『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

16巻74話 2つの薔薇について

(薔薇王の葬列アニメ23話対応)

(※ネタバレになっていますので、ご了解の上お進みください。)

 

今回、過去の伏線の回収とオリジナル要素が、リッチモンドの政略との対比になっているだろうことに舌を巻きました。細かい要素にも泣き所がいっぱいです。

 

前半は、リッチモンド演出・シェイクスピア『リチャード3世』という感じですね(主演イーリー司教(笑))。イーリー司教の脚本という設定ですが、これまでの記事でも触れたように、『リチャード3世』(以下、RⅢ)のリチャード像の大元の1つがトマス・モアの『リチャード3世史』で、それにイーリー司教が大きな影響を与えたとされています。また、リチャードに対する反乱についても、イーリー司教がバッキンガムを説得したとも、バッキンガムの悔悛でイーリー司教が彼に助力するようになったともされており、それが「バッキンガム公の遺志」と言われているのでしょう。リッチモンドも、この劇でまさにRⅢ通りの正義のリッチモンドを演じ、民衆の人気を集めていきます。

 

11巻47話ケイツビーの忠誠について

15巻66話リチャードの帰還について

 

赤き龍の旗も立派になって、テューダーローズ(ユニオンローズ)がもう入った紋章旗になっています……。74話のこの後で出てくる薔薇はユニオンローズと呼ぶ方がいいかもしれませんね。

 

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死を偽って守ることについて:『冬物語

エドワードの死を偽装して宮廷から逃れさせることを決めたリチャードは、エドワードをジェーンに託しました。リチャードは(ツンデレっぽくも)ジェーンを「弱い者を裏切らない」と信頼していますし、もうね、魔女的だったジェーンが、歯に絹着せず王に進言する『冬物語』のポーリーナに思えてきますよ。「冬の気配」と出てきますが、こちらは是非『冬物語』ということで。ついでに「魔法」もかけてほしい……。

 

冬物語』で死んだとされて匿われるのは息子ではないですし、子供は捨てられる話なのですが、ポーリーナも劇前半ではリオンティーズ王の怒りを買って「魔女め! この女をたたき出せ。おせっかいな取り持ち女め!」とか言われていますし、最後部では彼女に謝罪し感謝する王から新しい夫を与えられています。ここも、もしかしたらジェーンが再婚した史実とシェイクスピア作品を絡ませ、また、後から振り返ると前の巻の話が別プロットに見えるという巧みな構成かもしれません。そうだとすると凄技のはずなのに、15巻で既に驚いてしまったので、これが普通仕様にすら思える高水準の『薔薇王』。

 

ただ、暗い表情で1人残されているマーガレットは本当に寂しそう。この娘も家族になった人達をまた失ってしまいました。『冬物語』的にはマミリアスのポジションと言えるかもしれませんし、RⅢの王妃マーガレットの退場と重ねられているのかもしれません。

 

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Image by Goran Horvat from Pixabay

 

ブローチと手紙について

エドワードに持たせるものを探している時、リチャードはアンからの手紙とランカスターの王子エドワードから貰ったブローチを見つけます。ブローチは紋章のローズのようだったので、どこかで回収されるかもしれないと思ったものの、アンの手紙と一緒に、彼らの思いを伝えるものとしてこれほど後から出てきたことも感動的です。息子のエドワードを愛し、アンの愛を知ってそれに応えようとしている今のリチャードだからこそ、その時の彼らの思いが伝わる展開になっているのも丁寧ですよね。辛いと思っていた73話が自分の中で消化できたので、この74話は余計に感動的に読めます。当時のリチャードの心情としては〈焼き捨てる程の執着もなく、忘却の鍵で封印した〉の台詞通りでしょうが、70話でもオマージュがあったので『ヘンリー6世』での「あなたの心は宝石だ、この胸の悲しみの小箱に収めて鍵をかけておきます、これまでの貴重なものと共に。」も連想させます。

 

16巻70話 熱を奪う雨について

 

悲劇的な展開ではあるものの、70-71話ではバッキンガムの思いが、73-74話ではアンの思いが、それぞれリチャードに届いてもいます。7巻28話では、一緒に旅をしてブローチをくれたのが敵ランカスターのエドワードとわかり、自分を裏切ったという思いの中でリチャードは彼を殺しており、エドワードの想いはリチャードに届かず、最後にリチャードの手にかかるという望みだけが成就される形でした。ここに来て、ランカスターのエドワードの想いが届くという、第1部とは逆の意味で泣かせる展開です。

 

7巻28話王子エドワードの願いについて

 

そしてヨークとランカスターの統合・和解という体で王位を目指すリッチモンドがテューダーローズの旗を掲げる裏で、ひっそりと両家の和解と愛が結実していたことをこちらのローズのブローチが示すことになっているのでしょう。こんな伏線の回収、全く想像できませんでした。15巻の表紙がベスとエドワードだったのも意味深だったのかも。

 

ベスのドレスと結婚の噂について

ベスの結婚に関する話は15巻68話で出てきて、これもRⅢと史料の重ね方が面白いと思ったんですが、今話で更に様々な説・史料をかなり網羅的に踏まえて、アンとリチャードが好意で行ったことが、RⅢ=リッチモンドとイーリー司教による芝居の筋書き通りの憶測を呼んだという描かれ方です。

 

15巻68話リチャードの迷いと選択について

 

いつもお世話になっています、の、『悪王リチャード3世の素顔』(以下、『悪王』)によれば、リチャードとベスの結婚の話についての説や史料はだいたい以下のようになるそうです。

 

・リチャードは王位の安定のためにベスとの結婚を望んだものの、アンは北部の領民に慕われており、もしベスと結婚したらそのためにアンを殺したと思われる、とケイツビー達に反対されたというものです。それを記述した史料では、ケイツビー達は結婚の噂を公的に否定すべきだとまで言い、実際、リチャードはわざわざ人を集めて公式な場でその噂を否定したそうで、「この噂が無視できないほどに浸透していたことがわかる」とされます。

 

・上の説に対し、リチャードがベスとの結婚を望んだという話自体が、リッチモンド派によるスキャンダルの流布だとするものもあります(彼らが噂を撒き散らしている、とした当時の資料もあるそうです)。エドワード4世王とエリザベスが正式な結婚ではなかったとしてリチャードは王位に就いたので、ベスと結婚しても王権は強化できず、姪=近親者との結婚はローマ法王の許可をもらうのも大変になる問題含みのものといいます。ただ、リッチモンドとベスの結婚を阻む手にはなるので、そうさせないためにもリッチモンド派がアン毒殺も含めた噂を流したという話です。しかも、それがリチャードの評判をかなり落とすことになったそうです。

 

・そしてその噂に信憑性を与えてしまったのが、今話で描かれた、ベスが、王妃のアンと同じ生地のドレスで公的な場に出席したことでした。ですが、これがアンの好意によるものであったとする史料もあるそうです。

 

一番上の説と、二番目の後半のリッチモンドと結婚させないためという説については、今話でエリザベスがその想定を述べています。エリザベスはRⅢと同様、娘の結婚についてリチャードとリッチモンドに二股をかけているようにも思え(ただしRⅢではベスをリチャードに渡さずに済んだ!という描き方)、〈その戯れの優しさで、お前は己の墓穴を掘ったのよ……!〉の独白からは、ベスとの結婚話でリチャードの評判失墜を狙っているようにも思えます。

 

『薔薇』では、ドレスの着用とともに、2人を王宮に戻すこともアンが望んだことになっています。ベスを心配し、またエリザベスの一族ウッドヴィルと禍根を残さないようにと配慮したのかも、と再びアンの優しさが窺えるエピソードです。それが皮肉な結果になるところがまた辛いんですが、アン、リチャード、ベスの善意が思わぬ形で悪評を招くことになったというのが実際に近いんじゃないかとも思えてきます。

 

葬われた小夜啼鳥について

アンの毒殺説が流れたのは、アンが病気のために隔離されたせいもあったそうです(『悪王』)。今話では、隔離のために立ち入らないよう言われても、それを聞かずにアンの側で彼女を気遣うリチャードが描かれました。

 

今話の最後では、偽装したエドワードのものかアンのものか葬儀の様子が描かれ、リチャードは小夜啼鳥の墓に薔薇を供えました。葬儀場面は暗いものですが、73話からの繋がりで考えると、葬いはその人を天国に行ける者として遇するものとも考えられます。バッキンガムと地獄で会う約束とは対照的ではありつつ、同時に、やはりリチャードのアンに対する愛を感じます。

 

この74話の小夜啼鳥は内容的にシェイクスピアソネットと掛けたいと考えていて、その後本誌75話を読んで多分ソネットの推測で大丈夫だろうと思いました。(ストーリーのネタバレではないのでコミックス派の方も安心して下さいね。)そう思えたので、“この102番!いい!”と余計に言いたくなります。多分元の意味とは少し違うんでしょうが、想いは見えなくなったようでも実はずっとあったということで、ブローチや手紙のエピソードと繋がるようだったり、リチャードが今話でアンの想いに応えようとしていたこととも重なるような気がします。ソネットの方は正確にはnightingaleでなくPhilomelだったりするものの、英語解説などでもnightingaleのことだよーと書かれています。

 

私の愛は弱まったように見えても、実は強くなったのだ。

前ほどそとには現れないが、愛がへったわけじゃない。

持主が高価なものだよなどと世間に喋りちらすなら、

そういう愛は、要するに売り物も同然だ。

2人の愛が新しい頃は、いわば春のなかにいたわけで、

私もよく歌をうたってこれを称えはした。

ちょうど、夜鶯が夏の初めにはさえずるけれど、

季節も深まればうたいやめるようなものだ。

あの愁いの歌が夜をひっそり静めていた頃にくらべて、

いま時分の夏が楽しくないというわけじゃない。

(中略)

私が、時おり、夜鶯のようにだまりこむのも、

きみを歌でうんざりさせたくないからなのだよ。(高松雄一訳『ソネット集』102)

 

今回のリンクは、カステルヌオーヴォ=テデスコ作曲のソネット102です。こちらのサルヴァトーレ・シャンパーニュの歌が素晴らしいのは大前提で、この曲、ハドリー・フレイザーが歌ったらすごくいいだろうなーと思いました。
 
(※『冬物語』は小田島雄志訳・白水社版、『ヘンリー6世』は松岡和子訳・ちくま文庫版から引用しています。)

 

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この後は『薔薇王の葬列』17巻です。これからご購入の方は、ネットショッピングではコミックシーモアが特典ペーパー付です。