『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

王妃と薔薇の騎士3巻 Ep:11 マーガレットとサフォークの願いについて

(※ネタバレになっていますので、ご了解の上お進みください。)
 

Ep:11は、基本的に『ヘンリー6世』(以下、HⅥ)準拠でありつつ、前半は『マクベス』オマージュ、後半は史料ミックスによって更に劇的にされているように思いました。

 

厩での密会について

厩で待つマーガレットのところに戻ってきたサフォークは、彼女を抱きしめ「グロスターは死にました」と告げます。吹雪のなかを戻ったサフォークの震えに気づいたマーガレットは、罪を犯したことを「怯えているの…?」と気遣います。細かい箇所ではあるんですが、ここもHⅥと対照させてみると面白い変換になっています。HⅥでは、暗殺の翌日、ヘンリーのところにやってきたサフォークが「グロスターは死にました」と言っており、その前にヘンリーが「どうした? なぜ蒼ざめている? なぜ震えているのだ?」と彼に尋ねているのです。HⅥのサフォークの震えは無論白々しい演技ですが、それがこんなドラマティックな場面にされています。

 

『騎士』のサフォークはマーガレットの不安を否定し、「この皮膚の内側は、炎のように燃え滾っている……」と言って、2人は熱い抱擁を交わし……。“ああ、この流れでいよいよか”と思ったら、マーガレットが我に帰って思い止まりました。「私は、この国に平和を齎す為にやって来た」、〈私は“王妃”マーガレット〉、「私と貴方と……、ヘンリーの“願い”よ」。

 

『騎士』マーガレットがヘンリーのことを思い、ヘンリーとサフォークを違う形で愛していたことも、彼女が筋を通したこともわかって、この展開はとてもいいなと思いました。肉体的な関係が全てでないと思わせるところも、様々な形の愛情があると思わせるところもよかったですし、“ヘンリーのため”というのが決して言い訳でなく、2人の心からの思いであることにも真実味が出たと思います。加えて、そうだからこそ、それがヘンリー自身の願いと食い違い、2人の願いにすぎなかったと気づかされる悲劇が際立ちます。

 

厩なのは、『薔薇』1巻で、マーガレットとヘンリーの子(エドワード)について「王は羊飼い(ヨセフ)だから」と言われていたことと関係があるんでしょうかね……。

 

Unsplash  Dev Abhiram



暗殺の隠蔽について:『マクベス

その翌日、マーガレットは臣下達の前でグロスター逝去の報を告げました。その時マーガレットが心の内で考えた〈目も手も唇も、“誠実”で彩って、罪なき花に見えるよう〉〈心はその陰の蛇になるのよ〉、は、多分マクベス夫人の台詞だろうと思います。「目も手も舌も(中略)うわべは無心の花と見せて、そのかげに蛇をひそませるのです」(『マクベス』)。マクベス夫人の台詞っぽいとは思いながら、この感想を書くまでそれ以上を考えていませんでしたが、この場面も含めEp:10後半から『マクベス』的になっていますね。HⅥにも「花咲く堤でヘビがとぐろを巻いている」というマーガレットの台詞があり、こちらはグロスターが善人ぶっていても悪意があることを喩えたものですが、こことも掛けているのかもしれません。

 

マクベス』では、マクベス夫妻がダンカン王を暗殺してそれを隠蔽します。(他の者による犯行に見せかける『マクベス』に対し、自殺を偽装した『騎士』の違いはあるものの。)HⅥでもグロスターの暗殺は隠蔽されますが(HⅥでは自然死のように偽装)、HⅥではマーガレットとサフォーク以外に枢機卿もヨークも暗殺に関与し実行犯は殺し屋であるのに対し、『騎士』では2人の計画、実行犯はサフォークと『マクベス』に近くなっています。『騎士』ではグロスター公逝去に伴い、サフォークが(サマセットもですが)公爵に任じられて、これもダンカン王死去によって王位を得た『マクベス』に近い展開です。(HⅥではヘンリー・マーガレットの結婚時にその功績で公爵就任。ただ、歴史的にはサフォークの公爵就任はグロスター公逝去あたりのようです。)

 

マーガレットとサフォークの企てについて

振り返るとEp:10での2人の密談も『マクベス』的でした。マクベスは王位に野心は抱いているものの、彼に先んじて王を殺そうと言いだすのはマクベス夫人です。HⅥでも最初にグロスター殺害を言い出すのはマーガレットなのでEp:10はHⅥとも重なりつつ、『マクベス』のように、サフォークが気づかないまま求めていたことをマーガレットが提案したようにも見えて来ます(「ずっと貴様を殺したいと思っていた」)。殺害手段はHⅥでも『騎士』でも絞首、『マクベス』では短剣ですが、マーガレットはEp:10、11で短剣を持っています。Ep:10の感想記事では2人の密談場面が『ハムレット』『オセロー』的と書きましたが、更に『マクベス』も重なっていたか、と思います。

 

こじつけすぎかもしれませんが、厩でマーガレットがサフォークを迎える場面も、『マクベス』的にも、それを反転させているようにも思えます。

 

『騎士』:マーガレットが「坐して待つだけの女じゃない」2人で殺害に行こうと言い、サフォークは自分が殺す、「あなたと私の願いは同じ」と、彼女を厩に留める。
マクベス』:マクベスが「男にふさわしいことならなんでもやる」が殺害はやはり止めようと言い、夫人が「勇気のあったあなたこそ真の男」と怒って揉める。マクベス説得され王を殺害するも、殺害に使った短剣を持って来てしまい後から夫人が短剣を置きに行く。殺害後、後悔するマクベスに夫人が「私の手もあなたと同じ色、でも心臓はあなたのように蒼ざめてはいません」と言う。

 

『騎士』:「誰の手も血で汚れはしません」
マクベス』:2人とも血塗れ

 

『騎士』:殺害後、戻って震えるサフォークをマーガレットは「怯えているの…?」と気遣い、サフォークはそれを否定し「私の心臓は、喝采し続けていますグロスターの息が途絶えたその瞬間から…!」と答える。
マクベス』:マクベスは「自分のやったことを考えるだけで身の毛がよだつと嘆き、夫人が「意気地のない!」と喝を入れるものの、ノックの音に「ダンカンを起こしてくれ」と言うなどマクベスの後悔が続く。

 

『騎士』:「これで…、ヘンリー様の悪夢も終わる」「この国の、悪夢も」
マクベス』:「叫び声が聞こえたようだった『もう眠りはない、マクベスは眠りを殺した』」。次の日は夜のように日が陰る。最後近くの有名な台詞“The night is long that never finds the day”(ここだけ松岡和子訳「明けない夜は長いからな」)。

 

『騎士』:殺害後の2人のセクシュアルな感覚の高揚
マクベス』:殺害前のマクベスの不安。性的不安にもつながっているという指摘もある。

マクベス』などの劇が示しているのは、暴君は何らかの性的不安に突き動かされているということだ。自分が男であることを示さなければならないという強迫観念、不能への恐怖、自分が十分に魅力的ないし力強いと思われないのではないかという執拗な懸念、失敗への不安。(グリーンブラット『暴君ーーシェイクスピア政治学』)

 

妄想・思い違いでなければ、マクベス夫人によるマクベス説得シーンは『薔薇』10巻43話でも使われている気がして、同じシーンのオマージュでありつつ、このヴァリエーションの幅が本当にすごいと思います。

 

baraoushakes.hatenablog.com

 

後半は、史料を交えてHⅥのいくつかのシーンをまとめられ、スピーディーで劇的な流れになっています。

 

検死と疑惑について

『騎士』

『騎士』ではグロスターの突然の死を訝しんだウォリックが検分を求めます。館で縊首したグロスターを見た臣下達は納得しかけたものの、部屋の肖像画に縋った痕跡とグロスターの爪が剥がれていることに気づいたウォリックは、「グロスターの敵対者」による謀殺だと訴えます。

 

更にその場にヨークが登場し、グロスターから「その身に何かあれば公開するように」と託されたものだと言って、アンジューとメイン公領を引き渡す条件のフランスとの休戦条約を明らかにします。その内容を知らされていなかった臣下達は驚き、サフォークとマーガレットに対する疑いが一気に高まります。ただ、この休戦条約の内容に騒ぎ出す兵士達はヨークの仕込みっぽい感じもしますね。ヨークの台詞はかなり前のHⅥ第1部5幕4場の講和が決まった場面から持ってこられ、税金を徴収しながら戦場に送金しなかったという兵士の非難は第2部3幕1場でのヨークの台詞(これはグロスターの嫌疑への台詞)が使われています。

 

HⅥ

HⅥでは少し違っていて、グロスターの裁判が予定された日にサフォークがその死をヘンリーに知らせ、ヘンリーはそれに驚き嘆きます。その時点でヘンリーはサフォークによる暗殺を疑っているようでもあります。外では、サフォークと枢機卿による暗殺だと民衆が騒ぎ、その騒ぎをヘンリーに伝えたウォリックが、ヘンリーの命令で遺体を検分することになります。ウォリックは、自然死とされたグロスターの顔の充血や眼球の状態などから見て、絞殺のはずだと報告します。グロスターと敵対していたサフォークと枢機卿を疑うウォリックと、そう言われたサフォークが言い争いになったところに、「打倒サフォーク」を叫ぶ民衆が押しかけてきます。(この辺はEp:12冒頭での描写になっています。)

 

ヘンリーは、殺害を断定する言葉こそないものの、関与を確信したかのように彼に追放を命じる流れです。明らかに怒っていることがわかる台詞になっています。

 

グロスター暗殺に賛成したヨークは、グロスター死去時点ではアイルランド遠征中。後のジャック・ケイドの乱に乗じて、軍を率いてアイルランドから戻ってきます。その時サフォークは既に追放され亡くなっており、乗り込んできたヨークは「逆賊サマセットの排除」を主張しますが、この場面がまとめられている気がします。HⅥではジャック・ケイドの乱を唆したのもヨークになっています。

 

史料

グロスター公の急死については殺害が噂されたため、人々を納得させるため遺体を公開したとも(『薔薇戦争新史』)、自然死でないのはわかりきっていたのに議員代表に検死させ、マーガレットとサフォークが威圧して自然死の結論を出させたとも(『英国王室史話』)されています。暗殺を命じたと噂されたのはサフォークという話も(『薔薇戦争』『英国王室史話』)、ヘンリーという話(『薔薇戦争新史』)もあります。ただ、歴史的にはグロスター死亡事件はサフォークの追放と結びついていません。

 

『騎士』で問題となった、アンジューとメインの引き渡しの方は、主戦派の反対を避けるためにしばらく伏せられていたというのが史実のようです。(一方、HⅥではこの件はマーガレットとヘンリーの結婚時に明らかになってそこでは色々非難が出るものの、この場面で火種にはなっていません。)3年後の領土引き渡し期限に督促によってそれが明らかになり、サフォークは貴族達に突き上げられることになります。加えてブルターニュとも戦争になって更に領地を失い、その戦争の責任者がサフォークとサマセットであったことから、領地引き渡しや戦争での失策という「罪状」で、反逆罪の裁判にかけられます。ですが、それらは全てヘンリーの認可の下でなされたものでもありました。国は財政難であったのに王宮では支出抑制もされず、そのために戦費を欠き敗戦に至った責任をサフォークが取らされた面もありそうです。ヘンリーもそれが王命によるものとサフォークを支持したにもかかわらず、裁判での追求が止まず、追放処分はむしろサフォークを守るためのヘンリーの決定であったと『薔薇戦争』には書かれています。(追放は5年の予定だったそうですし。これはむしろHⅥでのグロスターに対するヘンリーの対応に近いですよね。)

 

薔薇戦争』の記述だと、サフォークが“ヘンリーのために”王命を受けて動いていたとも取れます。サフォークは、HⅥではグロスター殺害の罪を、史料では領地引き渡し等での責任を追求された訳ですが、『騎士』ではこれを見事にミックスしていることがわかります。

 

マーガレットとサフォークの願いについて

『騎士』マーガレットがサフォークを弁護しようとする点も、講和条約が王命であり、サフォークはヘンリーに忠実であるということです。サフォークが捕らえられようとしているところに来たヘンリーに、マーガレットは、条約と和平が「ヘンリー6世王の願い」だと言ってもらうよう語りかけます。この時、マーガレットは、その〈私達の〉願いを、彼女とヘンリーとサフォークの願いであると当然のように思っています。〈何もかも、貴方の為に〉というマーガレットの気持ちに嘘はないでしょう。グロスター暗殺もヘンリーのためでした。

 

HⅥでもマーガレットはサフォークを庇う発言をしますが、こちらの方は芝居がかっていてウザい感じがします。シェイクスピアなので皆が長台詞だし大袈裟だったりしますが、この辺のマーガレットの台詞は“長!”と思ってしまうわざとらしさがあるのですよね。『騎士』とはかなり印象が違います。

 

ですが、グロスターの死はヘンリーを大きく傷つけ、おそらくマーガレットとサフォークの関係に対するヘンリーの疑惑を大きくしてしまいました。マーガレットの語りかけに対するヘンリーの答えは、「僕の為だって言うの? 叔父上を殺したのも?」「……、嘘だ……、君達2人の望みだろう? 僕じゃない」でした。『騎士』ヘンリーは叔父殺しの犯人さえ言及します。その言葉で、マーガレットは、〈私達〉がマーガレットとサフォークとなってしまっていたこと、その願いがヘンリーのそれとは切り離されてしまったことに気づかされます。

 

(※HⅥは松岡和子訳・ちくま文庫版、『マクベス』は小田島雄志訳・白水社版から引用しました。『マクベス』は文中注記分のみ松岡和子訳・ちくま文庫版です。)