『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

シェイクスピアズ・グローブ『夏の夜の夢』感想

※かなりネタバレしています。

 

 

twitterでの推し情報もあり(ありがたいですね)、公式の画像もこれなので、何より注目は野性的なオーベロンと可愛いパックでしたが、ワイルドなのはオーベロンだけではなく、妖精達が『もののけ姫』な感じで、タイテーニアもかなり激しいキャラになっていました(小田島版の翻訳を引こうと思うので役名は翻訳版準拠で書いていますが、発音はタイターニアに近い感じでしたね)。(Dominic Dromgoole演出)

 

現在も有料オンデマンドで以下から見られます。

globeplayer.tv

 

シェイクスピアズ・グローブは、パンフレットも公開していまして、チラ見しただけなんで理解は怪しいのですが、妖精を、闇の領域のもの、マクベスの魔女や亡霊と近いものと捉える説が載っています。また、『夏の夜の夢』がかなりセクシュアルな話であるとか、パック(=ロビン・グッドフェロー)のかつての絵は、サティロスのような性的に露骨なものだったのが、現在見慣れている妖精画に置き換わったみたいな解説もありました。この演出でそうだということではなく解説の感じでしたが、こんな解説があるということはその元々の妖精を意識した造形や衣装かなと思います。

https://cdn.shakespearesglobe.com/uploads/2020/06/AMSND-Programme-for-digital-release-2.pdf

 

オーベロンとシーシュース、タイテーニアとヒポリタが一人二役です。最初だけ(顔が見えない形で別の演者が扮した)オーベロンとタイテーニアが、それぞれヒポリタとシーシュースに寄り添う形で始まり、その後の喧嘩の原因(ヒポリタやシーシュースに浮気しただろうという台詞)を暗示します。そしてシーシュースとヒポリタ達アマゾン族の闘いが演じられ、ヒポリタが敗れてシーシュースのものになったことが示されてから、ヒポリタとの結婚を控えたシーシュースの冒頭の台詞が始まります。ヒポリタは結婚に不服で、シーシュースがハーミアに親の言いつけに従って結婚するように言う箇所も、シーシュースの力と横暴さが強調される形になっており、ヒポリタはハーミアを応援するように彼女の額に十字(多分アマゾン族の印)を描く仕草をします。パンフレットにアマゾン族の解説もありましたし、12巻54話で引いた文献で言われていた女性の抑圧なり父系と母系の相克的な解釈が入った演出になっていると思います。

 

baraoushakes.hatenablog.com

 

オーベロンとタイテーニアの喧嘩もかなり激しいのですが、ここも面白かったのは、タイテーニアがオーベロンにも腹を立てつつ自分たちの喧嘩で季節がおかしくなったこともすごく怒っていることでした。女王の責任感のようなものが見えて、この辺の台詞、確かにそう解釈できると思えます。

 

一方、ハーミアとライサンダーは、過剰にロマンティックなバカップル(死語?)で、ロミジュリパロディという印象が強くなりました。

 

職人達は大抵どれでも安定の面白さですが、ボトムがイケオジに振る舞うのも私には新鮮でした。この版では、職人達のまとめ役的なピーター・クィンスの方がわたわた落ち着きがなくて、ボトムの方が年上にも見えたし、これまで観たものとは逆のイメージです。

 

パックはこの世ならざる者感なのか、ヘンな感じだし可愛いし。また、最初から邪に見ているせいでしょうが、“I jest to Oberon and make him smile ,  When……”と嬉しそうに言っているように聞こえます。小田島版では「おれはオーベロンの道化役、笑わせるのが商売なり」の箇所なのですが、受ける印象がかなり違います。シェイクスピア時代の英語はもしかしたら意味が違うのかもしれませんが、“ここsmileなのか!いたずらはオーベロンに微笑んでほしくてやっているのか”、と、きゅんとしてしまいます(←おかしいよ)。

 

オーベロンも、パックを抱き上げたりキスしたり大変に愛でています。この辺は勢いのようにも見えるんですが、12巻54話で使われたであろう箇所で、パックが怯えたように下の台詞を言うと、猛々しいオーベロンがここではなだめるように静かに次の台詞を語り、すっと額をくっつけます。これは……ずるい。(パンフレットを見た後で考えると、この辺のパックの不安も妖精と幽霊との近さを示したものかもしれません。)

 

パック 暁の女神オーロラの先ぶれが……近づいてくると、そこここにさまよう幽霊どもが群れをなして墓場に帰ります。(中略)

オーベロン だがおれたちは彼らとはまったく別の精霊だ。おれは……大海原の暗緑の潮を……光で、金色に変えていくのを眺めたものだ、この目で。

 

シーシュースとヒポリタの関係は、不穏な結末ではなく結婚式までには改善します。狩りのシーンの前半では、ヒポリタがシーシュースを弓で転ばせたりして険悪なんですが、ハーミア達の結婚をシーシュースが認めたことや、何より職人達への彼の思いやりで見直した感じだろうと思います。力を誇示するシーシュースには心を許さなかったヒポリタが、情の深い面に触れて気持ちが動くという解釈でしょうか。職人達のばかばかしくダメな芝居に茶々を入れながら観るシーンは、この版ではシーシュースもヒポリタももう何とか最後まで芝居をできるようサポートする形でした。(犬のことも大騒ぎになります。“なぜ犬??”と思ったら、月の役が“犬を抱える”って台詞にあったんですね。)他の版以上に酷い芝居で(笑)、むしろシーシュース達観る側の協力が健気。この辺で2人のわだかまりも溶けた感じがあり、この作りはうまいと思いました。期間中にまた観ちゃうかもと思うぐらいの面白さでした。

 

(『夏の夜の夢』の翻訳は小田島雄志訳・白水社版から引用しています。)