『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

KURITA×KIMURA SHAKESPEARE、『リア王~スマホVSリア王~』感想

KURITA×KIMURA SHAKESPEARE Vol.0、栗田芳宏主演・木村龍之介演出『リア王スマホVSリア王~』。11月27日まで上演、12月25日まで配信中です。

 

配信チケットは以下から購入できます。

http://ptix.at/v6IWyw

 

これは栗田芳宏さんのリア王がいい!

 

配信やTV放送を観ることが多かったこともあり、栗田さんを観たのは初めてで、以下のリンクの企画や対談を読んでレジェンドのような方なのだと知りました。語る台詞に美しさを感じると共に“そうか、そうか”と納得もさせられ、栗田さんがズシンとした重心となって作品を支えているように思いました。

 

readyfor.jp

prtimes.jp

 

あの、なので、演出の木村龍之介さんの企図に対しては申し訳ないながら、これはあまり捻らない形で観たかったと思ってしまいました。観てみると、必ずしも内実として捻っていたり、通常と異なる解釈になっていたりした訳ではないと思います。ですが、そのために逆に、様々な工夫が中身からは浮いた感じなったように私には見えました。もちろん、私が意味を取りそこねているだけかもしれませんけれど。

 

スマホで投票ができたり(話の選択肢があって投票できる)、チャットができたり、撮影OKタイムが設定されていたりするのは確かに楽しそうでしたが、栗田さん主演の『リア王』でやらなくても……とも感じます。多少でも選択で話が変わるなら喜劇の方が盛り上がりそうですし、SNSやソーシャル・メディア系については、ローマ史劇でのヴァン・ホーヴェやルパージュの方が内容まで切り込んでいるように思います。グロスター伯が騙されるあたりは内容的にSNSでの誤解と絡みそうでありつつ、グロスター伯とエドガーがその前日に対面で2時間話していたり、リア王親子は対面でも誤解が起きたことからしても、SNSの問題にはならなそう。LINEでのやりとりの直後に“剣をもっていて下さい”という台詞になるのもやはり違和感が残ります。サブタイトルの「スマホVSリア王」で言うなら、私の中では完全にリア王に軍配が上がったというところです。

 

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演者に関しては、柳本瑠音さんのコーディリアと横山敬さんのケント伯も印象的でした。岩崎MARK雄大さんの道化のキャラも演出的に面白かったです。

 

柳本さんのコーディリアは、最近の強い系コーディリアと従来の控えめなよい娘系がほどよい配分で入った感じで(トレンドとは関係なくストレートに演じた結果かもしれませんがバランス的にいいなと思いました)、また姉2人に比べて素朴な印象だったのもなるほどと思いました。横山さんのケントは、原作イメージ通りのケント!と思いました。いや、原作イメージが元々私の中にあった訳ではなく、横山さんのケントを見て、姿を変えてリア王を見守ったり、オズワルドに食ってかかったりの戯曲の行動がうまく了解できた感じですね。忠臣でありつつも、いたずら心ややんちゃなところもあり、まだ老いてはいないケントだと思いました。道化のことは画像を挟んで演出と絡めて少し書きます。

 

そこまでのネタバレではないと思いますが、演出の話が入るので画像を挟みます。

 

Photo by Martin Sanchez on Unsplash

 

精神科病棟の設定で、病院の待合室に見える舞台装置です。演者の半分くらいは役の出番までは患者としてひっそり座っている風だったり、半分くらいは医者の白衣を着て出てきたりします。リア王がパジャマにガウンという衣装なので、最初の方では、この話自体が彼の幻覚・幻想で、患者達や医療スタッフ達がそれぞれの役に見えているのかもしれないという想像も広がります。

 

姉娘ゴネリルとリーガンやその夫達は患者、コーディリアは医療スタッフかヤングケアラーのように見え(後半は白衣だったので医療者かも)、フランス王がTシャツとジャージでやはり病院のOT系スタッフか介護系職員かなという雰囲気で始まりました。

 

ただ、上でも書いたように演じられる内容自体は割合ストレートな『リア王』なので、以降はこの設定が『リア王』世界とは絡まないように思えます。出番でない時は患者のようであっても、登場時はゴネリルならゴネリル以外の何者でもないように思えるのです。道化が、赤い鼻をつけ英語を喋る医師にされていたのは、患者に関わろうとはしていても伝わらない言葉で喋ってしまう医師のようで面白いと思いましたが、内容と絡むのはここぐらいかなという印象です。他にグロスター公の目を抉るシーンが「手術」とされたりもしましたが、ここはよい絡め方には思えません。

 

スコットランド・ナショナルシアターのゴールドバーグ演出『マクベス』(佐々木蔵之介さんの一人芝居)が、やはり精神科設定で、常に患者と『マクベス』の二重の世界の行き来を感じさせたのとは違うんですよね。あるいは、劇中劇構造ははっきりしていても、女性受刑者が演じる設定で彼女達の状況と演目内容を重ねたロイド演出の『シェイクスピア・トリロジー』の雰囲気とも違います。

 

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栗田さんはじめ、比較的戯曲に忠実に思える作りはむしろよかったと思えたので、病院の設定との関連が見えにくくなり、内容からは浮いて見えてしまいました。

 

また、ニナ・ハーゲンの『カラーフィルムを忘れたのね』が使われていて、これは“社会主義批判?→権威主義批判?”と想像させるようなかなり意味を帯びている曲だと思います。ここも私の意味の取り損ねかもしれませんが、内容に絡むとすればわかりにくく、そうでないとすればやはり過剰さを感じてしまいました。