『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

14巻63話王子達をめぐる思惑について

(薔薇王の葬列アニメ19,20話対応)

(※ネタバレになっていますので、ご了解の上お進みください。)

 

14巻表紙のエドワード5世と王弟リチャードが大きく関わる回ですね。彼らの件でも物語は動き、63話はかなり史料も絡めた展開になっていそうです。リチャード、バッキンガム、ティレルの関係については、『リチャード3世』(以下、RⅢ)はもちろん、過去と関連づけて描かれているようにも思え、そのバランスの素晴らしさに舌を巻きつつ、終盤に入ったかなと寂しさも感じます。

 

正義を演じるリッチモンドについて

今話ではリッチモンドは、幽閉中のエドワード5世と王弟の逃亡劇を仕組んでリチャードに対抗します。

 

冒頭、リッチモンドは「”悪”が勝利し世界は秩序を失った」「数多の血に塗れた、罪深き玉座……」「正義の英雄(ヒーロー)が、世界の関節をはめ直してやろう」と言っています。少し後では「運命は最初から決まっているのさ」とも。

 

「世界の関節をはめ直す」は、多分『ハムレット』からで、これはハムレットが、父の亡霊から現在の王位が簒奪されたものと聞いてそれを正すという台詞です。RⅢには、リッチモンドがやはり亡霊達から語りかけられる場面があり、亡霊からの呼びかけで正義を行い、不正な王を倒すハムレットリッチモンドを重ねた始まりかも、と想像しました。「数多の血に塗れた、罪深き玉座」は、RⅢの亡霊の台詞「血塗れの重罪人」(=リチャードのこと)に似ている気もしますし、RⅢリッチモンドはリチャードを「卑劣で血に飢えた王位簒奪」と糾弾しています。しかもRⅢでは、亡霊達はリッチモンドの勝利や王位を予言したり祝福したりしており、その点で「運命は」「決まっている」とも言えます。(「数多の血に塗れた、罪深き玉座」はマクベスに対決するマクダフの台詞にもやや似ている気がして、マクダフについても「運命は」「決まっている」し、62話でリッチモンドは自分の産まれ方に言及していたりするので、その線も考えました。ですがRⅢの方が符号しそうですね。)

 

このハムレットの台詞は、4巻14話でウォリックの台詞〈誤った歴史は正さなければならない〉にも使われていたんじゃないかと想像しています(←原文“The time is out of joint.”を踏まえた素晴らしい転用の気がします。)。14話では『ハムレット』の文脈通り、ウォリックが、エドワード4世は王に相応しくないとして自分がそれを正すとした箇所ですね。ここも3,4巻での森の館の後からの流れとの類似を感じさせるところがあります。

 

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ですが、ウォリックが真剣にそう考えていたのに対し、今回まさに道化を演じている『薔薇』リッチモンドは、「世界の関節をはめ直す」と独白した後、「ところで“正義”って?」「“みんなが好きな方”だ、だから私は“正義を演じてやる”」と正義を嘲るように言うのです。相応しくない王に対決するハムレットの振りをしつつも、あるいはRⅢのリッチモンドは正義の英雄でも、こちらのリッチモンドの正義は「なんちゃって」ということかもしれません。

 

リッチモンドは引き続き八面六臂の活躍(?)で、エドワード5世達を逃しておいて逃げたと騒ぎ、リチャードの処遇が甘いとマッチポンプ的に策動します。RⅢでのリチャードの台詞「悪事を働いて、真っ先に騒ぎ立てる。(中略)聖者ぶりが板につけば、悪魔の演技は完璧だ」のようなのです。これはRⅢ(1幕3場)でジョージ暗殺後に、その暗殺をリチャードが仕組んでおきながら(『薔薇』とはやや異なる展開で)エリザベス達がやったと騒いだ時の台詞です。11巻50話の記事でも書いたように、RⅢのリチャードは一人勝ち的に周囲を翻弄している印象もあります。

 

ずっと言っていますが、『薔薇』リッチモンドはRⅢリチャードに似ていて、今話のこの箇所はまるで正義のハムレットを演じるリチャード3世のようです。RⅢでリチャードが道化的に振る舞う感じの演出もあり、リッチモンドはそんなリチャード像も思わせます。

 

別演出版のリチャードを一度に観られるような、2人のリチャード対決のような醍醐味を感じます。『薔薇』リチャードに圧倒的に肩入れはしちゃうんですけどね……。(この「聖者ぶりが板につけば、悪魔の演技は完璧だ」は9巻39話でも使われていますが、『薔薇』リチャードでの使い方はどちらかと言えば蠱惑的で悲劇的でした。)

  

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菅野先生が佐々木蔵之介さん主演の『リチャード3世』(プルカレーテ演出)の絵をあげておられて、これが冒頭のリッチモンドのメイクと少し似ています。メイクには、こちらのオマージュがあったりするのでしょうか。あるいは、歴史上のリチャード3世やリッチモンド伯に対する先生の評価が入っているのかもしれません。

 

 

塔の王子達について

エドワード5世達の絵画については、下のドラローシュの絵画が一番63話っぽいですよね。2人がベッドに腰掛けていて、弟の方が本を広げています。で、誰かが入ってくる気配に犬が気づいている!ということらしいです。『薔薇』の方で今回入ってきたのは道化の仮面のリッチモンド。怯えた王子達に、「ご安心下さい」「陛下を救(たす)けに参りました」と言いましたが、上述のようにリチャードっぽいし、冒頭の道化メイクは血のように見えなくもないし(「血に塗れた」はリッチモンド自身のことにも思えます)、前の場面でティレルが「哀れな人は、救ってあげたい」とか言っているので、到底安心はできませんでした。怖い展開にはならなかったものの、RⅢや犯行に関する説を知っていても知らなくても冷や冷やしちゃうところが凄いです。

 

エドワード5世達の未遂に終わった救出・復位計画については史料にあるそうで、『悪王リチャード3世の素顔』によれば、複数の人々が関わる組織的なものだったようです。「その背後には大物がいたことが想像される。(中略)リッチモンド……は、フランスにいたためにこれを実質的に動かしていたのは、母親のマーガレット・ボーフォートであるとされる。」「リチャード3世の治世は必ずしも安定したものではなく、各地に不穏な動きが見られた。」いつもながら、RⅢ・史料・創作の素晴らしいミックスです。

 

エドワード5世達のことについては既に結構書いてしまっているので今更ですし、RⅢや史料の話を知っても『薔薇』でどう進むかは予想がつかないので問題ないと思いますが、彼らの今後と関わる史料関連の話を飛ばしたい方は、この下のドラローシュの絵画をクリックして下さい。

 

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Paul Delaroche / Public domain

 

今話で、リチャードとバッキンガムにエドワード5世達を処分したい理由が生じましたし、リッチモンドが彼らを排除したい理由も仄めかされました。

 

横道感や前倒し感もありつつ、『悪王リチャード3世の素顔』や『英国王室史話』で指摘されるエドワード5世達の暗殺に関する犯人説論議を少しまとめてみます。(『時の娘』で展開されている話もかなり似ています。)不明なことが多いようですが、ジョージ暗殺の時と同様、菅野先生は複数ある犯人説とRⅢを全て絡めて描く予定ではないかという気もしますし、採用する説によっては『薔薇』内ではエドワード5世達は無事なままの可能性がある気もします。

 

 

リチャード犯行説

RⅢはこれで(ただし実行者はティレル)、定説とも言えます。その動機や理由として、前王として廃位させた、リチャードの王位在任後まで生きていた証拠がないことがあげられています。RⅢでは彼らを廃位させても不安に駆られたリチャードが過剰に粛清した形になっていますが、歴史・史料的には、エドワード5世達の救出・復位の反乱をつぶすためだったことが指摘されています。63話ではこの有力な説に対する伏線ができました。

 

リチャード犯行説への疑義としては、庶子として廃嫡したので殺害までする理由はなく殺害すれば却って反発を招く、リッチモンドがリチャードの大逆罪を議会に提訴した際にこの件が含まれていない、エリザベスはリチャードと和解し、ベスがリチャードの庇護下に入って王宮の舞踏会にも出ていたとする史料がある(つまりリチャード在位中は無事だったと考えられる)、などが指摘されています。ベスの話も、61話と今話での心温まるエピソードで描かれました。『薔薇』リチャードが手を下す方も下さない方も、まだどちらもありそうです。

 

リッチモンド犯行説

エドワード5世達の死亡で一番利する(王位継承権が上がる)のがリッチモンドだとされます。リッチモンドは父母双方が庶子の血脈で継承権は劣ります。法令変更やベスの血統による継承権の補強が必要でした。更に、継承権が上かもしれないジョージの息子エドワードが、リッチモンド=ヘンリー7世即位後に処刑されています。また、リッチモンドが訴えたリチャードの大逆罪にはこの件が入っていなかったのに、かなり後になってティレルがリチャードの指示で殺害した話が出てきたともされています。今話ではリッチモンドが「“真の王”がいたら私は王になれないじゃないか!なんちゃって、運命は最初から決まっているのさ」と悪辣な顔で言いました。

 

彼の母マーガレット・ボーフォート犯行説もあります。マーガレット説が採用されることはないだろうと思いますが、今話では冒頭のリッチモンド独白のところから登場しています。

 

一方、当時の史料では、リッチモンドの犯行とするものはないそうです。でも『薔薇』では黒幕的で正体を見せていませんからね……。

 

バッキンガム犯行説

バッキンガムについては、武官長職にあったとか、リチャードの戴冠巡幸中ロンドンに残っていたことなどが挙げられていますが、王命がなければできないはずという反論もあります。リチャードへの進言や関与を書いた史料もあるそうですが、それほど明確なものではないようです。王命ならRⅢ的(RⅢではそれを実行せず決裂しますが)、進言なら(これは息子エドワードについてになりますが)『薔薇』的です。

 

63話ではバッキンガムも、逃亡騒ぎの後にエドワード5世がリチャードは悪魔の体で息子も実の子でないと言うところを目の当たりにし、危機感を強めました。ただ、バッキンガムがそれ以上に考えたのは〈やはり“あの子”の存在は危険だ〉という方だったりします。

 

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Pedro Américo / Public domain
 
 

バッキンガムとティレルの複雑な関係について

バッキンガムがリチャードの息子エドワードの存在を危険視するのが、キングメイカーとしての判断だけでなく、愛や嫉妬からでもあることは62話でも仄めかされましたが、今話のティレルとのやりとりで彼はそれを突きつけられることになりました。バッキンガムを待ち構えていたティレルは、再び、愛を教えて欲しいと言いました。

 

「何故知りたがる、“愛”など……、知ればもう二度と戻れはしない」

 

60話では至福の言葉だった「何故気づかせた……、もう二度と言えはしない『愛した人間はいない』などと……」が、バッキンガムを苦しめ縛る言葉に反転しています。〈荊棘など切り裂けばいいと思っていた〉。これも何度も登場する『ヘンリー6世』(以下、HⅥ)でのリチャードの独白からですが、HⅥでは愛されることを諦めたリチャードが荊棘を切り裂いて王冠を求める台詞であるのに対し、愛を知ったバッキンガムが、自分の力だけで横暴に道を開く(荊棘を切り裂く)だけでは進めなくなってしまうのが感慨深いです。

 

ティレルの方は、苦悩するバッキンガムが「悲しそうに見えた」とバッキンガムの目元にキスしたり、フォレスト達のところへは帰らないと言ったりしています。(自分が気に入った人に関しては)愛を求める寂しさに気づいてすっと距離を縮めてしまったり、「いるべき場所」から抜け出してしまったり……、1巻の頃からのヘンリーの能力は健在。バッキンガムはそれに驚いて身を剥がしたり、「俺はお前など求めていない」と否定したり、なんだか反応がリチャードに似ています(リチャードは2巻で「俺はお前なんかいらない」と言っていました)。リチャードとヘンリーは(類似点はありつつも)対照的で異なる者同士、リチャードとバッキンガムは「同じ」者同士だったんだな、と思せる描き方ですよね。1巻の感想でヘンリーとバッキンガムも対照的だと書きましたが、ここにきてバッキンガムが大きく愛に傾いて、この2人の対照性は崩れてきている気がします。

  

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「俺はお前など求めていない!」〈…だが、リチャードは?〉〈リチャードはランカスターの子どもを守ると言った、“ヘンリー6世”の血を−!〉〈俺は何の為に、あんたを諦めたんだ〉 

 

ティレルを目の前にして疑い憤るバッキンガムは、62話の記事で書いたように少しマクベスも思わせます。

 

おれの永遠の魂を人間の敵悪魔に売りわたしたのも、バンクォーの子孫を王にするためだったのか!(『マクベス』)

 

ですが、愛と嫉妬の凄い三角関係になっている点はマクベスと違っていて、バッキンガムにとってティレルが今カレ的に登場してしまうのがRⅢ的だったり(いや、『薔薇』では元カレなんですけど、ほら、関係がギクシャクした時に再度元カレ登場みたいな)、でもやりとりをするのはバッキンガムとティレルだったり、もう色々大変です。

 

光をめぐるリチャードとティレルの場所について

他方、1巻の頃とでは、リチャードとヘンリーの立場はぐるっと転回してもいます。輝きの中に入りたい、「あなた達といれば光に触れられる」と言って、14巻で光を求めているのはティレルです。1巻の頃、王冠に楽園や光を見出し、「あの環の中には楽園がある」と光を求めていたのはリチャードでした。ティレルは王冠を求めている訳ではありませんが、その頃のリチャードも、王冠に、楽園と愛を求めていたところはあるでしょう。その時点で王位の現実を知るヘンリーは、責任と争いに倦み、それを捨てたいと考えていました。

 

そして今、王となったリチャードは、それに倦んでこそいませんが、〈望み続けたものはすべて、今ここにあるんだ〉と自分に言い聞かせても〈慣れ親しんだ不安と恐怖〉につきまとわれています。周辺のきな臭い動静以上に、〈この王冠も……お前がいたから〉と、半身であったバッキンガムともエドワードの王位継承をめぐって対立が生じ、リチャードを苛んでいるのです。

 

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すごく長くなった割にリチャードのことにあまり触れていなかったり、アンにもごめんなさいだったり(←この2人ももどかしい)。そして肝心のことが書けていない気もしますが、63話では心労でリチャードが吐き気を催したという形なので……。

 

(※RⅢは松岡和子訳・ちくま文庫版から、『マクベス』は小田島雄志訳・白水社版から引用しています。)
 
菅野先生がツイートした佐々木蔵之介さん主演のRⅢゲネプロ動画(プルカレーテ演出)。道化の扮装もします! 中世的な道化でなくピエロではありますが。