『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

モナコ公国モンテカルロ・バレエ、マイヨー 振付『Le Songe』、『La Belle』感想

『ル・ソンジュ(Le Songe)』は、ジャン・クリストフ・マイヨー振付の『夏の夜の夢』です。先日放送されたモナコ公国モンテカルロ・バレエのマイヨーの『じゃじゃ馬ならし』の、一寸微妙な感想記事のなかで、こちらと『ラ・ベル(La Belle)』に言及しました。最近配信・放送されたものではないのですが、マイヨーのこの2本はむしろ推しなので、補完みたいな気持ちです。最後にマシュー・ボーンの『眠れる森の美女』の話と動画を少し入れています。ボーンのものだけ読む方はここをクリックして下さい

 

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『ル・ソンジュ(Le Songe)』

Trailerでだいたいの雰囲気がわかってもらえると思うんですが、妖精画のようなバランシン版やアシュトン版と比べると、マイヨー版は衣装や振付が斬新です。つい“シルク・ドゥ・ソレイユ”が浮かんでしまうようなコスチュームと特に妖精達の不思議な動き。マイヨーの演目は体の線を見せるレオタード的衣装が多いように思うのですが、『Le Songe』はアテネの若者や公爵達も、彫像のようにも見えるモノトーンの全身レオタード的な衣装になっています。カップルごとに色が少しずつ違って名前が書いてあるのが、彼らの異同(似ているとも、少し違うとも言えそう)や好きな相手が変わってしまう暗示のようで面白いです。妖精達はもっとカラフルで、パックは道化っぽく、カラフルな中でのタイターニアの白の衣装が女王感を醸します。職人達の衣装はレオタード的ではありませんが、昔の庶民の服が素敵にアレンジされた風で、これはこれで別演目のシルク・ドゥ・ソレイユな感じがします。

 


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下の記事で、パリ・オペラ座とロイヤル・バレエやミラノ・スカラ座のオーベロンの違いなどを書きましたが、そんなレベルじゃないほどこちらのオーベロンは違っていて、半獣っぽい雰囲気です。どちらかと言えば、Dromgoole演出のシェイクスピアズ・グローブのオーベロンに近いでしょうか。

 

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これはパックの絵ですが、オーベロンがこんな路線に思えます。最初に妖精画と違ってみたいなことを書いちゃったものの、これも妖精画ではありますね。

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Henry Fuseli, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

 

以下のDVDの商品紹介でこの作品の魅力が見事にまとめられています。「タイターニアを踊るのは、マイヨーのミューズであるベルニス・コピエテルス。セクシーな衣装に身を包み、オーベロン王でさえも従える。」はい、まさに!と思いました。(以下2つの紹介文自体は同じもので、タワーレコードページはキャストなど細かい情報がありますが販売されておらず、割安で販売されているのが2つめのリンクです。)

 

tower.jp

モナコ公国モンテカルロ・バレエ団 「真夏の夜の夢 Le Songe」 【DVD】 [biccamera_1593801] - 2,373円 :

 

紹介文にも書かれているように、メンデルスゾーンの音楽はアテネの貴族達のシーンのみで使われ、妖精達のシーンは、旋律がないような現代音楽になっています。メンデルスゾーンの曲自体が、妖精達、アテネの貴族達、職人達のパートから作られているそうなので少しもったいない気もしましたが、この作品での不思議感のある妖精達には新しい曲が合いますね。職人達のシーンは、演劇的・マイム的で、3つの世界の違いとその交差が、音楽、振付の違いでも表現されます。パックが魔法をかけると、職人達の動きが妖精的になったりします。

 

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(おそらく音楽通りに分けているのがバランシン版の気がします。序曲でやや悲劇的なアテネの恋人達のモチーフのところでヘレナが登場したり、賑やかな職人達のモチーフになると職人達がバタバタやってきたりして、音楽を主軸にしているんだなと改めて思いました。)

 

衣装や振付は斬新ですが、話の流れはかなり原作に近く、また、ハーミアとライサンダーが、父と公爵に結婚の許しを乞う場面などでは、ハーミアが“公爵ご自身も愛する方と結婚しますよね”と訴えるように見えたり、公爵がハーミアを諭している後ろでディミートリアスがハーミアの父と結託しているようだったりで演劇的でした。

 

こちらのタイターニアは綺麗で妖しげで強くて、最初の喧嘩のシーンはもちろん、花の魔法でロバのボトムを愛した後もオーベロンに勝っている感がありました。Trailerの2:06あたりにあるように、自分で仕掛けておきながらオーベロンの方が焦れて、ボトムを引き離したような印象があります。ボトムもあまりロバっぽくなくなんだかオーベロンの同類みたいに見えたのも面白いです。そのボトムのコスチュームやタイターニアとの踊りも、その後でタイターニアとオーベロンが和解する場面もかなりセクシュアルでオトナ味。お子さんと一緒に観ても安心なバランシン版とは違って、注意が必要なくらいです。オーベロンは欲望全開の感じで、『じゃじゃ馬』の2幕のペトルーチオの方がカタリーナへの気遣いが窺えるくらいなのに、こちらは葛藤なく観られるのは、タイターニアが蠱惑的かつ超然としていて、これで態度を変えるようには見えないせいかもしれません。

 

取り替え子(小姓)は女の子になっていて、羊コスのようで可愛く、この子とタイターニアの関係も妖しく見えます。パックもこの子に懸想していて、タイターニアとオーベロンの愛のシーンの背後で、この子とパックが2人をなぞるようにペアになっています。この辺はユニークですが、取り替え子も含めて妖精達は色々な相手に気ままに欲望が向きそうでもあります。

 

タイターニアやアテネの恋人達に魔法をかける花も乗り物になっていて美しいのですが、花芯から煙が噴射され性的な隠喩がありそうです(私がけしからんのでそう思うだけ? でも原作にもキワどい解釈がありますよね)。

 

職人達は台詞まであってかなり活躍し、ピラマスとシスビーの劇中劇までやります。職人の芝居のシーンなどをみると、マイヨー版が一番子供向けに思えるぐらいの楽しさなんですが。で、結婚行進曲がありません! 別の曲に紛れて旋律が少し出てくる程度で、大円団フィナーレ的な結婚行進曲で盛り上がるのでなく、職人の芝居になっている点でも原作に近い演劇的な感じがしました。でも、その職人達の芝居を公爵達は観ていなくて、恋人に夢中だったり、眠っていたりしたという……。

 

『ラ・ベル(La Belle)』

これは『眠れる森の美女』が斬新に解釈し直されたもので、シェイクスピアではないのですが、前記事との関連で。それにローズアダージョ比較にもなりましたし!と言ってみます。『ラ・ベル』はWOWOWで放送されたので、もしかしたらそのうち再放送があるかもしれません。WOWOWで放送された2016年のものは、ベルがオルガ・スミルノワ、王子がセミョーン・チュージン。この2人、実は『じゃじゃ馬ならし』がボリショイ・バレエで初演された際の、ビアンカとルーセンシオ(←ロマンティックな方のペア)だったりもします。他のキャスト情報も以下にあります。

 

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ご存知のように、オリジナルのマリウス・プティパ版や通常版の『眠り』では、オーロラ姫が、魔女カラボスに呪いをかけられ、16歳の誕生日に紡錘の針を刺して眠りにつきます。マイヨー版では、姫=ベル(普通名詞?固有名詞?)が求婚者の王子達から、おそらく性暴力を受け、そのショックから眠りについてしまう描写になっています。設定はエグいとも言えますが、マイヨー版では王子(求婚者とは別の通常版デジレ王子)も毒親から支配される弱い存在で、傷を抱えた2人が互いへの思いやりと愛で呪いを解くような話になっています。

 


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通常版の『眠り』では各国の王子と姫が踊るローズ・アダージョのシーンで、マイヨー版では、ベルが大きなバルーンに包まれて登場します。とても美しくてビジュアル的にも新鮮です。

 

バルーンは、その前段で、妊娠、妊孕、子供などを象徴するような使い方をされています。ベルの母の王妃はお腹の部分が丸く空いた衣装、周囲の女性達はお腹のところにバルーンがついた衣装で登場し、王と王妃になかなか子供ができなかったことが強調され、ベルを授かった王妃はバルーンを大事に抱えて喜びました。バルーンに包まれて登場するベルは、親から大切に庇護され、まだ大人になっていない/これから大人になる無垢で壊れやすそうな存在に見えます。ローズ・アダージョの最後で、実はカラボスが化けている侍従(?)に先導され、求婚者の王子達はバルーンに襲いかかって破り、ベルを外に出します。

 

この辺、王子達の動きも表情も不穏で怖いんですよ(ダンサーの皆さん凄い)。下の動画の3:30くらいにそのシーンがあります。通常版の『眠り』では、ローズ・アダージョの後に、老婆に化けたカラボスから紡錘の入った花束をもらった姫が喜んでいるうちに針を刺してしまうのですが、そのシーンの音楽で王子達がベルを乱暴したことが示唆される展開です。踊り的にも、王子達だと思ったら実はカラボスの手下だったか!みたいな感じです。通常版では、姫の父の王は、姫が針を刺すのを恐れて紡錘を使わないよう御触れを出していたりしているので、こうやって読み替えられると、守られている姫、処女性、それを破ってしまう紡錘についての想像が広がり、元の物語自体が性の隠喩のように思えてきます。

 


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ついでながら、通常版のローズ・アダージョは、長いバランスなどオーロラ姫役の女性ダンサーの見せ場として有名ですが、マイヨー版で主に踊るのは王子達、ベルは歩くだけという逆転もあります。それでもベルが主役感満載。

 

プティパ版のローズ・アダージョだとこんな感じです。オーロラ姫はロイヤル・バレエのマリアネラ・ヌニェス。

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最初にも書いたように、マイヨー版ではベルを目覚めさせる王子にも鬱屈があります。王子の母がカラボスという設定で、王子は抵抗を試みても、心優しい父王もろともに母に支配され、望まない形で王位に就かされそうになっています。それがキングローブにも檻にも見える金属の囲いで表現され(1つ上の動画0:55あたり)、王子もまた囚われた立場と言えそうです。シャルル・ペローの話では王子との結婚後、実は魔女だった王子の母が姫を食べようとするエピソードがあり、マイヨーは、通常版では出てこないこのエピソードを入れて、王子の母とカラボスを統合させたらしいのです。更にマイヨーの独特の解釈として、王子が毒親カラボスから支配される弱い存在にもされているのでしょう。

 

姫を眠りから覚ますのは通常版ではもちろん王子のキスですが、マイヨー版では、リラの精が王子に与えた水晶で王子はベルの傷つきを知っており、彼女が閉じこもっている場所(ここも水晶っぽい)まで降りていき、どうすればいいかと考えるように彼女を見つめます。私の勝手な思い入れが入っている気はしますが、王子は単に恋をしているというより、傷ついた彼女に胸を痛めているように見えました。するとベルが目を覚まし、2人が見つめあい、無力感にさいなまれているような王子にベルは自分からキスをするという流れになっています。

 

通常版でもいきなり王子のキスにならない工夫は多分されていて、リラの精が王子の人品を見極め、夢の中で姫と王子が出会って恋をした後にキスシーンが来ていると思うんですが、マイヨー版は前段でベルの被害もあるので更に繊細に作られている気がします。また、ペローの『眠り』でも王子がキスをして姫を起こすのではなく、姫が彼を待っていたと言うそうなので、そのニュアンスも入っているのかもしれません。

 

その後は2人がずっとキスしたままのパ・ド・ドゥです。通常版の『眠り』では想像できないほど官能的なのにとても優しい雰囲気です。

 

それでもまだ試練は続き、王子が母カラボスから檻のようなキングローブに閉じ込められたり、ベルがまた求婚者達に襲われそうになったりするものの(ここは実際に襲われるというより、カラボスがトラウマを思い出させていると考えた方がいいかもしれません)、2人がお互いを助け、最終的にはベルがカラボスを倒します。ベルがカラボスにキスをしてカラボスが倒れるという展開で、愛による呪いの克服ということかなと思いました。これはベル役のオルガ・スミルノワの素晴らしさかもしれませんが、目覚めて王子を愛してから、ベルの芯の強さが現れ成熟していく感があるのもよかったです。ベルがカラボスを倒すというのも、姫と王子が逆転するような面白さです(通常版でもデジレ王子というよりリラの精がカラボスを倒すようだったりはしますが)。

 

マイヨー版ではプロローグとエピローグ的に、青年が『眠りの森の美女』を読みながら眠るところから始まって、夢の中で青年は王子になり、最後に青年が目覚めてベルを見つける流れにもなっているので、眠っているのが青年=王子という逆転もあるように思いました。

 

マシュー・ボーンの『眠れる森の美女』とローズ・アダージョ

"From this slumber she shall wake, when true love's kiss the spell shall break..."

 

ローズ・アダージョつながりで、こう書かれたマシュー・ボーン版もリンクします。コロナ禍での劇場閉鎖をオーロラ姫の眠りに擬えて、愛のキスが呪いを解きますようにと、昨年、無観客のサドラーズウェルズ劇場で客席側を見せる形で撮影され、サポートも募っています。ダンサーも稽古着。

 

このローズ・アダージョはまた全然違っていて、上のものを観た後だと涙が出るほど優しく純粋で2人の想いが通じ合ったパ・ド・ドゥだと思います。オーロラ姫の相手は、王子ではなく幼なじみの狩猟番レオ。相思相愛ですが身分違いなので、姫の誕生日の祝宴でレオが距離を感じたところから始まっています。黒い薔薇はカラボスの呪いがかかったもので、そのトゲでオーロラ姫が眠りについてしまう設定です。

 


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ボーン版は、初めてオーロラ姫に会う王子がキスをするのではなく、レオが永遠の命を得て、100年の眠りから覚める姫を待つという改変になっています。また、シーンや踊りから『ジゼル』オマージュが窺えるところがあり、狩猟番レオは、『ジゼル』の森番ヒラリオンの逆転になっている気がします。『ジゼル』では、村娘ジゼルに好意を寄せているのが、幼なじみのヒラリオンと、村の外から来て身分を隠している貴族のアルブレヒトで、ジゼルはアルブレヒトと恋仲になります。狩猟番のレオはオーロラ姫と幼なじみで両想い、身分はアルブレヒトとジゼルの逆です。また、こちらでは貴族の振りをしてやってきたカラボスの息子がオーロラ姫に執着します。

 

下がボーン版『眠り』の全体のTrailerです。配信の恩恵には与りましたが、本当に、早くコロナの呪いが解けますように……。

 


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