『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

マシュー・ボーン(New Adventures)『ロミオとジュリエット』感想

配信されたマシュー・ボーンの『ロミオとジュリエット』を観ました。ボーン作品の、通常版からの引用とずらし的なところがとても好きなので、この作品も興味深く観ました。

 

trailerです。


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管理施設の『ロミオとジュリエット

原作とはかなり違っており、最も異なっているのが家同士の敵対関係という背景がないことで、ロミオとジュリエットが抑圧され恋愛が許されない施設内にいる設定にされています。近未来設定というものの、施設の抑圧状況が酷いのでむしろ前時代的な『カッコーの巣の上で』のような雰囲気もあります。

 

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ボーンやダンサーへのインタビューをNew Adventuresが公開しており、ボーン自身はプロコフィエフ作品では『シンデレラ』がとても上手くいったしロミジュリは既に多くの作品があるので、もともとはあまり食指が動かなかったと語っています。振付家アリエル・スミスやダンサーなど若い人達たちと一緒に作品を作ろうとしたのが制作のきっかけとなったとのことでした。ストーリーを変えたのも、ボーン独自の解釈以上に、若いダンサーを中心にするためという理由が大きかったようで、現場で意見交換しながら作っていき、何らかの施設、しかも男子と女子を分ける施設設定になったようです。

 

Matthew Bourne's Romeo and Juliet Q&A - YouTube

 

両家の対立背景が消されると、原作ロミジュリよりはプロコフィエフの音楽とバレエ版のメインシーンを使った別物翻案のようにも思えましたが、ロミジュリについて抑圧された若者という解釈もそれなりにあるかもしれないと考え直しました。バレエのマツ・エク版はそれが顕著で、ナショナル・シアター(ゴドウィン演出)版にもそういう解釈が少し入っていた気もします。未見のシェイクスピアズ・グローブ版も若者のメンタル・ヘルスの危機を描いていたそうですし(下記事はその演出に批判的ですが)、ミュージカル版ロミジュリの「世界の王」の歌詞「大人の力に負けたりしない」にもそんなニュアンスがありそうです。ボーン版はそこだけを焦点化したと言えるのかもしれません。

 

フィンランド国立バレエ『夏の夜の夢』『ロミオとジュリエット』他感想

 

Romeo & Juliet, Shakespeare's Globe, review: Polished performances can't save this crude take on mental health

 

ロミオとジュリエットの部分的入れ替え

キャラクター的にはロミオが原作や他版より繊細です。ジュリエットは原作でも積極的で行動的な女性だと思うものの、やはり上のインタビューでは彼女を強くしたとされています。

 

通常はジュリエットが登場するジュリエットのテーマでロミオが登場するなど、敢えて入れ替えている部分があると思います。ヌレエフ版では登場シーンでジュリエットが友人達と戯れる箇所があった気がしますが、ボーン版では施設に入ってきたロミオが男子達(マーキューシオ、ベンヴォーリオ、バルサザーかな?)にいじめられます。ロミオは服を剥ぎ取られ、下着は着けているものの股間を隠す仕草をし、ここはマクミラン版でジュリエットが自分の乳房に手を当てるのと対照的になっているのかもしれないと思いました。

 

後半では、通常版ジュリエットが親からパリスとの結婚を強いられる場面でこちらのロミオは無理矢理施設退所させられそうになります。ロミオの追放シーンとジュリエット結婚無理強いシーンが掛けられているのでしょう。また、ロミオの寝室に行くのはジュリエットで、ジュリエットが毒薬を飲む場面の音楽でロミオが施設で飲まされた薬の副作用に苦しむという反転もあります。この場面はアカシジアを思わせる(薬の副作用で落ち着いて座っていられない)ような振付なのが結構エグい気がしました。

 

バルコニー・パ・ド・ドゥ

オリジナル色が強いのに、バルコニー・パ・ド・ドゥは意外なほど従来版の雰囲気に近いのですが、走りながらのリフトの多用などマクミラン版やヌレエフ版へのオマージュを感じさせつつ、走ってくるロミオをジュリエットが抱きとめるようなところもあり部分的な入れ替えがここにもありそうに思います。ヌレエフ版はマクミラン版以上にロミオとジュリエットに同じ動きがあり、ボーン版はその点がヌレエフ版に近い印象です。横道ですが、原作の台詞を踏襲していると思われるのがヌレエフ版ですよね(他の箇所でもそれを感じて、ロシア出身のヌレエフの方が原作寄りなのが面白いです)。ヌレエフ版はロミオへの想いを語るジュリエットを驚かせるようにロミオが話しかける流れになっていたり、月に誓おうとするロミオをジュリエットが止めて自分に誓ってと言ったりしています。

 


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その他の人物

神父ロレンス役は、施設内カウンセラーをしていそうな女性牧師になっており乳母も重ねられている気がします。施設内では彼女だけが頼れる存在です。ティボルトが施設管理側というのが一番原作と異なる設定に思えますが、彼は入所者を暴力的に扱いジュリエットを性的に蹂躙していて反発されることになり、加えて原作ジュリエットが寝室で「あ、そこに、ティボルトの亡霊が!」と怯える箇所がすごく効くことになります。

 

マーキューシオは明確にゲイ設定にされています。ダンス・パーティーではキルト衣装を身につけており、『ラ・シルフィード』かボーン版シルフィードの『Highland Fling』っぽくも見えつつ、男性のいわゆる正装から外れているところに、セクシュアル・アイデンティティを含む彼の矜恃や反抗心を感じます。

 

Highland FlingのTrailer

Scottish Ballet: Highland Fling - Trailer 2018 - YouTube

 

ずらし方の面白さ

ボーン作品は音楽が全く違って聴こえると思っていたら、上のインタビューの中で、オーケストレーションをアレンジしていて、17人程度の編成で演奏していることが語られていました。フィガロの記事でもこれまでの作品も編曲されていたことが書かれていました。今回もボーンの他作品と同様、通常よりメリハリがつき軽快で早くなり、ポップな雰囲気にもなっています。

 

舞踏会の有名な「騎士達の踊り」シーンは、通常、壮麗でありつつ重苦しさや緊張感を感じる踊りになることが多いですが(そして目茶苦茶かっこいいんですが!)、意味を逆転させるかのように、監視者達を締め出して若者達が欲望むき出しでエロティックに踊るシーンになっていました。そうすると音楽が“こんな風に聴こえるのか”とイメージが一新されます。ボーンのこういう音楽使いは魅力的です。

 

ストーリー変換によって踊り手が変わるずらしもあります。ティボルトが殺された後に通常はキャピュレット夫人が嘆き悲しむシーンは(ヌレエフ版ではジュリエットが踊りますが)、ティボルト殺害に関与したジュリエットが苦しむ場面にされています。

 

バルコニー・パ・ド・ドゥが従来版に近かったのに対し、寝室のパ・ド・ドゥは捻ってあります。その後の最終部の展開は書きませんが、寝室パ・ド・ドゥのずらし方がやはり素敵だったので、その点についてあと少しだけ画像を挟んで書きますね。寝室パ・ド・ドゥについてもネタバレを避けたい方はここまでとして下さい。

 

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Photo by Denny Müller on Unsplash

 

ボーン版では、通常の寝室のパ・ド・ドゥのところが2人のパ・ド・ドゥにならずにそれぞれの部屋のベッドで会いたい思いを募らせ、2人の夢想のように影のようなカップル達が踊るシーンになっています(カップル達の踊りが寝室パ・ド・ドゥっぽい)。観客も焦らされ、それがロミオとジュリエットが互いに会えない感情と重なるというエモーショナルな展開です。そして矢も盾もたまらなくなったジュリエットがロミオの部屋を訪れ、そこから再び寝室パ・ド・ドゥ前半の曲(雲雀の囀りのイメージがありそうな最初の曲)を使って2人が愛を交わす流れになっています。通常版の寝室パ・ド・ドゥは、原作通り一夜を共にした2人が別れを惜しむシーンですが、場面的にも音楽的にも順序が逆になっています。

 

寝室場面の前半の曲が以下。そこから開始になるようにしてみましたが、1:27くらいからの箇所です。

Prokofiev: Romeo and Juliet, Op. 64 - Act 3 - Introduction - Romeo and Juliet - YouTube

 

(※『ロミオとジュリエット小田島雄志訳・白水社版から引用しました。)