『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

10巻45話リチャードの摂政就任 と エリザベスとジェーンの共謀 について

(薔薇王の葬列アニメ15話対応)

 

12巻でちょうど表紙を飾るエリザベスとジェーンの2人が、関わって共謀し始めるのが10巻45話です。12巻発売記念でタイトルに入れてしまいました。表紙の2人は、宣伝アカウントでもファビュラスと言われていましたね。やはり……うん、そんな感じがします。

  

エドワードの女房と、いかがわしい娼婦ショア〔=ジェーン〕がぐるになって」という台詞がRⅢにあるものの、この2人が会っていたというのは流石に創作だろうと思っていました。ですが、ジェーンがエリザベスとヘイスティングスの間を仲介していたという学説が『悪王リチャード三世の素顔』に紹介されていました(以下、『悪王』と表記)。なんと、そうでしたか!勿論、菅野先生はそれを踏まえて描いておられるんでしょう。

 

と、12巻関連の話題を先に出しましたが、これについてもこの下でもう少し書ければと思います。

 

エリザベスの聖院撤退について

『リチャード3世』(以下、RⅢ)と史料それぞれで、エリザベスの聖院(修道院・庇護所)への避難がどう語られているか44話の記事で触れました。『薔薇』では、「政治には関わらず聖院へ引き篭」れば「最悪の選択をせずにすむ」と、バッキンガムが脅迫するような形になっていました。この台詞も、史料準拠で、母親やその親族を政治に関わらせないとしたバッキンガムのスタンスを踏まえてのものなのかな、と想像します。

 

44話でバッキンガムは、エリザベスがまだ彼のことを信頼していると言っていましたが、この期に及んでそれはないだろうと思うんですよね。そうしたら今話で、実はベスがバッキンガムにリチャードを助けるよう頼んだという話が出てきました。バッキンガムをまだ信頼しているというのはベスのことで、リチャードには敢えてバッキンガムが話を混ぜて言ったということなのでしょうか。

 

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夕食後の計画について

この後の、リチャード、バッキンガム、ヘイスティングスでの会食では、ヘイスティングスがウッドヴィル一族が排除されたことを喜んでいました。エリザベスが聖院に行っても油断できないと言うリチャードに、バッキンガムが監視役の者をつけることを提案し、ヘイスティングスがどんな者の心にも入り込めそうな人物としてジェーンを推挙します。その後、ジェーンについての一寸したのろけ話になりますが、ここは、ケイツビーに伝言を頼むリチャードの台詞からでしょう。

 

リチャード ヘイスティングズ卿によろしく。こう伝えてくれ、閣下を貶めたかつての危険な敵の一味〔についての〕……吉報で日頃の鬱憤が晴れれば、ショア夫人〔=ジェーン〕に接吻を一つおまけしなさいとな。(RⅢ)

 

「食事の後にまだやる事●●●がある」と言うバッキンガムに、ヘイスティングス冗談で「裏切り者でも殺すのか?」と返しますが、リチャードとバッキンガムの間に漂う雰囲気に気まずさも感じつつ帰宅します。RⅢでは一緒に食事をするのはリチャードとバッキンガムの2人。

 

リチャード 俺が王になったら、おまえにはヘリフォード伯爵領と、兄の王が所有していた動産をすべてやるよ。

バッキンガム そのお約束頼みますよ

リチャード 喜んで差し上げよう。さあ、早々に夕食にし、この計画を吞み込めるまで練り上げよう。(RⅢ)

 

45話ではまだ関係のよいリチャードたちとヘイスティングスですが、そう、RⅢの元の台詞は裏切り者を殺すことも含めた計画です。バッキンガムに対する所領等の約束については、史実ではリチャードの摂政就任後、実際に相当の厚遇がされたようです。そしてヘイスティングスにはそれがなかったことがその離反を招いたとされています(『悪王』)。他方、『薔薇』では、所領と動産ならぬ「誓約」を「まさかあの日一度きりで俺の魂を買い取れると思ってはいまい?」とバッキンガムが求めていました。

 

エリザベスとジェーンの関わりについて

『薔薇』ではこのヘイスティングスの提案で、ジェーンが差し入れを持って聖院に赴き、ジェーンの率直な物言いや、敵の監視役に対してだからこそのエリザベスの飾らない本音の発露によって、2人は打ち解けていきます。勿論、無条件の信頼ではなく、エリザベスの窮状が、利用できるものはなりふり構わず利用させた感じもあります。ただ、『薔薇』では、エリザベスはエドワード4世王を愛していた訳ではありませんし、ジェーンは権力者に媚びず、特に女性から信頼されるキャラクターになっていて、2人が打ち解けるのも非常に納得できる形になっています。

 

(ついでながら、固いパンに弟王子ヨークが文句を言う箇所は、「叔父様は生後2時間固パンの皮を噛めるほど成長が早かった」(RⅢ)の転用ですね。過去にも聖院に避難しているベスが我慢するよう諭していました。)

 

エリザベスとジェーンが結託してリチャードを呪ったという話は、ヘイスティングス処刑の理由としてRⅢやトマス・モアの『リチャード3世史』で言及されながら、モアは、王妃と王の愛人が結託することはありえず、リチャードのヘイスティングスに対する言いがかりであるとしていたそうです(『悪王』)。『薔薇』では11巻50話の話でした。

 

baraoushakes.hatenablog.com

 

RⅢでは「あの恐るべき魔女、エドワードの女房と、いかがわしい娼婦ショアがぐるになって、魔法で私の体を歪めてしまったのだ。」とリチャードが言いますが、これについて河合祥一郎先生は、訳注で「リチャードの萎えた腕のことを知らなかった者はいないとトマス・モアは述べている。つまりこのヘイスティングス逮捕劇は公然のでっち上げであった」と書いています。

 

私もそんな感覚で、エリザベスとジェーンの関係はオリジナル展開だとばかり思っていたんですが、『悪王』には、ジェーンがエリザベスとヘイスティングスの仲介をした可能性があるとする学説が示されていました。

 

史料では、ヘイスティングスとドーセットがジェーンを愛人にしようと争い、ジェーンは、エドワード4世王没後ドーセットに囲われた後(ドーセットはエリザベスと共に聖院に行ったらしいので)、その後ヘイスティングスの元に行ったという話があるようです。(『薔薇』では44話でドーセットがジェーンに「囲ってやろうか」とちょっかいを出していました。)ジェーンとしては2人の愛人が争うことを避けるためウッドヴィルとヘイスティングスの仲介したかった、エリザベスとしては王宮での人脈もあるジェーンを利用したかった、ヘイスティングスはリチャードの摂政就任後に徐々に冷遇されたため、当初敵対していたウッドヴィル一族と手を結ぶことを考えた、と推論する学説です。

 

『薔薇』では、ヘイスティングスはバッキンガムたちに比べて冷遇されたわけでもなく、リチャードに離反したのは、必ずしも地位への野望からというわけではありません。徐々にエリザベスに絆されて同情的になっていき、リチャードの専横的に見えるやり方に疑問を持つようになり、そしてセシリーの秘密の暴露が決定打となったというところでしょう。

 

とはいえ、45話ではジェーンが、46話ではエリザベスが、ヘイスティングス摂政就任を囁いています。ここでのヘイスティングスとジェーンも一寸マクベス夫妻のようです。そして、ヘイスティングスに摂政位を囁くジェーンのコマの直後に、リチャードの摂政就任の流れ。ヘイスティングスはリチャードの摂政就任に納得したような笑顔を見せているのですが(「いい人」)、摂政職への誘惑も奥底にはあったかもしれないと暗示するような、この展開もいいですよねー。

 

リチャードの摂政就任と過去との違いについて

議会の承認と王命により、リチャードは摂政に就任しました。その前に新王エドワード5世が、摂政を置くのは決まりだからでヘンリーと違って自分は無能ではないと語り、それを受けてリチャードは「ええ…あの男は成年してなお摂政を必要としました」「…あの時とは違う」と答えています。

 

このやりとりにも複数の層の意味がありそうで、史料や『ヘンリー6世』(以下、HⅥ)が参照されていそうです。

 

1つには史料準拠で、議会でリチャードの摂政在位は新王の成年までと取り決められたということです。『悪王』によれば、これも紆余曲折あったようで、摂政在位を(未成年であっても)戴冠式までの数ヶ月とする意見と、成年までとする意見があり、議論の末に成年までに落ち着いたそうです。しかも、これ以前に、リヴァースたちが、戴冠式までとする前例を用いてリチャード到着前に戴冠式を行って摂政職から排除しようとしたなどの攻防があったとする史料もあるようです。更に、その際に主張されたのが、過去になかなか摂政が辞めず内戦になったこともあったから、ということでした。

 

HⅥ第2部では、マーガレットが先代グロスター公ハンフリーに「もう大人になった国王がなぜ摂政を置いて子供のように保護されなければならないのか。……お返しなさい、あなたの職杖と王の国を。」と言っています。(面倒な細かい話をすれば、史実では先代グロスター公はヘンリーの戴冠後未成年のうちに摂政職を辞めていて、ここはシェイクスピアの創作です。グロスター公の影響力を強調する形にしたのでしょう。ヘンリーの成人後に摂政職を務めたのは、リチャードの父のヨーク公です。

 

というわけで、ヘンリーの時とは違って成年まで、とされた取り決めが表面的には語られています。

 

ですが、もう1つには、リチャードのこの発言は「ーあの時……、父が掴みかけた“光”」と呼応し、父の時とは違うと言っていることになります。エドワード5世がヘンリーとは違うと回答するように見せながら、ヨーク公に掴めなかった光を自分は掴むと言っているのでしょう。

 

更に、それを受けてバッキンガムも「あの時、俺達は非力な子供だった」と過去とは違うと語ります。よく引かれるHⅥ第3部3幕2場の台詞からですね。

 

リチャード おれはただ、王権を夢見ているにすぎんのだ。(中略)おれと目的地のあいだにはおおぜいの邪魔者がいる。HⅥ(3)3-2

 

ここではこの台詞が過去形で語られ、残るは2人の王子だけ、とされます。

 

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makieni    写真AC

 

ヘンリーという過去について

そしてもう1つ、「あの時とは違う」と言うリチャードは、ここでも再びヘンリーを過去のものにして、バッキンガムとの関係と王位奪取を肯定しているようにも思えるのです。今話の冒頭にヘンリーの面影が出てきて、リチャードは〈お前は言うだろう、それは“罪”だと〉と、自分との関係を拒絶したヘンリーに語りかけるように独白していました。そこから〈血と苦痛(いたみ)、それが悪魔に下された“罰”だとしても、苦痛(いたみ)だけがこの世界で生きる術だー〉と続けます。

 

『薔薇』のヘンリーがリチャードに言う「罪」は肉体関係(そして、リチャード自身は自分の身体とも捉えています)。その台詞の元になっているHⅥ(3)のヘンリーが予言として示唆する「罪」はリチャードの王位簒奪に伴う混乱と犠牲でしょう。43話と同様、このリチャードの独白でも性愛と王冠とが重ねて語られている気がします。

 

苦痛(いたみ)だけがこの世界で生きる術だ〉も、HⅥ(3)3-2の同じ台詞の「この世を地獄と思おう」の変奏のようにも思えたりします。

 

リチャード 生きているかぎりこの世を地獄と思おう……輝かしい栄光の冠で飾られる日がくるまでは。HⅥ(3)3-2

 

リチャードは、バッキンガムと再度関係を持つ時にも「痛みを刻め」と言いましたが、バッキンガムはベッドの中で「想像するんだ、この手に光を掴む」「あんたの“半身”が光を齎す瞬間を」と語っています。

 

摂政就任の場面はこの後に置かれており、摂政を「仮初めの光」として、リチャードとバッキンガムは、王位簒奪に向けて罪を重ねていくことになります。

 

(※翻訳については、HⅥ第2部を松岡和子・筑摩文庫版、HⅥ第3部を小田島雄志訳・白水社版、RⅢを河合祥一郎訳・角川文庫版から引用しました。)
 
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