣装は今日的には一寸厳しいかもしれません。

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新国立版、プティパ振付と書いてあったんで振付はそのままかもしれません。衣装が違うだけでもアブデラフマンの印象が違います。この登場時の衣装は、オランダ国立版の夢のシーンの衣装と似ています。オランダ国立版の結婚式の衣装もこんな感じです。

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でも一方で、個人的にもやもやが残る、あるいはやはり綺麗には行っていない気がしたところもあります。(それでも、アブデラフマンが決闘で亡くなった後にめでたく結婚式という展開より悪いかと言われるとそうとは言えませんが。)

 

ジャン・ド・ブリエンヌは……

1つは、ジャン・ド・ブリエンヌとの恋愛関係の決着ですね。1幕は甘い音楽でライモンダとジャンの恋愛関係も描かれますし、彼が戦地に行っている間にアブデラフマンの求婚を受けるのか……とは思いました。プログラムを読むとライモンダが心を決めたのと、ジャンとアブデラフマンの決闘との前後関係は微妙なようですが、観た感じでは、迷ったライモンダが決闘場面でアブデラフマンに心を決めたのではなく、彼女がアブデラフマンに乗り換えていたからジャンが決闘を挑んだように思えました。

 

プログラムによると十字軍遠征というストーリーも回避され、ジャンはトーナメントにどうしても出場したくて出かけた話にしたようですが、音楽も踊りも美しくて彼が正義の戦いに行くように思えてしまいます。ライモンダはジャンが戦いに行くのを望んではいなかったかもしれないものの(ここはそんな表情とジェスチャーに思えました)、止めたとは言えないし、単に寂しがっているようにも見えますし、音楽・踊り的に、彼が勝手に戦いに行ってしまったようにはあまり見えないんです。

 

決闘場面も、確かに、ライモンダがやめるように言っても聞かないジャンと彼女の言う通りに和解しようとするアブデラフマン、と、アブデラフマン上げっぽくはなっています。更にジャンが攻撃してアブデラフマンが倒れ、ライモンダが駆け寄るシークエンスになっており、負けたアブデラフマンに愛を示すライモンダが二重に戦いを否定する形です。2人へのライモンダの想いが同等なら、ここで大きく彼女の気持ちが傾いたことも納得できます。ですが、ライモンダとアブデラフマンが既に相思相愛でジャンが怒ったように思えるので、彼がライモンダの言うことを聞かないのもまあわかる気がしてしまいます。

 

もちろん恋愛は理屈でなく気持ちが動いてしまうことはあるし、元々のバージョンでもライモンダはアブデラフマンを夢に見たりして、彼に無意識に惹かれていることはなんとなーく想定されていた気もします。でも、実際にアブデラフマンと結ばれるとなると、綺麗な展開にするならもう少しライモンダの気持ちの正当化を、そうでないなら彼女の葛藤なり揺れなりを示して欲しい気はしてしまいました。この版だと夢の場面だけでは不十分な気がします。

 

異文化性がなくなるアブデラフマン

もう1つは、結婚式場面が完全にハンガリー色になり、アブデラフマンの衣装も他と同じ白で、ハンガリーの人、あるいはもっと抽象化されたヨーロッパの人になってしまったかのようだったことです。彼がソロで踊る音楽ももともとジャンのための曲なので、普通の王子になってしまったようだったし、サラセンの兵士や踊り手達もいなくなってしまうし、異文化がクレンズされちゃった感じです。

 

ソロ曲は仕方ないとしても、衣装によっては印象が違った気はしますし、兵士や踊り手達もなんとかできたのではと思いました。オリジナル版やヌレエフ版だとあまり考えずに楽しむのですが、そこが是正されて寓話的にも取りにくくなり逆に色々考えてしまったんでしょう。後半は、“ああ、こんな思いに振り回されずに、踊りを、素敵な踊りを見なければ”と気持ちが引き裂かれることも多々……。