『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

王妃と薔薇の騎士3巻 Ep:10 ヘンリーへの愛について

(※ネタバレになっていますので、ご了解の上お進みください。)
 

Ep:9〜11は、菅野先生の緩急のつけ方の見事さや演出面が『ヘンリー6世』(以下、HⅥ)と対照するとよくわかるように思い、そこをくどくど書いてしまって(←いつもかも💦)、あまり面白くないかもしれません。先にごめんなさいと言います。あと、『ハムレット』(+『オセロー』)的な感じもしたので、その辺も書きました。

 

写真AC

 

決闘裁判の企みについて

武具師の親方と徒弟の決闘の話は、HⅥのほうでも対立する貴族に利用された犠牲者の印象はあるのですが、HⅥだと不条理喜劇やブラックユーモア的な皮肉含みで示唆されているものを(これはこれでよいです!)、『騎士』では緊迫したシリアスな展開でその犠牲を明確に示した感じがします。

 

HⅥでは、この決闘話は3つの場面に分かれています。徒弟が訴えに来てマーガレットとサフォークが聞く場面、サフォークがそれを使ってヨークに謀反の疑いがあるとしフランス総司令から外す場面、この決闘場面です。それが連続しておらず、間に鷹狩やエレノア逮捕の話などが入っています。考えてみると、一方でヨークに謀反の嫌疑がかけられる話と、他方で呪い=謀反の実行をするエレノアをヨークとバッキンガムが逮捕する話が平行して進んでいるんですよね。HⅥは様々な人の思惑が複雑に入り組んでいるのを示すためのこういう並びなのかもしれませんが……、『騎士』でこんなにすっきり示されると、HⅥでは少し間延びして話があちこちに行くなとも思えてきます。『騎士』では緊迫感も出ますし、加えて、この決闘の顛末が、マーガレットの心をグロスター暗殺に向かわせる流れにもされています。

 

で、HⅥだと、謀反の疑いをかけられた場面ではヨークは「謀反のことなど口にしおって、首をはねてやる!」と怒っているのに、なぜか決闘を取り仕切るのはヨークになっていて「準備ができております。ご覧いただければ幸いにございます。」とヘンリーとマーガレットを迎えています。親方は薬を盛られた訳ではなく、徒弟を見くびって景気づけの酒を呂律が回らなくなるほど飲み、結果的に負けて亡くなります。殺されそうになった親方が、命乞い的に、ヨークに謀反があったと言い出すのは両者共通なのですが、それでもHⅥだと勝った徒弟にヨークは「おい、神に感謝しろ、お前の主人をつまずかせたうまいワインにもだ」とか言っていてあまり深刻ではありません。フランス総司令の地位こそサマセットに奪われていますが、ヨークの叛逆はそれ以上問われておらず、有耶無耶になった感じもします。決闘の結果を、「謀反人を余の前から運び出せ」「公明正大な神は、この哀れな男の忠誠と潔白をお示しになったと無頓着に結論づけるのはヘンリーです。HⅥでは、この軽さと決闘の結果があまり意味をもたないことこそが不毛感を醸しているといってもいいのかもしれません。

 

『騎士』のほうはシリアスにその犠牲をマーガレットに語らせています。〈目を背けてはならない、たとえこの男が無実だとしても、その死は、もっとも尊き平和への犠牲(いけにえ)なのだから〉。事前にEp:8で「民だろうと貴族だろうと私は…誰にも傷ついて欲しくない…!」というヘンリーの台詞を入れたことも、それを強調する形になっているでしょう。(面白さのほうは『騎士』では若いウォリックが一手に引き受けている感じですね。)「公明正大であらせられる神は、たった今御証明になりました、この男の“正義”と、“真実”を!」と宣言するのは、これが神の意志と正義を装った政治と陰謀であると自覚するマーガレットです。

 

親方が「酒を飲み過ぎただけ」というのは、不正があったことを疑うウォリックにサマセットが返した言葉になっています。なんとか親方を殺そうと一服盛るところは、一寸『ハムレット』っぽい気もします。

 

『騎士』での決闘裁判の徒弟の勝利は、ヨーク叛逆の証とされ、ヨークは追放に処されそうになります。(HⅥではその後のグロスターの暗殺にヨークも一枚噛むというか賛同していて、ただ、ちょうどその時にアイルランドで叛乱が起き、ヨークはその討伐を命じられる形で左遷という流れになっています。ヨークは表面的には「陛下のお許しさえあればやりましょう」と従う一方、「いまにお前らの心臓を食い破ってやる」と怒りながらそこで兵力も蓄え雌伏の時を過ごします。)ここも『騎士』の流れとまとめかたはしっくり来ますよね。『騎士』ヨークが、処分の沙汰に「喜んで従いましょう、それが……、真実神の御心ならば」とマーガレットには皮肉も込めてか超然と答え、ウォリックに「いずれ……、必ず証明できるだろう、勝利は常に“正義”のものだとーー」と語るのはアイルランド派遣をめぐる台詞の変換のような気もします。HⅥでは実際に、ヨーク、ウォリック、ソールズベリー3者の会談場面があり、そこでヨークが王位を狙うことを明言しますが、それが晩餐の誘いの2,3コマのみで巧みに表現されているのも素敵です。『騎士』ヨークは気高い雰囲気はそのままに、徐々にHⅥ寄りの権謀術数も感じさせてきています。で髪を解いてヨークも『薔薇』1巻と同じスタイルになりました

 

更に余計なことですが、映画『最後の決闘裁判』もあり、『騎士』で「決闘裁判」という言葉が使われると勝敗で真偽を明らかにする考え方がわかりやすくなりますね(多分HⅥでこの言葉自体は使われていないはず)。一方、決闘裁判を行うのは貴族のみですし、ヘンリー6世の時代にはおそらく既になくなっていたはずなので、HⅥではそれも本来おかしいこととして描いていたのかもしれません。また、『薔薇王』と『薔薇騎士』との関係が『最後の決闘裁判』的な感じもします。このEp:10内でのグロスターやキャサリン王妃の描き方にもそんなところを感じます。

 

決闘裁判 - Wikipedia

 

www.cinemacafe.net

 

マーガレットとサフォークの密談について

『騎士』では、ヨーク排斥のための武具職人の死の犠牲が、マーガレットにグロスター暗殺も決意させ正当化の根拠を与えた描き方になっている気がします。この展開も説得的です。上で書いたように、その点も、決闘裁判がその後にあまり意味をもたないHⅥとは違っています。また、暗殺を決定する経緯もHⅥとは違っています。

 

『騎士』ではマーガレットとサフォークの2人だけの秘密の決断です。ヘンリーを蚊帳の外に置いているとはいえ、私利私欲に走っている感のあるHⅥとは異なり、2人にはヘンリーを大切にする思いもあります。「ヘンリーには、出来ない……、私と、貴方にしか…、サフォーク、私の手をとってグロスターを殺しましょう」とマーガレットが言い、一瞬の間をおいた後、サフォークが「待ち望んでいたのです、貴女のその言葉をーー神の名の下に行う殺人は、殺人ではありません」と答え、サフォークにも神の意を問う決闘裁判の影響が感じられる流れになっています。ジャンヌ・ダルクとの結びつけは『騎士』ならでは。罪の共有が更に2人を強く結びつけたような官能も感じさせます。

 

HⅥでは公的な場で、マーガレット、サフォーク、枢機卿(ボーフォート)、バッキンガム、ヨークが次々とグロスターの犯罪嫌疑(あくまで嫌疑)を強くヘンリーに訴え、ヘンリーは、グロスターの無実を信じつつもグロスターの逮捕と裁判までは折れざるを得なくなります。承認はしたものの耐えられなくなったヘンリーが議場から去ると、マーガレットが、サフォーク、ヨーク、枢機卿のいる場でグロスター暗殺を提案します。「ヘンリーは国家の大事には冷たく馬鹿げた温情がありすぎる。だからグロスターの見てくれに手もなく騙されるのです。」「グロスターをこの世からさっさと取り除くべき」。サフォークは、ヨークに煽られる形で「ヨーク、私ほどやつの死を望む者はない」と言い、また「これは神の功徳のある行為ですし、陛下を敵の手からお守りするためだーーひと言お命じくだされば、私が彼の最期をみとります。」「どうかお手を、これは天に恥じない行為です」とマーガレットに述べます。ヘンリー大事というのはグロスター排除の建前で、神が正当化する殺人という理屈もHⅥの方がやはり軽く胡散臭いものです。サフォークが殺害を申し出るのも手柄目的の雰囲気を感じます。台詞はここから引用されつつ、ニュアンスはむしろ逆のようにされていることがわかります。

 

ヘンリーの当惑について:『ハムレット』+『オセロー』かな?

『騎士』では更に、ここで抱き合うかのようなマーガレットとサフォークをヘンリーが目にすることにもなっています。純粋にHⅥの演出としても十分ありうる気はしますが、『ハムレット』と『オセロー』の合わせ技(?)のような雰囲気もあります。ヘンリーには、母親キャサリンのことに重ねて見えているので、その点では『ハムレット』的。妻の裏切りへの疑いで言えば『オセロー』的。『オセロー』ほど事実無根ではないものの、ヘンリーには2人の関係に疑いが生じたように見えます。Ep:9からヘンリーにそう見える事態が重なっていきます。

 

このEp:10は、父親のようなグロスターが殺される話が入る点で『ハムレット』寄りかもしれません。また、この後のグロスターの回想では、ヘンリーの母キャサリンが、ヘンリーを愛していて彼を自分の元に置きたかったこともわかります。ハムレットの母ガートルードも、ハムレットのことは愛しており、ヘンリーとは異なりよい大人であるハムレットに側にいてくれと言っています。尤も、それはわかっていても母を許せないのがハムレットなので、その点はヘンリーと異なりますが。

 

ヘンリーが2人の会話まで聞いてしまったのか、抱き合うような2人を単に見ただけなのか、どちらにもとれる描き方かもしれません。殺害計画を知ったということなら『ハムレット』的、この場を見ただけで(たまたま事実と合致するものの)2人が殺害したと思い込んだのなら『オセロー』的ですね。

 

グロスターの暗殺について

実はHⅥにはグロスターの殺害シーンはなく、また、サフォークは上のように言ったにもかかわらず現場には行かずに殺し屋が彼に報告するシーンのみになっています。当然夢のシーンもないのですが、ここは、ひょっとしたら『リチャード3世』でのジョージ暗殺のシーンと取り替えているのかもしれないと思いました。上に書いた、グロスターの罪をマーガレットや貴族達が糾弾するシーンは、『薔薇』本編9巻38話でジョージが裁判に乗り込んでくる話の方で使われているだろうと思います(しかもその方が史料に近くなります)。

 

baraoushakes.hatenablog.com

 

『騎士』では、これを逆にして、幽閉・謹慎状態のまま、夢を見た話をした後に殺された『リチャード3世』のジョージの場面を使っているのかも、と*1。とはいえ、ジョージの方は悪夢、グロスターの方は大好きな兄ヘンリー5世の夢ですし、そういった仕掛けではなく、単にグロスター自身の思いを夢の形で表現したということかもしれません。夢での短い登場シーンですが、このヘンリー5世がまた、『ヘンリー4世』でのやんちゃぶりも『ヘンリー5世』での闘いぶりも窺わせて魅力的です。グロスターの回想に出てくるヘンリーの母キャサリンもこれまでの悪魔的な描写とは違って、『ヘンリー5世』でのキャサリン像とつながる感じがします。

 

『騎士』では殺害に自ら赴いたサフォークと、首を絞められて目を覚ましたグロスターとのやりとりがあります。これはHⅥでグロスターが議会から去る時に言い残した台詞と、その後でサフォークがマーガレットやヨークと交わした別箇所(上で述べた場面)からの台詞が使われているのでしょう。

 

グロスター「ああ、こうしてヘンリー王は杖をお捨てになる。(中略)こうして羊飼いはおそばから叩き出されるのです、狼どもが真っ先にあなたを貪り食おうとうなりを上げている。」

サフォーク「狐に羊小屋の見張りをさせるのも狂気の沙汰ではありませんか?(中略)どうしても死んでもらう、あの男は狐なのだから。(中略)眠っていようが起きていようが、方法は問題ではない、死にさえすればいいのだ。」

 

こう言うだけだったHⅥサフォークの台詞を、『騎士』サフォークは実行した感じですね。

 

羊飼いが去って狼が来るという譬えはHⅥではヘンリーがリチャードに殺される場面でも使われており、今回こちらを見て、繰り返しになっていたのだなとも気づかされました。

 

ヘンリーへの愛について

サフォークに首を絞められたグロスターは、兄ヘンリー5世の肖像画の腕の箇所にすがりながら、〈哀れな…、ヘンリー……、愛しているのは、私だけなのに…〉と心中で思いながら事切れます。ここでの「ヘンリー」は、甥のことでもあり、兄のことでもあるのでしょう。彼の最期の時に、陰謀的でもあったグロスターの言動が、グロスター本人にとっては愛情からのものだったこともわかる展開でした。

 

それと同時に、グロスターは、兄や甥ヘンリーの妻を敵対視して猜疑の目を向け(「フランスの女狐」)、「国王(兄上)の子」ヘンリーを母親から引き離して自分の思い通りにしたことも描かれています。ヘンリーのみならずグロスターもまた、マーガレットとキャサリンを重ね、彼女達が夫以外の男を愛していることを淫らな裏切りと考え、それだけでなく兄や甥ヘンリーの心を彼女達が奪ったことを憎んでいるようにも思います。グロスターは、兄ヘンリーには「お姫さま」と言われていますし。

 

HⅥでのグロスターの最後の台詞(こちらは議場からの退場ですが)が、上で引用した台詞に続く「善良な王ヘンリーよ、私が懼れるのはあなたの凋落です」なので、この言い換えかも思いつつ、「愛しているのは、私だけ」という台詞、肖像画の腕にすがる描写によって、グロスターなりの愛情と共にその独善と強い執着が示唆され、すごい場面になっています。

 

そうではありつつ、ヘンリーを愛し彼のためを思うマーガレットとサフォークもまた、グロスターの轍を踏んでいるとも言えます。自分こそがヘンリーのことを考えているーー。HⅥでの私利私欲とは逆の願いからグロスターを暗殺したマーガレットとサフォークですが、それがヘンリー自身の願いや思いとは離れてHⅥの私利私欲に結果的に近づく、そんな描き方にも思えます。

 

(※HⅥは松岡和子訳・ちくま文庫版から引用しました。)
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*1:見た限りの書籍では史料とのこちらは史料との関係はわかりませんでした。史料的には、ヘンリー自身が危機感を覚えて議会でグロスターを逮捕させたという話と(『薔薇戦争新史』『薔薇戦争』)、マーガレットが議会に働きかけて逮捕させたという話(『英国王室史話』)が出てきます。とはいえ、これらは元資料の記載はなく、その点でも石原孝哉先生の『悪王リチャード3世の素顔』はよかったと改めて思います。