『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

英国ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』(映像4作品)感想

英国ロイヤル・バレエ来日に合わせて、NHKBSプレミアム・シアターで『ロミオとジュリエット』が再放送されたこともあり、映像で観られる4作品を見比べてみた感想記事です。東京遠征は(大阪も姫路も)まだ私にはハードルが高いので、ヤケクソおうち企画のつもりでしたが、結果的にはすごく楽しくて充実した時間になりました。

 

全編を映像で見られるのは、高田茜&平野亮一(NHKオンデマンド 6/28まで)、フランチェスカ・ヘイワード&ウィリアム・ブレイスウェル(映画でこちらは今回と別ペア。amazon prime video他で視聴可)、ヤスミン・ナグディ&マシュー・ボール、アナ・ローズ・オサリヴァン&マルセリーノ・サンベ(Royal Opera House Stream)です。

 

NHKオンデマンド | プレミアムシアター 英国ロイヤル・バレエ「ロメオとジュリエット」

https://www.roh.org.uk/stream

 

この記事では他に金子扶生さんのリハーサル動画をリンクしました。同じ振付なのにダンサーによって違うものだなと改めて思いました。比べて観るとダンサーの細かい工夫もわかって面白いものですね。今まで振付の違いと思って感想を書いたものが、ダンサーの違いによるところだったかもと自信をなくしたりもしますが……。

 

来日での座組はすごくて、ロミオとジュリエットのキャストが毎日違う8組! ナグディ&ボールが平日マチネというのが強気すぎませんか。姫路でのガラ公演での『ロミオとジュリエット』のパ・ド・ドゥのキャストも更に違っています。

 

概要/英国ロイヤル・バレエ団/2023/NBS公演一覧/NBS日本舞台芸術振興会

 

各キャストの魅力は以下にリンクした記事で既に十分書かれているとも言えますが、場面場面での印象を私なりに書きました。(この記事の後、セザール・コラレスが怪我で交代になり、フランチェスカ・ヘイワードのペアはアレクサンダー・キャンベルになっています。)

 

英国ロイヤル・バレエ団2023年日本公演 「ロミオとジュリエット」華麗なる競演 : TOPニュース : NBS News ウェブマガジン

 

4作品概観とジュリエットの印象

高田茜&平野亮一は特に前半で独自性を感じ、新しい見方に気づかせくれました。ヘイワード&ブレイスウェルの映画版は、舞台の映像化ではなくロケーション映画で、そのためかバレエ的にも美しくありつつ時々バレエであることを忘れるくらいリアルで自然な表現になっています(ついでながら映画版ではボールがティボルト、サンベがマーキューシオ)。対照的に、バレエならではの美しさを堪能させてくれ、優しさに溢れた感じなのがナグディ&ボール。オサリヴァン&サンベは感情が豊かで前半は可愛らしく、最後まで情熱的。こちらは後半が発見的でした。

 

それぞれの場面が少しずつ入っています。これいつまで見られるでしょうか……。

movie-a.nhk.or.jp

 

映画版trailer。


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高田茜さんは奥手で内気だったお嬢様がロミオに出会って瞬く間に目覚め成熟する感じで、芯の強さも思わせます。高田さんも、以下リンク記事で、内向的なジュリエットがロミオとの恋愛で解放される役づくりだったと話していて、まさにそう見えました。そうすると舞踏会シーンが4組の中で一番スキャンダラスに見えて劇的になるんですよね。
フランチェスカ・ヘイワードは少女の可憐さと危うさ混みの魅力があって、特にロミオと引き裂かれた後は無謀とも言える選択にひた走る激情を感じます。
ヤスミン・ナグディは、心ばえがよく真っ直ぐな正統派ヒロイン風でそんな彼女が真心を貫いたように思えます。
アナ・ローズ・オサリヴァンは明るく快活で感情が豊かで、それが前半ではジュリエットの積極性・主体性と可愛らしさを感じさせ、また後半の深刻な状況での変化が印象的です。

(日本人だけさん付けになるのはいつもの通りご容赦を。)

 

英国ロイヤル・バレエ団2023年日本公演高田 茜インタビュー : TOPニュース : NBS News ウェブマガジン

 

ロミオ登場シーン

ロミオについては登場シーンの印象と被ってくるので、そこで兼ねます。以下で本当にだらだら場面ごとに比較を書いています。演技等のネタバレ(??)も含みますので、いつも通りお好きなところをかいつまんでご覧下さい。

 

マクミラン版は、ロミオがロザラインに求愛してすげなくされ、彼に気のある娼婦にからかいがてら誘われて踊っているところでティボルト達が来て乱闘という始まりです。シェイクスピアの戯曲ではロミオは乱闘の場にいませんが、ロミオもマーキューシオも騒ぎの中心にいて剣舞があります。

 

平野さんはタッパがあるせいか男っぽいせいかモンタギュー勢の中心やリーダー的に見えて、そうかロミオはモンタギュー家の次期当主なんだなと初めて思いました。戯曲でも論理的にはそうである一方、ロミオは両家の対立からやや距離があるように描かれている気もします。マクミラン版は、大公の仲裁後、モンタギュー卿とキャピュレット卿、ロミオとティボルトが並ぶ形になっていて(ジュリエットが嫁したらキャピュレットの次期当主はティボルトとも考えられる)、これは振付+平野さんの見せ方なのかたまたま見えただけかわかりませんが、ロミオがリーダー的で、ティボルトが彼を敵視する説得力が更に出る気がします。並ぶ画像が下記事にあります。記事の写真では平野さんはティボルトでブレイスウェルがロミオです。

 

The Royal Ballet: Romeo and Juliet review – intoxicating, instinctive and full of new detail | Ballet | The Guardian

 

ブレイスウェルは他ロミオに比べると序盤はノリが軽く若気の至り感が強い気がします。ブレイスウェルの役づくりと共に、映画ではロザリンドに想いを馳せるところや娼婦の方からちょっかいをかけるシーンが抜けているせいもありそうです。映画版は好きな所も多いのですが、まさに好みの点でいわゆる「解釈違い」もそこそこ感じ、『白鳥の湖』でのブレイスウェルの繊細で愁いのあるジークフリート王子役が好きだった私としては少し残念な気もするのでした。ですが、原作でのロミオの心変わりの早さや、マクミラン版で敢えて娼婦と踊るシーンが入っていることを考えればこれは正解なのかもしれません。

 

やや愁い系で誠実寄りのロミオが、映画ではティボルトだったボールでこれも意外でした。きらきら美青年なのは変わらずですが、『赤い薔薇ソースの伝説』以外では少し近寄りがたい印象もあったのが、それはティボルトや『ザ・チェリスト』等での「演技」だったのかもと認識を改めました。ダンサーとしてはもちろん、演者としてもすごかったんですね。ダンスと演技を分けるのはナンセンスかもしれませんが、踊りの情感表現とは異なるまさに演技部分を含めてこう言いたくて。そういう演技要素はガラ公演などでは出てこないでしょうし、下でリンクしたパ・ド・ドゥの抜粋映像でも十分にはわかりにくい気がします。

 

サンベのロミオは、登場時は恋愛に浸るロマンティックな青年風。ストレートな感情表現が前半では時に可愛らしく時に官能的で、後半では観る方を一層感動に引き込みます。オサリヴァン・ジュリエットも、登場時は幼さを感じさたり、感情表現が豊かだったりするのでいい組み合わせだなと思います。2人の感情表現の豊かさが、前半と後半での変化を印象づけます。

 

ジュリエットの登場とパリスとの関係性

ジュリエットが登場して婚約者パリスに紹介されるシーンでは、ジュリエットはキスしようとする彼の手を避けたり、すぐ乳母の影に隠れたりするんですが、そのニュアンスがそれぞれ違っていて興味深いです。

 

高田さんは礼儀に反しない程度にしているものの、結婚にもパリスにもあまり気持ちが乗らないところがありそう。ヘイワードは結婚話を恥ずかしがって礼儀に考えが及ばない少女、ナグディは突然現れた婚約者にどの程度親しくすべきかを探る風です(同じ振りなのになぜかナグディは割合礼儀正しく見えます。キャピュレット卿も自慢の娘をにこにこ見ている風だし。)。サリヴァンは結婚話に期待を膨らませる一方どうしても子どもっぽさが出てしまう感じがします。

 

高田さんは舞踏会登場シーンも心細そうでパリスに対してやや逃げごしな雰囲気があり、パ・ド・ドゥも美しいけれどきっちりして大人しい雰囲気。それがロミオに出会ってからのソロで一気に変わります。ロミオに見せている踊りだし、のびやかになるのです。
ヘイワード・ジュリエットの映画版でのパリスとのパ・ド・ドゥは、ロミオの表情がカットバックで入り、何より彼女の可憐さにロミオが惹かれていくシーンとして作られていると思います。とはいえとても可憐な一方、ヘイワードはここで少し雑に踊ってパリスにそこまで関心がないことを表現している気がします。これは高田さんのパリスへの距離感と逆のアプローチに思えて面白かったです。
ナグディは、“あ、これは『眠りの森の美女』ならローズ・アダージォ”と思いました。大切にされているジュリエットのお披露目的で、でもほらローズ・アダージォだと王子達は引き立て役で、彼らへの感情はあまりないじゃないですか。パリスがそういう位置づけに見えます。
パリスとの関係が一番いいというか彼とも楽しげに踊っているのがサリヴァンだと思います。グノーのオペラでジュリエットがロミオと会う前に舞踏会で「私は夢に生きたい」と恋の予感的なアリアを歌いますが、オサリヴァンのジュリエットはそれを思わせます。そのわくわく感の表現に思えました。

 

高田さんのパリスとのパ・ド・ドゥ。

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ロミオのソロと舞踏会のパ・ド・ドゥ

ジュリエットに惹かれたロミオが彼女のマンドリン演奏に合わせて踊ってアプローチ、少し2人で踊ったところでティボルトや一同がロミオに詰め寄り危うい雰囲気になります。懲りずにロミオはジュリエットを再度呼び止め、戯曲では語らいとキスシーンに当たるだろうパ・ド・ドゥがあります。

 

ここがスキャンダラスに見える順が、高田&平野>ヘイワード&ブレイスウェル>オサリヴァン&サンベ>ナグディ&ボール、に思えました。
高田&平野は、ソロの時点からもう互いだけを見ている風だし、踊りは気持ちのアピールで、舞踏会でのリフトから恋愛的で官能的で、その後のパ・ド・ドゥでバルコニーシーンのような気持ちの近さと高揚を感じます。パリスもいる舞踏会でこんな状況はまずいだろう、と、ティボルトが怒るのも納得です。
逆に、ナグディ&ボールは、ソロでは(互いへの気持ちはありつつ)舞踏会なので踊りを披露しましたという建前は成立しそうで、パ・ド・ドゥも戯曲寄りの、恋愛に進みそうな親しい語らいに思えます(戯曲のキスシーンの演出・解釈にもよりますが)。恋愛展開が一番早く見えるのが高田&平野で、ゆっくり優しく進んでいくのがナグディ&ボールの印象です。敵の家のロミオだと発覚した後に、ジュリエットに申し訳なかったという気持ちを示すのがボールで、一番誠実で紳士的なロミオに思えます。
ヘイワード&ブレイスウェルもかなり危険域でパ・ド・ドゥも秘密めいていますが、ソロについてはこの中間ぐらいの気がします。
サリヴァン&サンベは互いに夢中ではありつつ、なんだか可愛らしさもあり、この後全員で踊る舞踏会の踊りではお互いが気になってしょうがない様子が少しコミカルで、3番目の感じ。

 


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バルコニー・パ・ド・ドゥ

高田&平野:恋愛展開が早いと上で書いたように、ここでは恋愛の高揚以上に、既に身も心も委ねるかのような安心感、一体感、自在感がある気がします。この2人がキスした時は、キス自体に焦点があるのでなく将来を誓い合い原作での結婚の話(あるいはもっと重い決断)をしたんだなと思えました。『白鳥の湖』での第2幕での愛の誓いを一寸想起しました。

 

ヘイワード&ブレイスウェル:どうしてそう見えるのかわからないのですが、舞踏会だけでは終われない残した気持ちがあるように思えます。風が吹く屋外だからなのか、こう、デートの帰りに別れ難くて公園を回り道して語らってキスしたみたいな雰囲気で、観る側も恋愛の多幸感に浸れます。バルコニー・パ・ド・ドゥはそもそもあまりきっちりバレエの型を意識させる踊り方はしないと聞いたことがありますが、映画での演出もあるのか表情も現代的で姿勢なども他ペアより自然体に見えます。

 


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ナグディ&ボール:爽やかできらきらして、気持ちの共振というよりきれいだなーと夢心地でうっとりします。形の美しさと上品さがつまらなさには全くならず、思いやりや優しさとして見えるところが素敵です。バレエだということをうっかり忘れそうなヘイワード&ブレイスウェルとは逆の感覚ですがこちらもいいです。

 


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サリヴァン&サンベ:ジュリエット側の“嬉しい”という気持ちが前面に出ているのがオサリヴァン。目を輝かせてロミオを迎え(本当にそういう表現なんです)、踊りでも彼女の感情の高まりが強く表現され、原作のジュリエットが主体的であることを思い出させてくれます。そしてサンベの音楽性と躍動性。ほとばしる感情のような情熱的なパ・ド・ドゥに見えます。

 


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ついでに金子扶生&ブレイスウェルとのリハーサル映像分。ブレイスウェルが同役で、ヘイワード&ブレイスウェルに近いですが、なんだかもっと初々しいです。共感的羞恥に近いような共感的どきどきはこちらペアの方が強いかなという気がします。金子さんがその雰囲気を出しているんでしょうか。映画のロザラインでは高嶺の花のお姉様的だったのに!

 

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結婚式

ここは一言で済ませてしまいますが、修道僧ロレンスとロミオのやり取りも、結婚の誓いの後のキスの仕方もそれぞれ違います。ロレンスとのやり取りで一番興奮気味だったのが平野さん。誓いの後のキスでロレンスが目のやり場に困っていたのが、ヘイワード&ブレイスウェルとオサリヴァン&サンベだったでしょうか。ナグディ&ボールはここでも優しく上品。

 

マーキューシオの死とティボルトとの対決

戯曲ではマーキューシオとティボルトが剣を交わし、ロミオが止めようと間に入ったところをその腕の下からティボルトがマーキューシオを刺します。マクミラン版は(なのかロイヤル・バレエ版はなのか)、ロミオが説得しながらマーキューシオを後ろに突き飛ばして、そこにティボルトの剣が刺さるので、戯曲以上にロミオにも瑕疵がありそうに思えます。このシーンの作りも結構印象が違います。(同じマクミラン版でも、記事の一番下にリンクしたワディム・ムンタギロフのロミオの新国立劇場のものは更にここの演出?が違っていました。)

 

ロミオは悪くなかったと思える順が、平野>サンベ>ボール>>ブレイスウェルの印象です。
平野さんはマーキューシオとも喧嘩する勢いで説得し何度も止めに入りその勢い余って後ろに押したように見えます。
サンベはもう少し穏便に訴えその場を去る提案をするのでマーキューシオが怒り、そこで揉めて押した風です。この2組ではティボルトもマーキューシオに向かってきています。
一方、ボールは止め方が更に弱腰で声がけもままならないなか、一緒に去ろうというのを断ったマーキューシオを“勝手にしろ”とばかり突き飛ばしたら、ティボルトが来ていたみたいな感じ。ティボルトも自分のせいじゃないと盛んに弁明しています。
更にブレイスウェル・ロミオの映画版だと、ここで諍いは小休止の感があり、そんななかでロミオがマーキューシオを軽く諌めて小突いたようにも見えます。意外なのでショッキングでその効果はすごく感じますが、むしろこの“不幸な事故”を起こしたのはロミオで、ティボルトは巻き込まれたようにさえ思えます。その前までマーキューシオとティボルトが剣を交わしていたのは確かですが、それでティボルトへの復讐というのはかなり微妙な気持ちになります。

 

平野さんはマーキューシオが亡くなるとじっと佇んで恐ろしいほどの怒りを見せ、いざ戦えば強く、剣に倒れたティボルトがロミオの脚をつかもうとするのを蹴り払う暴力性を見せます。この結果も、全てを失うこともティボルトに挑む前にわかっていた感じ。キャピュレット夫人がロミオに刃を向けた時はそれを受ける覚悟もして、彼女に許しを乞うシークエンスになっています。
怒りに我を忘れた風なのがサンベで、とても速い剣さばきでやはり強さを見せる一方、ティボルトを刺した後は狼狽して共に倒れ、非常な後悔に囚われます。
マーキューシオが亡くなった後も、ティボルトに怒りを向けていると思えないのがボール。ボール・ロミオは強くない設定で、悲しみの方が大きく、多分本当は戦いたくないのに事態の収集がつかなくなってしまったというところかと思います。
ブレイスウェル・ロミオは動転と怒りでティボルトに向かっていった気がします。ロケーションを生かして、場所を移動しながら雨も降らせてのシーンになっています。

 

寝室のパ・ド・ドゥ

4組それぞれの違いまでは私は感受しにくかったのですが、サリヴァン&サンベが発見的でした。戯曲では夜が明けたので追放先に行かなければと思うロミオと離れがたいジュリエットというのが主なニュアンスだと思いますし、寝室のパ・ド・ドゥの振付的にもそうだろうと思いますが、サンベはジュリエットを強く抱きしめロミオの離れがたさの方を強調していて新鮮でした。オサリヴァン&サンベはバルコニー・パ・ド・ドゥでは他ペアよりジュリエットの喜びが、こちらでロミオ側の表現が前に出ていて興味深いです。ジュリエットがロミオの手を退けるような振りが何度か出てきますが、ひょっとしたらオサリヴァン&サンベは、“留まって殺されてもいい”と言い始めたロミオに「朝なのよ、行って」というジュリエットの台詞の表現として踊っているのかもと思いました。


ボールは、冒頭でベッドに腰掛けている時にティボルトとマーキューシオの死を重く受け止める表現をしているようで、こういうところでニュアンスが出るのかと印象的でした。
ヘイワード&ブレイスウェルの映画でのこの場面は、透けるカーテン越しのカットを挟む形で、それは美しい一方、踊りでの情感が見えにくくなる感じはしました。

 

ジュリエットの決断

ロミオが追放された直後にパリスとの結婚を命じられたジュリエットが、嘆き悲しんだ後、バレエなのにベッドにじっと座り彼女の決断を見せる印象的なシーンです。上リンクのインタビューで高田さんが演じていて好きだと語っているシーンです。ここもそれぞれ違うものですね。特にこのシーンは同じダンサーでも日によって違ったりするのかもしれません。

 

高田さんは “もう泣いている場合じゃない”というかのように泣くのを我慢して自分を奮い立たせ、光=ロミオが去った窓の方を見て決心をしたようでした。
ヘイワード・ジュリエットが座りながら泣いている姿は、なんだか彼女が思い詰めていったように私には思えました。上で無謀な選択にひた走ると書いたのもそんな印象からで、原作での台詞「神父様のところへ救いの道を求めに行こう。すべてだめでも、死ぬ力だけは残っている。」(小田島雄志訳・白水社版)の、後者の「死ぬ力だけは残っている」のニュアンスが強い感じがするんです。
ナグディは徐々に自分を取り戻し運命と戦う意志のようなものを感じます。最後に少し微笑んで、上の台詞で言えば前者のニュアンスというか、希望の道を探る感じがします。
サリヴァンは座っている間どうしたらいいのか迷うようにずっと泣いているんですが、ベッドから降りた瞬間に決断して走り出す形で、これも劇的でいいなと思いました。

 

終幕の墓所シーン

ロミオが死んだ(と思われている仮死状態の)ジュリエットを抱き上げるかのようなパ・ド・ドゥは、バルコニー・パ・ド・ドゥを模した感じにされていると思います。平野さんの場合は、ジュリエットの死を信じたくないロミオがバルコニーの時と同じようにしてみても、ジュリエットがくったりしたままでどんどんその死に直面させられる様子が、途中途中の彼の嘆きで胸に迫ります。ジュリエットの最期まで書くのは余計かと思うんですが、ここもそれぞれなので書いてしまいます。ジュリエットが目覚めてロミオに気づいた箇所は、高田さんは一瞬愕然とした後、激しくロミオを揺すったり抱きかかえたりして嘆き、最後は彼の手を頬に添えた後亡くなります。

 

ブレイスウェルは、バルコニー・パ・ド・ドゥの再現でロミオが悲しみながらも死ぬ前に彼女との思い出をたどるニュアンスに思えました。ヘイワード・ジュリエットが最後にロミオを求めた手は届かない終幕です。ですが、映画版についてはごめんなさい、最終部も「解釈違い」で少し残念。手が届かないところがではなく(その解釈はありだと思います)、セットの問題です。舞台だと中央にジュリエットが寝かされた寝台のような墓があり、後ろ側に鉄柵や扉があるのですが、映画は鉄柵や扉が前側で鉄柵越しにジュリエットが映ります。そのためパ・ド・ドゥは墓からジュリエットを鉄柵の外に運び出して踊られます。パ・ド・ドゥもそれまでの写実性ゆえかカメラの近さのためかバレエならではの迫力が薄まった感があり、ロミオの感情の見せ場が減じて、ここはブレイスウェルに損だったように思いました。外に運び出したのに墓所に戻す形なので、どこか不自然だったり冗長な気がしますし(あるいは、この後のボールのようなニュアンスがあると違ったのかもしれませんが)。監督のマイケル・ナンは元ロイヤル・バレエのダンサーで、バレエもマクミランの振付も知り尽くしているはずなので私の感覚がおかしいのかもしれません。でもジュリエットがロミオを発見する場面も、短剣で自害した彼女がもう一度墓の上で亡くなるのも、この墓所の位置関係だと不自然に見えるんです。舞台では、墓の上に戻ろうとするというよりロミオに近づこうとして彼女が墓に上がる形ですが、映画版はそのままロミオの側にいることができる位置関係です。しかも奥にティボルトの亡骸があって、ジュリエットが亡くなる時にはっきりではないにしてもティボルトが映るのはどうだろう……。(と、残念部分を長々書く自分もどうだろう……。)

 

ボールはここは登場時から泣いていて、ジュリエットの所に行き上を見上げてこんな場所はかわいそうだと運び出そうとしたように見えます。でも感情的にもぼろぼろで、何度も彼女を抱き起こそうとして段々諦めたみたいな感じがします。ジュリエットを墓所に戻してその隣に横たわって毒をあおったものの、苦しんで下に落ちてしまいます。

 

サンベ・ロミオは悲しみのあまり少しおかしくさえなっている気がするんですね。彼がジュリエットを思わず抱き上げてしまったのは感覚的に(なのでうまく説明できませんが)すごくよくわかる気がしました。ともかく愛しいジュリエットを抱き上げたものの、どうしていいかわからず激しく慟哭します。ボールとサンベについては、バルコニー・パ・ド・ドゥの再現の印象は薄くなりました。

 

ナグディサリヴァンは目覚める時に、自分の隣に手を伸ばしてロミオを探すようでした(高田さんがそうしていたかは映像的にあまりよくわかりません)。一夜を共にした時の夢を見ていたのかなという感じ。ロミオを見つけた時には一瞬喜びます。ナグディはロミオが死んでいることがわからなかった風で、オサリヴァンもそうかもしれませんし動転して事態の判断が遅れたということかもしれません。
ナグディは伸ばした手が届かなかったか、亡くなった時にちょうど届いたかの終幕。
短剣で自分を刺した後にロミオの元に行こうとするサリヴァン・ジュリエットは、可憐さも捨てて執念めいて見えるほど懸命です。ロミオの手を取った時にほっとするように彼の手に口づけ頬に寄せて亡くなります。概観で書いたように、最後まで情熱的です。

 

以下は解説映像ですが、サラ・ラム&スティーブン・マックレーのリハーサルが出てきます。


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あと、ロイヤル・バレエでなく新国立劇場のものですが、ワディム・ムンタギロフのロミオ映像も見つけました。ジュリエットが米沢唯さん。同じマクミラン版ですが、マーキューシオの殺害場面は、ロミオがマーキューシオを押したのではなく、ティボルトが後ろから狙って刺しています。演出で色々あるということなのかも。


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