『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

王妃と薔薇の騎士 2巻 Ep:5 “エレノアの野心”について

(※ネタバレになっていますので、ご了解の上お進みください。)
 

2巻も面白かったですね! 2巻でも『ヘンリー6世』(第2部)(以下、HⅥ(2))と史料とのミックスがあったでしょうし、『薔薇王』本編を覆すような展開も堪能しました。でも、Ep.5からEp.6の中盤についてはHⅥからの以下の変更点がとても演出的に思えて、そこが個人的には一番のツボでした。毎回似たようなことを書いている気もしますが、HⅥの演出としてもこういう作り方ができるかもしれないな、と思えて発見的です。更にここからEp.6でHⅥから引用されたエレノアの台詞が原作以上の意味をもつものにされていて、またしても菅野先生さすがと思いました(こちらについてはEp.6感想記事で書きます)。

 

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“エレノアの野心“について

Ep.4の感想記事で触れたように、HⅥ(のストレートな解釈)では、グロスター公は本当に何も知らないまま、野心を持ったエレノアが、サフォーク達の計略に乗って呪術に加担します。エレノアが捕えられた知らせを聞いたグロスターは驚いてエレノアに恥辱を与えてよいと言ってはいるものの、処分を言い渡された彼女を哀れみつつそれを受け入れるよう聡し、ヘンリーに命じられて王笏も返上するという展開です。一方、Ep.5では、エレノアの野心のせいのような体裁で、グロスターが言質も取らせないほど巧みに彼女を魔女との会見に赴かせ、彼女が捕えられた後も知らぬ存ぜぬを通して彼女を見捨てる話になっています。

 

baraoushakes.hatenablog.com

 

グロスターとエレノアの最初のやりとりは、HⅥ(2)1幕2場が割合そのまま使われている感じがします。HⅥでもグロスターは、職丈が2つに折れて、サフォークとサマセットの首が(ここは『騎士』と違いますね)それに刺さっている夢を見た話をし、エレノアは、夫と自分が王冠を戴いた夢の話をします。エレノアがそんな夢の話をすることをグロスターが叱責するのもHⅥ通り。ですが、『騎士』グロスターは、「お前が! お前がどうしても夢の真意を知りたいと思うなら」と、自分が約束した魔女との会合に彼女を差し向けています。

 

マーガレットとエレノアの対決について

呪術と予言の箇所はHⅥ(2)では1幕4場。当然と言えば当然かもしれませんが、主人公のマーガレットが関わって話が盛り上がるようにされています。

 

HⅥではサフォークの息のかかったヒューム、呪術師(=『騎士』占星術師)と巫女(魔女)がエレノアのために呪術で予言をし、その現場に踏み込んだヨーク公とバッキンガム公が、その者達を逮捕する流れです。それが、魔女に変装したマーガレットがエレノアを挑発し、エレノアに叛逆の証拠となる言葉を言わせる丁々発止のやりとりの場面にされています。

 

占星術師から「地に伏せ、その身に悪魔を受け入れるのだ」と言われ、〈さあマーガレット、その身の中を、冷酷さと勇信で満たしなさい〉とマーガレットが伏す台詞が、「さあ、死をたくらむ思いにつきそう悪魔たち」「頭のてっぺんから爪先まで残忍な気持ちでみたしておくれ」という、企みのために自分を奮い立たせるマクベス夫人の有名な独白に少し似ている気もします。立場的にも野心的にも、マクベス夫人に近いのはエレノアの方ではありますが。

 

1巻Ep.4の最後は、マーガレットにエレノアが「お顔を見せてくださらない?」と言い、誰の心情を表したものかわからない〈呪いをかけた罪で裁かれるのは――〉〈フランスの魔女 マーガレット…!〉とする余白部の台詞で終了という、とても気になる引きでした。Ep.5になってみたら、エレノアは正体に気づいた訳ではなく単に魔女の顔を見たかっただけで、マーガレット自身がリスクを自覚し危機を感じた台詞だったことがわかります。

 

今話では、魔女がマーガレットであることを知らないヨークと彼の配下が、サフォークより先に魔女を捕えてしまってさあ大変みたいな冷や冷や展開が加わっていました。マーガレットを奪い返そうとするサフォークとヨークが一触即発の雰囲気になりますが、バッキンガムの機転で難を逃れます。「何より今は、公爵夫人の処遇について論じるべき」という台詞もなんとなくHⅥ踏襲の気がします。尤も、HⅥではヨークとバッキンガムが、ツーカー的に捕縛者に対処していくなかで言われる台詞なので、全く違う雰囲気です。

 

危うい目に遭いつつもマーガレットは目論見通りエレノアを捕え、そこからグロスターも追及しようとしますが、グロスターは自身の関与を否定します。

 

グロスター公の釈明について

グロスター お妃様、私は天に誓って陛下と国家を愛しております。妻のことは、事情がよく分かりませんが、いまの知らせを聞いて無念でなりません。妻は高潔な女ですが、万一名誉と美徳を忘れ、その高潔さを泥まみれにけがすような者どもと付き合ったとすれば、私は共に寝ることはおろか同席することさえ禁じ、妻を法と恥辱の餌食にします。名誉あるグロスターの家名を傷つけたのですから。HⅥ(2)2幕1場

 

Ep.5でのグロスターの台詞とほとんど同じですよね。ですが、HⅥのこの場面では、グロスターにエレノアが捕縛されたと知らされただけで、彼はまさに事情がわからないまま、非難するマーガレットに自らの潔白を述べる趣旨のものです。一方、Ep.5では、エレノアの呪術の証拠も、叛意の証人も揃い、エレノア自身が夫のためにやったのだと言った後に語られています。しかも、魔女との会見もグロスターが行かせたものなので、全く印象が異なってきます。

 

加えてHⅥのグロスターはエレノアが公衆の前で罪状を晒して歩かされる際にもその場で別れを惜しみますし、そもそもHⅥではグロスターが善良で、サフォークやマーガレットが敵役的に描かれているので、その点でもこの台詞の印象は違います。

 

とは言うものの、『薔薇騎士』を読んだ後は、上の台詞を『薔薇騎士』に近く保身的に取ることもできるなと思いました。呪術についてはHⅥグロスターは与り知らぬとはいえ、王冠の夢を話すエレノアを、彼は「謀反をくわだて、お前の夫を、いやお前自身をも転落させる気か」と嗜めており、彼女が捕まったと聞いてそのことを思い出しても不思議はありません。「妻は高潔な女」という言葉にも私はよい印象を持っていたのですが、野心を抱く彼女にグロスターは「お里が知れるぞ」とも言っているのに、それとは反対の言葉で彼女を形容し、事態が予測できなかったかのように言い繕っているようにも思えます。

 

グロスターが憔悴し退席を願い出るところもHⅥ通りですが、Ep.5は都合の悪い状況から逃げる感じもあります。別の視点で台詞を見させてくれ、なるほどと考えさせてくれるのも『薔薇騎士』の面白さですね。

 

エレノアの予言について

なるほど、と思ったのはエレノアの台詞についても同様でした。

 

Ep.5でエレノアは、自分を裏切ったグロスターに「王笏に突き刺さっていたのは」「私とあんたの首よ…!」と言っています。これに似たHⅥのエレノアの台詞に、「サフォークが、あなたを憎み、私たちすべてを憎むあの女と一緒になって」「あなたの翼を捕らえようとしている」「死の斧があなたの頭上に振り下ろされる」「それも間もなくでしょう」というのがあります(HⅥ(2)2幕4場)。私はこれを夫を心配した台詞だと思っていて、2人の別れのシーンは愛情深いものに見えていました。

 

でも同じ台詞のなかでエレノアは「夫は王侯で、この国の支配者だ、でも、その支配者は、その偉大な王侯は、この私が、よるべない公爵夫人が」「嘲笑の的になっていても、そばに立っているだけだった」とも言っていたんですよね。自分を見捨てた夫を恨んで、もうすぐあなたも私のような目に遭うと言っているようにも思えます。そういう解釈を明確にして見せてもらった気がしました。

 

愛情のある夫婦という解釈の方は、『薔薇王』本編の8〜9巻でHⅥのこのエピソードが使われた際の、ジョージとイザベル夫妻の方に採用されているんじゃないかなと想像します。

 

王笏の返上について

グロスターは彼自身の関与は否定したものの、マーガレットに命じられ王笏を返上します。HⅥとは敵・味方像や人物像がほぼ逆なので、グロスターに王笏を返上させる場面の印象も逆になります。HⅥでは「お返しいたします」「野心をいだく者がこれを受けとる時のように喜んで。」と、グロスターは権力を狙う者が自分から王笏を奪ったことを当て擦り、今後の紛糾が暗示されます。それに対してEp.5のこの場面自体は、王権が正統な形に戻った明るさがあり、マーガレットとサフォークの表情も晴れやかです。ただ、ヘンリーの複雑な表情やヨークの独白から、やはりこの王権の先き行きに不安があることが示唆されるかのようです。

 

(※HⅥは松岡和子訳・ちくま文庫版から、『マクベス』は小田島雄志訳・白水社版から引用しました。)
 
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