『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

14巻61話 愛を求める“ヘンリー”について

(薔薇王の葬列アニメ19話対応)

アニメ化決定の報とともに発売になった14巻!

 

(ネタバレになっていますので、ご了解の上お進みください。)

 

引き続き大変引き込まれますが、既に不穏です。しかも13巻の極上のエピソードが悲劇に繋がる展開。リチャードとバッキンガムが互いへの愛を確認し、バッキンガムが愛の方に振れてしまったからこそ亀裂が生じてきます。ティレルもまた人を愛する気持ちに気づくのですが、それが更に危うい絡み方になってきます。さすが、さすがですが、きりきりします。

 

第1部ではリチャードとヘンリーの気持ちが最大限に近づいて、ヘンリーを自分の光として共に生きようとリチャードが心を決めてからのあの流れ。アンとのこともそうでしたが、幸せな展開が後からの悲劇を増幅させる仕掛けになっていくのが『薔薇王』(泣)。第1部では、いつヘンリーの正体を知り、遭遇することになるのか固唾を呑んで見守る感じでした。第2部の14巻は、まだどういう流れになるのか不明なまま、掴んだ幸福が手からこぼれ落ちていくのを見ているような感覚です。

 

52話のバッキンガムのアップで〈ぬくもりがすべてを灰にしてしまう〉とあったのは、自身の気持ちの否認や恐れだと思っていましたが、予言的でもあったのかと思いました。そして、やはり〈その手で作り上げた“全て”を失う〉(「すべてを投げうつ」)方向でのLove's Labour's Lostだったのか、と。とはいえ、愛がこんな風に転換するとは予想していませんでした。

 

12巻や13巻56話ぐらいまでは“ああ、これをこんな風に持ってきたのか!”と、シェイクスピア作品の転用の醍醐味を味わいつつ読んだのですが(13巻後半は思いつくまでにタイムラグがありました)、14巻は6、7巻同様、すごい展開に着いていくしかない感じがあります。

 

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リチャードの過去語りについて

61話の表紙は、王である今のリチャードと、森の館で“羊飼”ヘンリーと過ごした頃のリチャードでしょうか。過去のヘンリーとのことを、リチャードは今話でバッキンガムに語りました。バッキンガムが60話で自分の感情に向き合いそれをリチャードに告げられたように、リチャードもまた、その時の思いも今の不安もバッキンガムに話せる関係になった訳です。「だからどうしても……、考えてしまんだ、いつか……、いつかお前も……」。その言葉に「名を呼んでくれ、“俺の名を”」と言い、今の自分との関係に引き戻すバッキンガム(ここでは“ヘンリー”と言うべきでしょうか)。美しく愛おしいシーンです。ですが、リチャードが不安を語れ、バッキンガムが自分は過去のヘンリーと違うことを示唆しているのに、「いつかお前も」のフラグ感も盛大。

 

その求めに応じて、リチャードは「ヘンリー」と呼びました。

 

リチャードが自分が愛されなかった過去を語り愛した人を思い出すのは、3巻10話と同じ流れですね。この時も外は雷。一方、10話ではリチャードはそれをお伽話に託けて語り愛した人については口に出さず、羊飼ヘンリーと何もないまま同じベッドで眠りました。60話と同様、過去と同じ部分と異なる部分が描かれています。また、60話記事でも書いたように、3巻では王冠か愛かの選択が示され、羊飼ヘンリーは(ヘンリー自身はその時は肉体的な愛には否定的でも)リチャードにとって“王冠より愛”ルートのような存在だったと思います。それが60-61話以降、バッキンガムが“王冠より愛”に移行したように思えます。過去には、王冠より愛を選んだエドワード王がキングメイカー・ウォリックに叛かれることになりましたが、動機は逆と言えるものの、バッキンガムはリチャードに同様の行いをすることになります(65話)。

 

baraoushakes.hatenablog.com

(記事では過去語りについて書いていないのですが……。)

 

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愛を求めるティレルについて

しかも、このやりとりを過去のヘンリー=ティレルが窓の外から見聞きしていました。リチャードが「ヘンリー」と言った時に、過去の亡霊のようにティレルがそれを見ています。他方で、ティレルは〈知っている……、この響き……〉と認識するのに、リチャードの“ヘンリー”は全てバッキンガムのことだと思い込みました。(12巻で記憶が戻ったのかなとも思いましたが、違っていましたね。)

 

ティレルは2人が愛し合うのを見て涙し、〈本当はずっと〉「僕も、人間(ひと)を愛したい」とようやく気づくのです。かつて、リチャードには「僕は…、誰も、愛さない」(5巻20話)と言いましたが、〈本当はずっと〉リチャードと愛とを求めていましたよね。この辺も3巻と重なってきます。

 

ここも私的には“ヘンリーがやっと”という感慨を抱いた箇所ですが、記事冒頭にも書いたように、ティレルの愛の希求が波乱に繋がるだろう流れです。物音をいぶかしんで出てきたバッキンガムに「僕に“愛”を教えてくれないか」と迫り、彼の本当の正体に気づいたバッキンガムは、リチャードと彼を会わせまいとして今すぐ去れば望みを叶えてやると言ってしまいます。

 

他にも色々喚起させる場面です。〈恐ろしい亡霊も〉とも出てきますし、リチャードも「幽霊でも見たか」とも言っているあたりは、やはり『マクベス』の亡霊を思わせます。また60話の記事で触れたように、『リチャード3世』(以下、RⅢ)には、リチャードとティレルのやりとりをバッキンガムが一瞬目撃する版があるとのことですが、こちらはティレルがリチャードとバッキンガムの「心通わせる…美しい場面」を目撃(というより、がっつり窃視。「ずっと…見ていたんだ」)。そしてティレルとやりとりをするのはバッキンガムになっています。60話の記事では、リチャードに対するバッキンガムとティレルの立ち位置が逆だと書いたのですが、61話では、ティレルに対するリチャードとバッキンガムの立ち位置も逆になっている感じですね。ティレルとの関係やこの後の展開、12、13巻での半身感を鑑みると、依然として『薔薇』バッキンガム=RⅢリチャードの面もありそうです。(60話の記事でのRⅢとの比較については、RⅢ未読で先を知りたくない方には回避をお勧めしましたが、65話での動向まで踏まえるともう記事全部をお読みいただいて大丈夫だろうと思います。)

 

baraoushakes.hatenablog.com

 

 

thy eternal summer shall not fade

〈この瞬間(とき)も、このぬくもりも、すべてが始まり終わるとしても、今だけは永遠だと信じさせてくれ〉

 

ここ、(全然違うような気もしますが)『ソネット集』とかからでしょうか。(違うかもと言いながら見出しに使ってしまったのは単に思いつかなかったからです、ごめんなさい。) 10巻でのティレルのシーンで『ソネット集』からの引用があったんですよね。

 

baraoushakes.hatenablog.com

 

一番有名だと言われる18番とかどうでしょう。

 

夏という契約期間はあっというまに終わってしまう。(中略)

美しいものはすべて、いつかは美を失って朽ちる。

偶然や自然の変移が、美しい飾りをはぎとってしまう。

しかし、きみが不滅の詩のなかで時と合体すれば、

きみの永遠の夏はうつろうことはない。(中略)

死神が、やつはわが影を歩んでいる、とうそぶくこともない。

  

引用は、高松雄一訳・岩波書店版からにしましたが、他にもネットで色々素敵な翻訳がありますね。下記の翻訳もとても素敵でした。

 

高木登 シェイクスピアのソネット新訳改訂版

 

文脈としては全く違っていて、「きみ」が詩によって永遠になるという意味です。なのですが、この『ソネット集』は、年配設定の作者、作者の恋人とも思われる美青年の「きみ」、青年とも作者とも関係を結んでいるらしいダーク・レディとの三角関係が歌われています。18番については誰が誰、という感じには当てはまらないんですが、20番の青年の描写がリチャードっぽく思えます。

 

きみの顔は自然がみずからの手で描きあげた女の顔だ、

わが情念をつかさどる男の恋人よ。(中略)

姿かたちは男だがすべてのかたちをうちに従えている。

だからその姿が男の眼をうばい、女の魂をまよわせる。(20番)

 

また、144番の青年とダーク・レディの描写は、7巻でヘンリーがリチャードに抱く印象に近い気がしていました。

 

baraoushakes.hatenablog.com

 

62話でも(それしか思いつかなかくて、無理矢理すぎな気もしつつ)ひょっとしたらソネットからかな、と思うものがあります。そして10巻で使われたからというのもあるのですが、なぜソネットを想起したかというと、これ、青年に結婚して子どもを残すことを勧める詩なのです。詩に描くことと、子どもを残すこととが永遠と関係づけられています(←そうでいながら筆者が青年とダーク・レディとの関係に嫉妬していたり)。これも誰が誰と考えるとぐるぐるしちゃったりはするのですが。

 

ソネット原文はこちらで読めます。

Shakespeare's Sonnets. Plain text 1-154.

 

ソネット18番については歌があるはずなんですが、古い歌を知らなくてうまく探せず、ブライアン・フェリーの素敵な歌を載せちゃいますね。(1回目にリンクした分が何日もしないうちに再生できなくなってしまっていました。ブライアン・フェリーのチャンネルからだったので、配信の曲やアルバムを入れ替えていたりするのかも。これもリンク切れになったらすみません。)

www.youtube.com

 

ソネット集』は、現在パトリック・スチュワートが朗読を行っていて、それが時々twitterなどでも回ってくるので連想したところもあります。18番はトムヒによる朗読もありましたー。

www.youtube.com

 

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