6月20日にNHKBSで放送された、ジャン・クリストフ・マイヨー振付、モナコ公国モンテカルロ・バレエ『じゃじゃ馬ならし』(2020年収録版)の感想です。
この作品の感想、アップするかを迷いました。好きなところも多いんですが、やや考えてしまうところもあって、特に2幕以降は観ていても両方の感情がぶつかる感じでした。
解釈などに迷って検索した他のweb記事などではとても肯定的に評価されていたので、おそらく私の見方が偏っているだろうと思います。そんな前置付きで始めます。(“Kings of war”の記事でも似たような言い訳しましたね。)
いや、振付も衣装も装置もすごく好みなんですよ。衣装は息子であるオーギュスタン・マイヨーによるものとのこと。ショスタコーヴィチの音楽も、コミカルだったりロマンティックだったりして、それぞれの場面にも、マイヨーの現代的な振付にもとても合うし。ダンサー達も、踊りのキレもすごいのに演技も説得的でよかったです。
マイヨーは、今の時代に『じゃじゃ馬ならし』をマチズモ的主題として扱うのは難しいと述べ、この作品ではカタリーナは男性に調教される女性ではなく、まだ人と折り合ったり人生を引き受ける用意ができていない非常に気難しい女性としているようです。
Ballets de Monte-Carlo : La Mégère Apprivoisée - YouTube
それもあって、それなりに原作と変えている、あるいは配慮しているところは見られます。カタリーナはペトルーチオに会って恋に落ち、それでも彼に突っかかるという演出になっており、ペトルーチオも彼女を気に入ったところから始まって、2幕で怯えるカタリーナを見て罪悪感に駆られたり愛しく思ったり、喧嘩しつつ2人が距離を縮めていくといったところかと思いました。ペトルーチオも原作の変わり者ぶりと強引さが出ている一方で、戸惑いやセクシーな甘さも感じさせます。素直になれないツンデレ同士が、駆け引きの後にセクシュアルにもオープンになる流れや、そのシーンの踊りはとてもエロティックです。そしてベッドシーンでは、従者が入ってきてシーツを掛けてあげたり……。見ようによっては『薔薇王』10、11巻っぽい気がしないでもありません……。
妹のビアンカとその恋人ルーセンシオはロマンティックで美しい役割担当という感じで、2人のパ・ド・ドゥはロミジュリのようでうっとりします。ルーセンシオは原作と違って変な画策もせず性格もよさげで、この2人はバレエ的王道ペア。そしてカタリーナとペトルーチオが、第1幕が喧嘩も含めてコミカル、中盤が感情をぶつけてエロティック、最終部がラブラブでコケティッシュ、とうまくパターンの違いが出る形になっています。更に他の求婚者についても、グレミオと家政婦が打算も含む大人カップル風、「キザな紳士」(=原作ホーテンショー)と寡婦のペアは寡婦を悲劇ヒロイン風にして、バレエ的に映える形に作られていました。
“I found the effect of love in idleness.” The Taming of the Shrew
ただ、ただですね……、カタリーナがキスされて恋に落ちてしまったり、特に2幕で、ペトルーチオが覆面の男達にカタリーナを襲わせりしていて(賊に襲わせるあたりも『薔薇』的に既視感があるといえばはあるんですが。カタリーナはスカートを剥ぎ取られて性暴力が示唆されていますし)、改変していても、元の『じゃじゃ馬』の嫌なエッセンスが残っているというか、むしろ原作より酷い気すらするんですよ。カタリーナも後から企みに気づいて賊を蹴飛ばしたりしていましたし、ペトルーチオはとても後悔していたのですが(そう感じられる振付と踊り・演技は素晴らしいです)、その後のカタリーナとペトルーチオの情感を盛り上げるためにこのエピソードが置かれた印象になりましたし、後悔しているからと許して愛を確認する図式はやはりDV的に思えてしまいます。カタリーナの変化は、人間関係的にも性的にも心を開いたからということなのでしょうが、この流れで彼女が愛や性を受け入れる展開はやはりどうかなーと考えてしまいます。
マイヨーは「ペトルーチオは持参金でなくカタリーナ自身を求めていた」「カタリーナは弱いからでなく、ペトルーチオの中に自分と同じものを認めて、彼の要求を受け入れている」とも解説していて、そのように解釈し直した(改変した)ようなんですが、原作の問題点を回避しようとして、却って、支配や暴力を愛だと読む古い捉え方、『じゃじゃ馬』の従来的な解釈をなぞることになってしまった気もします。
マイヨーが『眠りの森の美女』を大きく改変した『ラ・ベル(La Belle)』でも性暴力が描かれているのですが、『ラ・ベル』の方は暴力が暴力として切り分けられ、その傷つきと回復がもっと繊細に示されていたように思いますし、『眠りの森の美女』の読み替えとしても斬新で面白く感じました。ベル(=姫)と王子の立場が逆転するように見えたりもしました。一方、マイヨー版『夏の夜の夢』の『ル・ソンジュ(Le Songe)』は他の版以上にかなり原作に忠実。ですが振付や衣装が現代的で、バランシンやアシュトンとは全然違う面白さを感じます。『じゃじゃ馬』はこの中間、または『Le Songe』寄りかと思うのですが、それぞれのシーンは素敵なのに一寸辛くも感じてしまいました。
今回はなんだか微妙な感想だし短めだし、せっかくなので次あたりで『ル・ソンジュ』(+『ラ・ベル』)の感想記事を書ければと思います。
最後に『じゃじゃ馬』の最初の曲“A spin through Moscow”が、ベルリン国立バレエのフラッシュモブで使われていたのを思い出したのでリンクします。自己満足ですが、少しでも楽しく終われれば〜。この動画、ダンサー達はもちろん、見ている人が楽しそうなのが伝わってきて好きなんですよね。当時芸術監督だったマラーホフがニコニコしながら最後に中央で踊っているのも素敵です。
Flashmob Central Station Berlin | Staatsballett Berlin | Giorgio Madia - YouTube
キャスト等の情報は以下のリンクにあります。放送情報は消えてしまうかもしれないので、引用もしています。
振付:ジャン・クリストフ・マイヨー
音楽:ドミートリ・ショスタコーヴィチ
<出 演>
カタリーナ(勝気な長女):エカテリーナ・ペティナ
ペトルーチオ(カタリーナの求婚者):マテイユ・ウルバ
ビアンカ(カタリーナの妹):カトリン・シュラーダー
ルーセンシオ(良家のお坊ちゃん):アン・ジェヨン
家政婦:エイプリル・ボール
寡婦:アンナ・ブラックウェル
キザな紳士:シモーネ・トリブーナ
バプティスタ(姉妹の父):クリスティアン・ツヴォルジャンスキ
グルミオ(ペトルーチオの従者):アダム・リースト ほか
指揮:イゴール・ドロノフ
収録:2020年7月23・25日 グリマルディ・フォーラム(モナコ)