(薔薇王の葬列アニメ22話対応)
『リチャード3世』(以下、RⅢ)の「熱い気性が凍ったか」の台詞が、バッキンガム軍が豪雨で散り散りになって敗北する挿話と掛けられて、『薔薇』リチャードが求めたバッキンガムの熱を雨が奪う話になっています。また、13巻60話では森でリチャードが「俺たちの望みは同じ」と言いましたが、それが更に反転するような展開でもありますね。2人の望みが違っており譲れないものになったことが確認されます。と、一応まとめてみましたが……、あまり新規情報を書けていないかもしれません……。今回も本ブログ内記事リンクは文字のみにしています。
王冠と泥に塗れることについて:『ヘンリー4世』
〈この身が地に落ち、この名がどれ程泥に塗れようと構わない〉、〈あんたと俺の王国を、終わらせるーー〉と考え、進軍するバッキンガムが最初の方で描写されます。それに対して、リチャードは69話で「血と泥と悪臭に塗れ心を殺して」王冠と国を守ろうとしていました。
69話の方のリチャードの台詞は『ヘンリー4世』からではないかと想像しました。(「王冠……を得るために私が被った泥」。)ここでは、バッキンガムがリチャードと反対の思いをもっていることを示す台詞として転換されているように思います。
↑69話の話ですが68話の感想記事の方で書いています。
森での対決について
バッキンガムの軍が森にいることを聞いたリチャードは彼を探し、2人は遭遇します。王として行く手を阻むリチャードに、バッキンガムは、それが答えであるなら「今ここで“リチャード3世”を殺すしかない」と言い「来い、リチャード!!」と馬を走らせ、追いかけたリチャードは彼と剣を交わして戦います。
そんなシーンでありながら、ここで書かれるリチャードのモノローグはとても官能的です。森でバッキンガムを探す箇所では、〈逆流する、凍った血が、あの熱が欲しいと叫ぶ、呪いの声を焼き消したお前の熱〉。
『リチャード3世』(以下、RⅢ)4幕2場で離反しつつあるバッキンガムにリチャードから向けられた「氷のようだな。熱い気性が凍ったか。」は、『薔薇』では逆に2人の肉体的な親密さを示す台詞に変換されて12巻から出てきました。またリチャードのモノローグ通り、バッキンガムとの性愛関係は、リチャードを呪いから解放するものでもありました。
ここで2人が戦う場面も、真剣勝負でありながらもうほとんど情事です。激しく戦う2人の画に重なるリチャードのモノローグは、バッキンガムと肌を合わせた時の描写になっており、剣を交える画の間にベッドでの2人の画が挟まれています。2人が戦っているところも扇情的にすら見えますよね(11巻の頃は、バッキンガムが、剣の勝負で「あんたの獣じみた目が見られるのは役得」とか言ってました)。
森での一夜の反転について
この戦い場面の展開は13巻60話を反転させたものにもなっている気がします。60話自体が10巻43話を転回させたものになっていたと思いますが、ここで更に別の形の反転です。60話では2人で1頭の馬に乗り、バッキンガムが馬を止めろと言ってもリチャードは止めずそのまま湖に2人で落馬しました。今話では2人が別々の馬を走らせ、リチャードが「いつまで走るつもりだ」と剣でバッキンガムを制止し、それぞれが馬から落ちています。60話ではそこから互いの気持ちを確認して愛を交わしたのに対し、今話では剣を交わして死闘を繰り広げます。リチャードの首に手をかけたところでバッキンガムは戦うのを止め、その手をゆるめてリチャードの頬にもっていきますが、60話ではリチャードがバッキンガムの頬に手を当てていました。そこでバッキンガムが言ったのが「リチャード、あんたが欲しい」でした。10巻43話ではリチャードが「王冠が欲しい」と言いましたが、今話でのリチャードの表情は、43話のその時と重ねられている気もします。
60話は2人の関係や立ち位置も大きく変えるものでした。2人は、王冠(だけ)でなく互いへの愛を求めていたことを確認しましたが、何より王冠を求めてきたはずのバッキンガムが〈もう二度と戻れない、真実に気づいてしまえば〉「何故、気づかせた……」(60話)とリチャードとの愛だけを欲するようになりました。リチャードの方は、王冠も愛も自分が求めたものと自覚してその両方を守ろうとします。それが今話のこの後の2人の対話で明確にされています。
「俺が、殺したいのは、“リチャード3世”だ……!!」と言ってバッキンガムがリチャードを強く抱き寄せた時、リチャードの王冠がはずれて下に落ちる描写にもなっています。バッキンガムは死を偽装して共に逃げることを提案し、王冠への渇望はリチャード自身の望みでなく「今もあんたを縛る“父への忠誠”」だとして、その「“荊棘”を切り裂いてやる」と言います。確かに13巻60話で森に行った時には、リチャードも「今夜だけだ」と王の名を捨てた2人だけの関係を望み、バッキンガムはそこでリチャードを父から解放したようにも見えました。感想記事でもそのように書いています(私が勝手に思った面もあるかもしれませんが、ヨーク公の遺志がリチャードに呪縛的に働いたことも時々で描かれていたように思います)。また、その後も王冠が楽園ではなくリチャードを苛むものでもあること、2人の愛にはむしろ障害になることも描かれてきました。
それに対してリチャードは、「父の魂は荊棘なんかじゃない、その願いも、記憶も、苦しみもすべて、俺の一部なんだ」と答え、全てを捨てて森に逃げる“光”がリチャードの本当の望みではないと言い、14巻から描かれた苦悩を伴う王冠を自ら望むことを示唆します。〈今ならわかる、“光”を得た今ならーー〉とされる光は、愛と苦悩を伴う王冠であるように思います。「気づかせたのは、お前じゃないか……」。リチャードにとってのバッキンガムの存在の大切さを示すこの台詞が泣けますが、今や2人は別のものを求めており、それが両立できないものであることを2人の間で確認することになりました。それぞれの思いが描かれ、森で2人が互いの気持ちを明かす流れになるのも60話と同様です。
「共に、行くことはできない…」としたリチャードは、バッキンガムに逃げてくれと言います。
リチャードが全てを捨ててヘンリーと共に死のうとしたのが第1部。第2部では、リチャードは愛も王冠も放棄せず、ヘンリー(バッキンガム)の生きる道を残す模索をする訳なんですね。
指輪と宝石の思い出について
ここから先のリチャードとバッキンガムの対話は『ヘンリー6世』(第2部)のマーガレットとサフォークの台詞からであることを、菅野先生がインスタライブで明かしてくれていました。サフォークは王妃のマーガレットと恋仲で、彼らの権力の障害になる王の叔父を暗殺しますが、それが露見し、王(=ヘンリー6世)への叛意を告発されて追放を命じられます。こうやって描かれると、『ヘンリー6世』のサフォークも策士で、にもかかわらずマーガレットへの愛には純粋な人だと改めて気づきますね(原作サフォークについては、そうでない解釈もありと思いますが)。2人の台詞が部分部分で、リチャードにもバッキンガムにも割り振られて使われています。リチャード自身を求めるバッキンガムにサフォークの台詞がとても嵌り、70話の最後のバッキンガムの独白が〈俺には…、あんたがすべてなんだ〉となっています。そして……71話で……。
王妃 この口づけがあなたの手に跡をつければいいのに、そうすれば、あなたがそれを見るたびに、あなたのために一千回もため息をつくこの唇を思い出してもらえる。(中略)
サフォーク あなたのいるところは世界そのもの(中略)あなたのいないところは廃墟だ
(中略)
王妃 さあ、もう行って(中略)私といるところを見つかれば、あなたはもう死んだも同然。
サフォーク あなたと別れたら私は生きてゆけない
(中略)
王妃 手紙を忘れないで。あなたがこの地球のどこにいようと、虹の女神を送って必ず見つけ出します。
(中略)
サフォーク あなたの心は宝石だ、この胸の悲しみの小箱に収めて鍵をかけておきます、これまでの貴重なものと共に。2つに引き裂かれる船のように、私たちは離ればなれになる。私はこちらへ、死に向かって。
今話では、リチャードとバッキンガムが別れた直後に川が決壊して2人の間を隔てました。雨で洪水に見舞われたことと、リッチモンドがバッキンガムの援軍に来なかったことはRⅢ準拠でもあります。バッキンガムと離れたリチャードは〈消えていく、僅かに残ったぬくもりも、冷酷な雨に奪われてーー〉と独白し、バッキンガムの“熱が消えてしまった”RⅢ4幕2場に話が戻ってくるかのようです。リチャードを避難させようとやってきたノーサンバランド伯が、そこで放心しているかのようなリチャードに「王冠を」と落ちた王冠を渡しリチャード3世=王に戻すことにもなっています。
そうではありつつ、ここでのリチャードは、父の遺志を肯定し、苦悩を伴う王冠を愛を返す形で望む点で、RⅢリチャード以上に引き続きヘンリー5世的でもあるような気もしました。同時に、その覚悟で王になった後の『ヘンリー5世』でもなお、彼は苦悩を独白し孤独でもあったなと思い至ります。