『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

ウィーン国立歌劇場バレエ(配信)、『眠りの森の美女』感想

マルティン・シュレプファー振付。

 

またシェイクスピアではないのにごめんなさいですが、ウィーン国立歌劇場バレエの『眠りの森の美女』が一寸『薔薇王』『薔薇騎士』っぽくて、紹介+感想記事を急いで書きました。

 

配信は終了しましたが、11月2日のワールド・バレエ・デイに抜粋場面が配信されるようです。

Wiener Staatsballett - World Ballet Day 2022 - YouTube

 

trailerもできていました。


www.youtube.com

 

ざっくりの見どころ

あまりネタバレでないアピールポイントを先に書きますと、以下の感じです。

  • オーロラ姫の親の国王夫妻が若くて見せ場が多く、主役級の扱い 
    キャスト表も王妃、王、オーロラ姫の順なので主役なのかもしれません。
    国王役が木本全優さんで、外見『薔薇』ケイツビー的(←非常に主観的です青い衣装もそんな雰囲気)で内面若干ヘンリー的。対する王妃(オルガ・エシナ)は強くてややマーガレットみ。中盤の以降の赤いドレスも似合ってとても映えます。
  • カラボスが紫(ダークレッド?)のドレスにポワントで踊り、シックな黒の衣装の手下2人がしっかりサポート
  • 面白さと素敵さを兼ね備えた求婚者の王子達

とりあえずはこの辺まででしょうか。そこまではっきりしたストーリーでなく解釈込みですし、ネタバレしたら台無しという作品でもないと思うので、もう少し内容が知りたい方はお進み下さい。

 

Unsplash   Juja Han

第1幕

ベッドで目覚める白い衣装の女性とパートナーの踊りからスタートです。これが子どもが生まれることを願うオーロラ姫の両親の国王夫妻なのですが、『眠り』クライマックスが冒頭なのか、親の方なのかと迷う展開が面白いです。国王夫妻がオーロラと王子かもと思うくらいで、この後もかなり踊ります。2組が重ねられているかもしれません。第3幕も世代継承と世代交代が強調されている気がします。

 

木本さんの王は本当に素敵ですが、王妃様の方が強いのが印象的。娘オーロラ姫に呪いをかけようとするカラボスに対しても、“どうしたらいいのだ”と困惑する王を後目に王妃が挑んでいます。成長したオーロラ姫のお披露目舞踏会前のシーンでは、紡錘を除去できていないことに王妃が怒って臣下を踏みつけ、王がそれを止めています(元版は怒る王を止めるのが王妃)。こう、どこか既視感がありますね。ただ、カラボス登場シーンでは、この下に書いたようなこともチラッと思いました。

 

中盤まではストーリーは変えず、振付を大きく変えた印象です。ただローズ・アダージョはほぼ元版通りです。求婚者の王子達は、踊り的にもコミカルなキャラかと思ったら、ローズ・アダージョになった途端、麗しい王子達の雰囲気になって驚きました(それでも時々牽制はし合います)。本当にダンサーの方達のすごさを感じます。かぼちゃパンツ+生脚の衣装もローズ・アダージョになったらかっこよく見えてくる不思議。

 

www.derstandard.at

↑ローズ・アダージョの場面、こんな感じです。衣装も見て下さい〜。

 

妖精達は、元の振付を踏まえつつ難度を上げた感じかと思いますが、ここはあまり好みではありませんでした。元版の振付の方がむしろ音楽に合っている気がしますし、踏襲・引用の面白さもあまり感じられませんし。(王子達やローズ・アダージョの方はよいと思いましたが。)妖精達の衣装の組み合わせも視覚的にうるさい感じがありました。マシュー・ボーン版よかったなーと思ってしまいます。

 

第1幕最後の、姫が眠りについた後のリラの精のテーマ音楽で、リラの精と合わせ鏡のようにカラボスが登場して踊ります。以下にリンクしたウィーン国立歌劇場のあらすじによれば、リラの精とカラボスの対決ということらしいのですが、同じような振りで入れ替わる動きなどがあるし、リラの精の優しい音楽だしで、ウィキッド』や『マレフィセントを彷彿とさせます(2人が必ずしも敵でなく、カラボスが善性をもっているかのように思えます)。あらすじに言及はありませんが、第2,3幕も『マレフィセント』的要素が話に織り込まれている気もしました。その路線で考えるなら、カラボスの登場シーンでの王の狼狽え方なども、王に後ろ暗いところがあったのかもと思えなくもありません。

 

キャスト表のリンクを貼っていたら消えてしまったので、覚えていないキャストはどれかがわからないまま載せておきます……。

 

Die Königin: Olga Esina 
Der König: Masayu Kimoto 
Prinzessin Aurora: Hyo-Jung Kang 
Prinz Désiré: Brendan Saye / Davide Dato / Marcos Menha
Catalabutte: Jackson Carroll / François-Eloi Lavignac
La Fée des Lilas: Ioanna Avraam / Liudmila Konovalova
Carabosse: Claudine Schoch / Gala Jovanovic
Der Blaue Vogel: Davide Dato / Arne Vandervelde / Alexey Popov
Prinzessin Florine: Kiyoka Hashimoto
Faun: Daniel Vizcayo
Die Waldfrau: Yuko Kato

 

第2幕

第2幕は、狩のシーンではなく、チャイコフスキーの音楽でもなく、不思議な森の悪夢的なシーンになっており、この版オリジナルの(妖精的にも悪魔的にも、原初的な存在にも見える)森の女性と牧神が出てきます。森の女性に導かれるようにデジレ王子登場。上リンクのあらすじによると、王子はオーロラ姫についての話を聞き、彼女を探して旅をしてきたという設定のようです。リラの精が王子をオーロラのもとに導くまでは、(これも不思議な悪夢を連想させる)シェルシの音楽です。

 

王子のキスでオーロラ姫が目覚めるストーリーは元版通りながら、目覚めたオーロラはまだぼんやりしている感じで、元のプティパ版では夢で2人が出会う曲でゆっくり踊っていきます。プティパ版だと夢の中で2人が恋をするように踊った後にキスシーンが来ますが、シュレプファー版では彼女が目覚めた後に2人が互いを知って愛を深めるということなのかもしれません。

 

ここでもカラボスが登場しますが全く攻撃性はなく、2人を見守るような、王子にオーロラを託すような風情があります。王子との関係は『マレフィセント』と異なりますが、実はオーロラを大切にしていたカラボスにも思えます。少し前に配信されたシュプック振付の『眠り』にも類似のニュアンスがありました。

 

シュプック版Trailer。


www.youtube.com

 

第3幕

第3幕の結婚式場面の振付は、男性の踊りも増えたり、ダイナミックになっていたりで面白く観ました。見せ場である、青い鳥、オーロラ姫と王子のパ・ド・ドゥは多分ほとんどそのままです。長靴を履いた猫の音楽は、すごく猫の泣き声を感じさせる演奏になってもいました(面白かった!)。

 

ディベルティスマンは振付は変わっても雰囲気自体は元版と同様だったのが、赤ずきんと狼の曲だけは、第2幕に登場した森の女性と牧神の踊りになります。ここだけコンテンポラリーっぽい振りだし、急に違う不思議な空気になり祝宴に影が落ちたような感じすらします。

 

また王子がオーロラと登場する前に、カラボスと踊りながら出てきて王達とカラボスに和解を促します。結婚前にちゃんと問題解決しようとする王子に私内好感度が上がります(本当にそういう意味かどうかはわかりませんが)。ここもあらすじでは、リラの精とカラボスが最終対決と書いてあるんですが、そうは見えないんですよね。リラの精も和解に一役買うとか事情を説明する印象です。王妃の方が遺恨がありそうで(オーロラ姫に対する仕打ちを考えれば当然ではあるものの)ここではまだ未解決、この後のオーロラ姫結婚式を経て徐々にという感じに思えました。

 

オーロラ達のパ・ド・ドゥはほとんどそのままと上で書いたものの、王子のソロを半分くらい王が踊り、王位継承や世代交代を感じさせます。第3幕でも王と王妃の踊りが主役並みに多く、また、王冠が譲渡され、臣下達がオーロラと王子(新王達)に礼を示すなど世代交代が強調されていると思います。その後の最終場面だけは本当は観る前のネタバレしない方がいいと思う一方、意味がありそうでもあるので、記述はわずかですが画像を挟みます。

 

Unsplash Charlotte Coneybeer

 

最後の厳かな音楽は(この音楽をカットして明るい音楽だけで幕のものもあります)、通常、オーロラと王子がローブ(マント)をつけて王位継承を示すようなシーンになっていますが、この版では最後に中央にいるのが王位を譲った王と王妃。2人が跪いた後で眠りにつき、カラボスも含む妖精達がゆっくりと後ろに下がっていくなか森の女性にスポットが当たって終了です。オーロラ姫と共に引き延ばされた眠りを経て、災難も幸福も経験し、世代交代をした2人が自然に還る=死という眠りにつくかのようなニュアンスを感じます。王妃が目覚めたかのような2人の寝室シーンから始まって眠る2人で終わるという、やはり王と王妃に主役感があり、オーロラ姫と王子のカップルに重ねられている気がします。