『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

ストラトフォード・フェスティバル『夏の夜の夢』感想

ピーター・パシック(Peter Pasyk)演出、ストラトフォード・フェスティバルによる有料配信です。後1回、カナダ時間12月4日14:00=日本時間12月5日4:00amから24時間配信があります(1800円弱)。

 

www.stratfordfestival.ca

 

演者8人という少人数でボトム以外は2役以上、しかも演者がパーカッションなどでの音楽・音響演奏も受けもつ小劇場的な雰囲気です。楽器のいくつかはアート作品のような素敵なフォルムで、それもちゃんと映してくれています。90分ぐらいの短めの上演です。これもコロナの影響というか、感染予防対策の面もあるようなのですがそこが演出的にも面白い形になっていました。(上のサイトに掲載されている演出のパシックが話した動画や、記事の一番下にリンクした動画によると、しばらくZoomで練習してから対面にしたそうです。)

 

オーベロン/シーシュースとタイターニア/ヒポリタの一人二役は定番ですが、この版の特徴はアテネの恋人達役と職人達を重ねていることですね。オーベロン達については話の重なりも意識させ、演じ方は少し変わっても同じ演者が連続的に演じている感じで、恋人達と職人達は別のキャラクターとして演者の違う魅力が出ていたのもよかったです。パック以外の妖精役も人形を使ってこの演者達が演っています。上のサイトにはキャスト表も載っており、プログラムも公開されています。

 

また、わずかといえばわずかな箇所ですが、オーベロンがタイターニアに花の滴で魔法をかけるところの解釈・演出が新鮮で、個人的にはそこが一番楽しめました。

 

Trailerはこちら。

www.youtube.com

 

道化的・マジシャン的パックが悪夢から目覚め観客に気づいて芝居を観にきたの?〔休演は〕長かったね」と言って始まります。上記プログラムによると『夏の夜の夢』はシェイクスピアの時代の劇場封鎖が解かれた後に上演された作品だそうで、ストラトフォード・フェスティバルでの上演再開と掛けられた始まりなのでしょう。私なんかは配信のおかげで観ることができていますが、配信でも、無観客より観客がいる方がやっぱりいいなと思います。

 

パックは「シングルなの? 自分も長くシングル」と独身のことかと思わせて、ワクチン接種が1回か2回か(Are you double, double-vaxxed?)という話で軽口を叩きつつ(←違っていたらごめんなさい)、マジックボックスから上着を取り出し、禿げた男性の扮装になったと思ったら、それがイージアス(ハーミアの父)で、ハーミアとライサンダーの結婚を許さないと訴えて本編の始まりです。

 

最後がパックの締めなので、全てがパックのマジックだったり、その仕掛けで動かされているようにも見えます。また、このキャスト達の中では、誰ともカップルにならないパック/イージアスが、結婚を寿ぐような芝居でシングルだと言うのもよいと思いましたが、これは考えすぎでしょうか(単にワクチンの話かなー)? 少人数なので他のキャストはカップルになったり情事があったりするんです。逆に原作は、職人・妖精色々登場するなと改めて思いました。

 

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“So doth the woodbine the sweet honeysuckle. Gently entwist; the female ivy so.” 

A Midsummer Night's Dream 

 

アテネの恋人達については、ライサンダーは逞しくも優しげ、ディミートリアスは少し神経質そうという想定範囲内。ハーミアとヘレナは、多分10人中9人以上がハーミアが可愛いと思うだろう作りで、ヘレナはメガネで短髪、ボーイッシュでこだわりがありそうな雰囲気。職人達のシーンではヘレナ役のAmaka Umehが、フルート=シスビー役で、勿論滑稽ではあるもののそう作れば美人さんにも思えるんで、敢えての作りか素に近い感じにしているんだろうと思います。で、Umehが黒人、ハーミアのEva Footeが白人なんですが、そんなハーミアが悪気なく“Fair(=美人、色の白い) Helena”とか言うことになる訳です。あまり自己中にも見えず優しい感じのこちらのハーミアは、良い娘であるものの、おっとり気づかず火種になることを言いそうにも思えます。Footeの持ち味なのか演技なのか、甘い女性っぽい話し方でもあるので、後からヘレナに“Puppet”と罵られちゃうのがわかる感じでもあります。ヘレナの方はディミートリアスには積極的で自信家で、セクシュアルにも迫ります。嫌がっている相手にそれはだめだろうと思うほどの迫り方で、ディミートリアスの袖が片方破れたりもして、この辺が上手く行かなくなった原因かもと思いました。

 

ハーミア役のFooteは、職人ではスナッグ=ライオン役を演じ、そこではぽーっと頼りなさげに“覚えられないから台詞を早めに渡してね”と言い(で、“台詞はないから大丈夫”と返される)、そんなスナッグが一生懸命ライオンを演るので可愛くて最高です。ディミートリアスで一寸高飛車にも見えるJonathan Masonが、職人達のまとめ役のクインスの時は、一癖も二癖もあるメンバー達をそつなくおだてていたり、ライサンダーのMicah Woodsがスナウト=壁役の時はなぜか乙女入ったように見えたりしたのも面白かったです。『夏の夜の夢』を昨年から何度も観たので、ひとまとまりの職人達ぐらいの意識から私の方も進化したと思います。

 

ボトムは『コリオレイナス』の主役だったAndré Sills! 多少とも渋くてかっこいいボトムなのかと思いきや、ううん、“ああボトムだなー”と思いました(←何の説明にもなっていません)。ロバの耳だけのコスは、ナショナル・シアター版(以下、NT)と似ていますね。

 

baraoushakes.hatenablog.com

 

こちらのシーシュースは、ヒポリタを愛し気を遣っているように見え、“確かにはじめは力づくだったけど”とやや気弱そうに言いますが免責はされないようで(←今日的にはそうでしょう)、ヒポリタの方は結婚に不本意で不機嫌なままです。この2人がパックのマジック=魔法で、喧嘩中のオーベロンとタイターニアに変わります。取り替え子のことよりは、それぞれがシーシュースとヒポリタへの懸想で怒っている感じでした。

 

この作品も昨年観た『夏の夜の夢』と同様、原作に指摘される男性支配的な色合いを反転させる作りになっていました。NTのニコラス・ハイトナー版は、オーベロンとタイターニアを逆転させた演出でしたが、役も台詞もほぼそのままなのに(台詞カットと、わずかの入換があった気はしますが)それができてしまうんだなと思いました。タイターニアにかける魔法については(今のところは内容は書きませんが)、オーベロンよりタイターニアやパックがうわてな感じ。パックを女性のTrish Lindströmが演じたのも、オーベロンの勝利にならない演出に沿う気がします。

 

baraoushakes.hatenablog.com

 

恋人達を眠らせるシーンではパックが大きなシーツをかけ、翌朝、イージアスが彼らを発見する時にシーツを剥がす形になっていて、この配役だとマジックの前後のようです。

 

タイターニアとボトムのシーンや、恋人達がシーツから出てくるところとか、最後のパックの口上場面は、笑えるんですがかなりセクシュアルです。通常以上にセクシュアルな表現がされていることは、下の動画でも言われていました(47分辺りから。で、演出ネタバレも一寸語られています)。Lindströmは、その指摘の時にはガッツポーズで喜びつつ、セクシュアルな表現自体が目的ではなく、よく知られたシェイクスピア作品について伝統的解釈とは異なる様々な面を見せる挑戦だと語っています。ただ、このViewing Partyの動画は作品や演出についての情報は少なめな気がして、Sillsも『コリオレイナス』のVPの時の方が役の解釈などを語ってくれていたなと思いました。

 

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