『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

11巻50話ヘイスティングスの粛清について

(薔薇王の葬列アニメ16話対応)

セシリーの話を受けて、エリザベスたちはリチャードが悪魔だと街頭で喧伝し、ヘイスティングスは議会の場でそれを公にしてリチャードを処刑することを企てます。それに対しリチャードは、ヘイスティングスたちが自分の身体に呪いをかけたと罪状を捏造し彼を粛清します。

  

48話の記事にも書きましたが、『リチャード3世』(以下、RⅢ)では、ヘイスティングスは単にリチャードが王位に就くことには反対だと言ったのみで、その発言によって自身がリチャードに敵対することになるなどとは考えていません。全く疑念を抱かないまま議会に赴き、その場でいきなり呪いの嫌疑をかけられて処刑されます。

  

『薔薇』では双方が相手を追い落とすことを目論んでいて、しかもヘイスティングスの背後にはエリザベスとセシリーがいるので、非常に緊張感があります。その拮抗関係がうまく構成されているように思うのです。

 

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醜聞の流布の反転

これについてもRⅢと反転させて、対立関係を強調して緊張感を高めているように思います。

 

『薔薇』では、「セシリー様が自らの不名誉も顧みず」(ヘイスティングス『薔薇』)リチャードの身体の秘密を話し、それをエリザベスたちが流布させています。RⅢではリチャードが「なんなら、この身に及ぶ話をしてもいい」(RⅢ)と、バッキンガムを使って兄エドワード王やセシリーについての醜聞を広めており、原案逆転的にもなっています。

 

RⅢでは、リッチモンド(後のヘンリー7世)が登場するまでリチャード一強というか、全てをリチャードが仕切っている感じですが、『薔薇』は第2部になってもそれぞれが様々な思惑から王位や権力抗争に絡んでいて、話のノリとしてはむしろ『ヘンリー6世』(以下、HⅥ)に近くなっているように思います。

 

リチャードが悪魔だとする街頭での扇動には、1話の最初に登場したHⅥ最後部の台詞が使われています。時々で出てくる台詞ですが、リチャードにとっては、これは「何かを求める度」にやってくる「呪いの声」(『薔薇』)ということなんですね。

 

1巻1話の記事に引いたように、これに類似した台詞をRⅢでエリザベスが言っていたり、ヘイスティングスも「予言しよう。かつてない恐ろしい時代がやってくるぞ。」(RⅢ)と言っていたりするので、その点でも2人が噂を流してリチャードと対立を深める展開は、盛り上がります。

 

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議会での相互牽制について

議会とその直前のシーンでも、RⅢの台詞をかなりそのまま生かしつつ、牽制や皮肉の応酬にされており、緊張感が醸し出されます。イーリー司教の伏線も効いています。

 

懺悔の最中かと問うバッキンガム

『薔薇』では、バッキンガムが、リチャードに対するイーリー司教の背徳行為を皮肉りつつ、ヘイスティングスとイーリー司教の会議前の打ち合わせを牽制して止めさせる感じの台詞です。RⅢでは、これは他意のないヘイスティングスに向けられたもので、リヴァース卿たちには死ぬ前の懺悔が必要だが、ヘイスティングスには無用だろうという台詞です。バッキンガムはヘイスティングスの処刑予定を知っていてこのように言うので、その意味ではRⅢの方が恐ろしいかもしれませんが、RⅢでは何も知らないヘイスティングスとのやりとりになっています。

 

リチャード不在の議会での代役

RⅢでは、バッキンガムがリチャードの考えがわかるのは誰かと口火を切ります。バッキンガム自身がわかるだろうと言われますが、計画を悟られまいとしてか、自分にはわからないとしれっと答えヘイスティングスに話を振ります。ヘイスティングスは確かにリチャードに親しくしてもらっていると言ってその提案を受けるという、処刑直前まで気づかない“懺悔の箇所”と同じ構図です。

 

『薔薇』では、ヘイスティングスが、リチャードとバッキンガムが「通じ合っている」から代役ができるだろうと当てこすったり、スタンリーが、摂政にとって代わるべきはヘイスティングスだと、摂政交代(=リチャードの処刑)を仄めかすような発言をしたり剣呑な雰囲気です。

 

イーリー司教への苺の所望

RⅢでは、これを機にリチャードとバッキンガムが席を外し、ヘイスティングス処刑の最終の段取りをします。『薔薇』では、リチャードが「ふたりきりでとても濃密な時を過ごしましたね」と言いながら苺を所望し、ヘイスティングスとスタンリーをぎょっとさせています。これでイーリー司教の追い出しと切り崩しになりましたが、RⅢとは逆にヘイスティングスが席を外して兵を招集します。

 

罪状捏造について

RⅢでも『薔薇』でも捏造は捏造なんですが、『薔薇』の方ではやはりリチャードとヘイスティングスが肉薄する感があります。他の箇所でも見られますが、『薔薇』はRⅢの嘘や口先の台詞を敢えて本当にするところがあり、ここでも実際にジェーンを絡め、腕の呪いを用意しています。

 

「この腕は、立ち枯れた若木のように萎えしぼんでしまった!あの恐るべき魔女、エドワードの女房〔=エリザベス〕と、いかがわしい娼婦ショア〔=ジェーン〕がぐるになって、魔法で私の体を歪めてしまったのだ。」(RⅢ)

 

RⅢでは、ここから「あの呪わしい娼婦を囲っている」という共謀の言いがかりでヘイスティングスを処刑します。RⅢのリチャードの腕に生まれつきの障害があるのは周知のことで、劇中でも目にする形なので、これは誰にでもわかる嘘、“え?”っていう感じの不意打ちです。RⅢでは、ヘイスティングスはジェーンとは愛人関係とされるものの、エリザベスと共謀もしていませんしエリザベス達とヘイスティングスはむしろ敵対的な関係です(『薔薇』10巻までのエリザベスやウッドヴィル一族とヘイスティングスの関係のまま処刑される感じです)。

 

その後の場面で公証人が登場し、念押しするかのように“見え見えの小細工なのに誰もなにも言えない”という感じのことを言います。これはこれで恐ろしさや不気味さがあります。権力を手中にしたり一旦優勢になったりすると、明らかな嘘や間違った言い分でも通ってしまうという、昨今のニュースでも見るような嫌な感じといいますか、RⅢでの捏造はそんな恐ろしさです。

 

他方、史料上では、エリザベスとヘイスティングスの共謀だけでなく、実はエリザベスとジェーンの関わりもあったとする説もあるようですね。

 

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『薔薇』の方は、ヘイスティングスが王宮の兵士を率いてリチャードの身体の秘密を告発し、それに対してリチャードが、なんら問題はなかった腕をジェーンから受け取った堕胎薬で爛れさせておき、彼らが自分に呪いをかけたと罪状を仕立てます。

 

こちらは、殺るか殺られるか、相互に粛清を狙う殺伐とした感じです。

 

ヘイスティングスは、リチャードが王位につくなら死んだ方がましだと言って斬りかかり、ケイツビーによって首を刎ねられます。このヘイスティングスの台詞も、その前の、リチャードが王位につけば平安になるというケイツビーの台詞も、もとのRⅢではリチャードの王位の打診とそれに対する軽い答えなのに対し、『薔薇』では本当に死を覚悟した台詞になっています。しかも「悪魔の頭に王冠が載る」なら、死んだ方がましと変えられていて深い憎悪も感じさせます。

 

『薔薇』のヘイスティングスにとって不意打ちだったのは、ケイツビーがリチャードについて自分を処刑する側に回ったことでしょう。『薔薇』ではヘイスティングスの失望とその前後のケイツビーの不穏さが丁寧に描かれていると思います。

 

ヘイスティングスに誤解を与えるケイツビーの言葉の少なさや不穏さはRⅢでのやりとりに近い感じがするのですが、『薔薇』ではケイツビーの回想や願いが挟まれ、ケイツビーが敢えてそうしていることがその思いと共に描かれています。そしてここでの不穏さは、「あなたを独りにはしない、その行く道がどれほど深い暗闇でも」(『薔薇』)とするケイツビーの「行く道」の暗さと覚悟を示しているようにも思います。 

 

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てふてふ  写真AC

 

ショア夫人ジェーンについて

RⅢの台詞には出てくるものの、ヘイスティングスの処刑にこんな形でジェーンの“魔女”設定が関わるとは思いませんでした。今回も伏線の張り方にひれ伏したいくらいです。RⅢでは何箇所かで名前が出てくるだけのショア夫人ですが、『薔薇』ではジェーンの絡め方すごいですよね!

 

ジェーンは、薬草の知識を持ち時代の常識やしきたりに縛られない、“魔女”の実像に近い造形がされ、その設定を生かして狂言回しのような存在になっています。エドワード王の健康悪化の元凶になったり、イザベルの呪いに関わる(←これはどうも偶々のようですが)一方でジョージへの疑惑を焚きつけたり、バッキンガムにリチャードの身体についての噂を告げたりと大活躍。

 

リチャードへの呪いについてはRⅢでも『薔薇』でもジェーンは無実ですが、『薔薇』では、エリザベスと「ぐるになって」ヘイスティングスとの共謀の発端をつくり、大きなお世話的にリチャードに堕胎薬を渡しています。堕胎薬が子殺しの意味とも重ねられている可能性を49話の記事で書きましたが、読んでいる時にはリチャードがこれを呪いの証拠に使うとは思ってもみませんでした。

 

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巻を追うごとに、聡くて奔放なところが魅力的に思える人物です。今後が気になりますが、しぶとく生き延びてくれるといいですね……。

RⅢの翻訳は、河合祥一郎訳・角川文庫版から引用しました。

 

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