『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

王妃と薔薇の騎士 1巻 Ep:4 魔女マーガレットについて

(※ネタバレになっていますので、ご了解の上お進みください。)

Ep:4の記事は、お待たせした割にそんなに情報量がなかったり、『ヘンリー6世』との多分あまり面白くない比較が中心になってしまったりで、ごめんなさい……。内容的にはEp:2やEp:3の感想記事で書いたことと重なっている部分もあります。

 

パワーゲームと恋愛について

マーガレットが王妃になってからグロスター公の威光に影が射し始め、グロスター公はいよいよ彼女の命も狙い始めます。それに対抗するマーガレットは、グロスター公を排除するための罠を仕掛け自らその場に赴きます。(と書いたものの、もしかしたらマーガレット暗殺を企てたのは実はグロスター夫妻ではなかったという展開になるのかもしれません。サフォークを捻っているから、ここは素直に捉える方がよいでしょうか。)

 

マーガレットのこうした危機や果敢な行動が、抑えていたサフォークの恋情を揺さぶりサフォークの言動がまたマーガレットの胸を苦しくさせるという話と絡むところが『騎士』ならでは。マーガレットとなら夫婦の務めも果たせるかもとヘンリーが発言したことも、2人の気持ちを揺らしています。サフォークが最初からマーガレットへの恋情に自覚的で計略的な『ヘンリー6世』(以下、HⅥ)とは異なり、『騎士』サフォークは徐々にそれに自覚的になり隠しきれなくなってきているようです。マーガレットが無茶をするところも初心なところも可愛いし、『薔薇』本編以上に少女漫画的な感じもありますね。

 

Image by Melanie from Pixabay

 

挑むマーガレットと守護するサフォークについて

HⅥの方では、グロスターの王位に野心を抱く妻のエレノアが、秘書のヒュームを使って巫女(魔女)と呪術師に霊媒の占いをさせる話になっています。占いは王=ヘンリーに対する呪いを含むようにも思える一方、曖昧にされており、エレノアやグロスターの罪を誇張するために周囲が言っているようにも思えます。ただ、いずれにしてもHⅥではヒュームが裏でサフォークの意を受けており、ヒュームがエレノアの野心を煽って彼女のもとに巫女達を連れてくる話になっています。巫女達と霊を呼ぶ行為自体が大罪にもなります。HⅥグロスターは何も知らないまま嵌められたことになりました。

 

Ep:3の感想記事で引いた、「あの女〔=エレノア〕を捕らえる鳥モチはもう茂みに仕掛けてあります、うっとりするような声の囮も用意しました」という囮とはこのことです。

 

HⅥでは、エレノアの占い、ひいてはヘンリーに対する呪いに、グロスター自身が関与したものだと疑いの目を向けられますが、そのように仕向けたのはサフォークです。また、バッキンガム公、ヨーク公は自身の打算込みでサフォークの思惑に乗りますが、彼らの関係性もその時々で敵にも味方にもなる危ういものです

 

『騎士』では、むしろグロスター夫妻がマーガレット暗殺をたくらみ(あるいはマーガレットにはそう思え)、マーガレット自身が、バッキンガム公、ソールズベリー伯、ウォリック伯の協力を得て、秘書ヒュームと占星術師の密談の場に踏み込みます。グロスターが魔女と会う予定という情報を得た彼女は、その魔女を装って赴きグロスターの本音を暴こうと企て、それを心配したサフォークが最後に計画に絡む展開です。今のところ、マーガレットとグロスター側での命を狙う順序も、マーガレットとサフォークの計画主導もHⅥとは逆になっています。

 

エレノアに罠をかけようとするこの話は、多分『薔薇』本編で一度使われているだろうと思うんですが、双方違う方向にアレンジされているのもうまいなと思います。以下の記事では、HⅥのこの後のあらすじにも触れていますのでご注意下さいね。

 

baraoushakes.hatenablog.com

 

ヨーク公の中立孤高について

『騎士』ヨーク公は『薔薇』本編に引き続き清廉さが見える人物になっています。確かにHⅥでも、グロスター公にも、マーガレット側にも完全に靡かない立ち位置である点は類似とも言えますが、HⅥヨークはやり手な計算をして次のように独白します。「俺は、豊かなイングランドの国土と共にフランスの王冠も手に入れるつもりだったからな。(中略)当面ソールズベリー、ウォリック親子と手を結び、高慢なハンフリー公爵〔=グロスター〕にも好意をちらつかせておこう」。『騎士』ヨークは中立孤高でありながら、抗戦派という点でグロスターに近しい者」とバッキンガム公に評されています。

 

HⅥヨークは、(サフォークとは対立しているのにもかかわらず)グロスター夫妻を嵌める計画に加担する一方、その先の王位簒奪計画のためにソールズベリーとウォリックの親子に声がけしているのに対し、『騎士』ヨークは、バッキンガムからもグロスターからも、自分達の側につくよう声がけされています。それでも彼は両方から一定の距離を取り、それがやり手というより節度あるものに見えるのです。

 

周囲との距離感の一方で、彼の戦功や態度で皆から一目置かれているところや、王位への野望を伏せているあたりが『薔薇』リチャードに似ている気がして、そんな描き方にも感銘を受けますね。この時点のヨークはリチャードと同様、まだ王位への野望をはっきりとは持っていないのかもしれません。

 

……はい。

 

魔女マーガレットについて

ソールズベリー、ウォリック、バッキンガム、ヨークは、HⅥでも一枚岩でなかったり、マーガレットやサフォークとの敵味方関係もその時々で変わっています。『騎士』では情報を提供し協力してくれたように見えるものの、彼らの旗色が明らかではないことや、マーガレット自身が魔女を装って対面の場に出向くことによって、HⅥ以上の緊張感を生んでいるとも言えます。サフォークが危惧するようにバッキンガムは信用できるのか。彼らが隠れて立ち会うなか、魔女の正体が露見すればマーガレット自身を危うくします。しかも、グロスターがくるはずだった場にやって来たのがエレノア(エレノアが来るのはむしろHⅥ準拠ですが)。エレノアに「お顔を見せてくださらない?」と言われてしまうマーガレットの場面で次巻に続きます。

 

(※HⅥは松岡和子訳・ちくま文庫版から引用しました。)
この後は『薔薇王の葬列 王妃と薔薇の騎士』2巻です。これからご購入の方は、ネットショッピングではコミックシーモアが特典ペーパー付です。