『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

ウィーン国立歌劇場バレエ(配信)、ノイマイヤー振付『椿姫』感想

trailer等の動画リンクと、キャストを残す程度のごく短めの感想です。公式サイトのキャスト表は、配信終了後しらばくすると消えてしまうようなので。

 

配役と演奏

Marguerite Gautier
 Ketevan Papava
Armand Duval
 Timoor Afshar
Manon Lescaut
 Hyo-Jung Kang
Des Grieux
 Marcos Menha
Prudence Duvernoy
 Ioanna Avraam
Gaston Rieux
 Masayu Kimoto
Nanina
 Adi Hanan
Monsieur Duval
 Eno Peci
Olympia
 Elena Bottaro
The Duke
 Rashaen Arts
Count N.
Géraud Wielick
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Piano
 Michał Białk, Igor Zapravdin

Musical Direction
 Markus Lehtinen 

 

ノイマイヤーの『椿姫』は生の舞台で(しかもすごいキャストで)観たこともあるんですが、今回の方が感動したかもと思うくらいよかったです。その時は席が遠すぎたとか、鑑賞眼がなかったとかかもしれませんし、今作が単に私の好みに合ったというべきかもしれませんけれど。

 


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ケテヴァン・パパヴァのマルグリットは第1幕では華やかな中にも影のある大人の雰囲気、彼女の感情の複雑さが見事に表現されている気がしました。ティムール・アフシャーのアルマンはうぶで繊細、必死な感じです。

 

第1幕の紫(青)のパ・ド・ドゥの最初の方で、マルグリットの隣に座るように促されたアルマンが倒れ込むのが今回とても腑に落ちたというか、それに萌えを感じたというか。恋の切なさと官能が素晴らしかったです。パパヴァのマルグリットは、アルマンが見ている時は微笑んで余裕のある表情をしながら、彼が見ていないところで激しく葛藤していて、しかもそれがショパンの曲と同調しています。パ・ド・ドゥの進行とともに彼女の中に元々あった愛情深さが現れてきたような、この時点でアルマンへの慈しみを感じます。アルマンに椿の花を渡すラストでは、また迷いが生じて余裕と揶揄い的な微笑みに戻る、その感情の行き来の表現が見事です。

 

第2幕での白のパ・ド・ドゥでは、マルグリットは安らいで微笑みつつも、どこか悲しみを内包しているようで、おそらく命が長くないことを知っているんだろうと思えます。ウィーン国立バレエのピアニストの滝澤志野さんが、白のパ・ド・ドゥについて「幸福よりも深い愛」という指導があったことをツイートされていて、今回は特にそれがわかるような気がしました。

 

 

滝澤さんのこちらの記事では、ノイマイヤーが「「踊り」が大事なのではない。役そのものを生き、心からの想いが全身に表れていることが大事なのだ」と語ったことが記されていて、そこも今作で実感できたところです。

 

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白のパ・ド・ドゥでリフトが大変そうに見えたのは(衣装がひっかかったのかふらっとした時も?)バレエとしてはマイナスかもしれないんですが、逆に私には演劇的でリアルでよかったんですよね。アルマンのキャラクターに合っているようにさえ思えます。パパヴァがそれをカヴァーして踊っているように見えたのも、マルグリットとアルマンの関係性としてありな気がしましたし。マルグリットがアルマンの肩に寝そべるようなリフトで安らいでいるように見える版も素敵ですが、今回のもとても好きです。

 

木本全優さんがガストン・リュー役だったので、木本さん注目でガストンにも目が行きまして、アルマンとの対比やバレエでの場面進行で、ガストンの踊りがうまく配置されて作られているんだなと感じました。木本さんは踊りが綺麗ですよね。アフシャーのアルマンは私には本当によかったとはいえ、比べると踊りはややラフな感じもして。でもそれも洗練されて遊び慣れているガストン、世馴れない(後半はやさぐれた)アルマンみたいに見えたりもしました。

 

第3幕の黒のパ・ド・ドゥも、抑えようとしながらも感情が溢れ出すかのようなマルグリットも、それに翻弄されどうしていいかわからず感情的にぼろぼろな風のアルマンもよかったです。第3幕の舞踏会でマルグリットと再会する場面でのアルマンには、やさぐれ感と零落ぶりが漂い、人生を踏み外してしまったような印象でした。

 

ノイマイヤー版をご存知の方にはネタバレでもなんでもないんですが、ラストのことを書くので一応画像を挟みます。

 

Photo by Nick Fewings on Unsplash

 

ノイマイヤー版は原作に忠実で、ヴェルディのオペラ『椿姫』の終幕と違っています。マルグリットが死の前にアルマンと再会する展開はありません(オペラではヴィオレッタとアルフレートですが)。オペラしか知らずに観た時には、え、こんな風に終わるの?と、オペラはなんと優しく改変されていることかと思いました。ノイマイヤー版ではマノン・レスコーもフィーチャーされており、デグリューに看取られたマノンとは異なり、それに憧れながらマルグリットはひとりで亡くなるという流れです。ですが、(これもその展開を知っているかどうかで印象が異なるところもあるかと思うのですが)今回、もちろん同じ構成、同じ振付ながら、パパヴァのマルグリットはアルマンに愛を伝えて亡くなった、アルマンはそれを受け取ったと思えました。