『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

ナショナル・シアター『間違いの喜劇』感想

ドミニク・クック演出、2011年上演。

 

引き続きNTatHomeの配信作品です。

National Theatre at Home

 

『間違いの喜劇』はこれまで観たことがなくて、これが初鑑賞でした。

 

かなりおしゃれな作りで、セットもとても凝っているんですが、基本的にはとにかく楽しく観られるドタバタコメディです。以前、菅野文先生が読者サービスでのインスタライブで、シェイクスピア作品には吉本新喜劇的な感じもあるとお話しされたのを思い出したりしました。

 

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“I'll hang on your sleeve: you're an elm tree, my husband, and I'm a vine.” The Comedy of Errors

 

生き別れになった双子のアンティフォラス兄弟(レニー・ヘンリー、クリス・ジャーマン)が何度も取り違えられる話で、しかも兄弟に仕える従者ドローミオ兄弟(ルシアン・ムサマティ、ダニエル・ポイザー)も同じ時に生き別れになった双子なので取り違えが倍増。混乱度合いも半端ありません。Trailerでわかるように、現代化された演出になっていて、2組の双子兄弟役をとても似せています。Trailerを観ると“そっくり”って思いませんか? 兄弟の2人目の初めての登場時は“あれ?元の方?”と思うほどですが、次からはどちらかわかるこの絶妙さが素晴らしいです。

 

www.ntathome.com

 

また、最近のシェイクスピア作品上演では演者の人数を少なくして1人複数役にするものが多い気がしますが、こちらは、むしろ名前がない、または原作には登場しないと思われる脇役の人達がかなりいい仕事をしています。取り違えで色々起こる場面で、周囲の反応を面白く見せていて、これで更に喜劇色が高まるんだなと思いました。皆で転けたりはしないですしもっと自然なリアクションですが、こういう周囲の反応もやや吉本みを感じます。芝居の濃さで吉本みを感じたのは、エフェサスのアンティフォラスの妻エイドリアーナ(クローディー・ブレイクリー)とその妹ルシアーナ(ミシェル・テリー)や商人アンジェロでした。

 

この姉妹の芝居が濃い目だと、夫を心配する健気な妻、貞淑そうなその妹という感じにならず、性格的にも積極性や強さが出ますし、彼女達が騒動に巻き込まれただけでなく、彼女達自身が間違いを生み出していくニュアンスが強くなる気がします。また、“妻は夫に従順でないと”みたいに言うルシアーナは、“だから自分は結婚しない”のが本音のよう(加えて義兄が好きなのでしょう)。

 

この公演のクリップ公開場面は、ルシアーナと義兄と思われているアンティフォラスの場面です。ルシアーナがアンティフォラスのことを好きなんだなーと思え、アンティフォラスが彼女を女神のようと讃えつつ「美しいお嬢さん、私はそう呼ぶしか名前を知らない」なんて言うのでがっかりしたり、姉を裏切って自分に言い寄る(←誤解ですが)彼に怒ったり、とルシアーナが表情豊かで結構強くて素敵です。また、エイドリアーナは、夫の浮気を許せとも許すなとも助言され、姉妹が強くてわちゃわちゃしているとその辺も面白く見られます。少し『じゃじゃ馬ならし』にも似た感じの“あるべき妻”が語られながらも、妻に対していかにいいかげんで理不尽な要求がされるかをシェイクスピアは描いていたんだなと思いました。

 

  

直前に観た『ジュリアス・シーザー』では、演出や読み替えの素晴らしさとともに、それができる原作が凄いと感動したんですが、『間違いの喜劇』については観終わるまで“こんな内容をよくここまでハイクオリティに仕上げたな”みたいに思っていました(←またもや失礼で偉そう……)。

 

双子の取り違えなので、この後に書かれた『十二夜』とも似ていますが、『間違えの喜劇』は取り違えコメディがずっと続く感じ。やはりよく上演される『十二夜』の方が戯曲としては恋愛や失恋話と絡めた味わいがあるような気はしてしまいました。ただ、最終場面になって一気に『冬物語』とか『テンペスト』的なロマンス劇風な雰囲気になり、そしてそれがとても心地よく感じられました。原作をざっくり読んだだけでは、むしろ無理矢理うまく収めた感じで特に感動しなかったのに、こんなに盛り上がるのか!とも思いました。

 

演出の力なのか、元の戯曲が持つテイストがうまく引き出されたのかどちらだろうと思っていたら、レビューによると、これはこの戯曲の特性で(私は読んだ時には全く判りませんでしたが大前提みたいです)、この終幕をうまく作るのがどうも肝のようです。私個人は、アンティフォラス兄弟の父の最初の語りの場面がファンタジックに作られているのが、終幕のロマンス劇風な雰囲気と呼応していいなと思いましたが、レビューでは終幕は元の戯曲の特性を生かせたが最初がやりすぎとか、現代の設定がイマイチみたいに書かれてしまっていますね……。

 

www.theguardian.com

 

artsfuse.org

 

www.independent.co.uk

 

そしてドタバタコメディーとだけ思っていたのですが、下の動画で演出意図などを聞くと、移民が家族と離れて別の土地に行く、その際の(自分が何者なのかということも含む)心理状態や家族との再会の話と絡めてこの物語が捉えられていて、そういう深みを全く私が理解していなかったんだなと痛感しました。これを主に語っているのは、クックではなく、主役のヘンリーで、アフリカ移民がロンドンに行くようなものという彼の語りを聞いて初めて、アンティフォラス兄弟一家とグルーミオ兄弟が黒人キャスト、それ以外の主要キャストが白人になっていたことに気づきました。

 


www.youtube.com

 

レビューではやや冷たい評価のようですが、(そして私はこの仕掛けに気づかずに観ていたものの)現代設定のこの辺のニュアンスがやはり最後の場面の家族の再会の感動につながったんじゃないかな、という気もします。