『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

15巻66話 リチャードの帰還について

(※ネタバレになっていますので、ご了解の上お進みください。)

 

心削られる展開かと覚悟していましたが、むしろ、こう来るか!のわくわく感や、物語が動いていく興奮があって一気に読みました。ブーイングが出そうな感想かもしれませんが、15巻ではリチャードが迷いながらも王としての決断を新たにしているためか、あるいはまだそこまで辛い段階に入っていないためか、リチャードとバッキンガムの対決がエキサイティングにすら見えてしまいます。

 

また、伴侶を示すともいわれるバッキンガムからの薬指指輪と、親を示すとされる親指指輪が、66話からかなりしっかり描かれているのも意味深に見えます。しかもやっぱり小指の指輪はありませんね。

 

後から書くように、15巻、特にこの66話は『リチャード2世』〜『リチャード3世』の史劇(『ホロウ・クラウン』シリーズのもの)が入っている気がします。いつもながらの史料やシェイクスピア作品の幾重もの重ね方にも引き込まれます。

 

今回は多めに記事のリンクをしますので、当ブログ内記事はタイトルリンクにしています。

 

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父の亡霊とリチャードの迷い:『ハムレット

66話と15巻が「生きるか死ぬか」の台詞で始まります。この台詞が1巻4話のヨーク公の台詞「王冠か、名誉の死か」と繋げられています。

 

今話冒頭は、1巻4話でヨーク公が勝利して戻った過去の場面が来ています。(ここ、最初はリチャードの夢想場面かと思っていましたが、ウォリックが“正式に”王になることを待ち望んでいると語っているので、1巻4話時の話ですね。)ヨーク公の帰還に笑みを浮かべるリチャード。父が“リチャード3世”になることが、リチャードの本来の望みだったと言えるかもしれません。2巻ではヨークの城門に駆け上がるリチャードを待っていたのは晒されたヨーク公の首級で、それでも、光に包まれた生前の姿をリチャードは目にしました。今話でリチャードが目にするヨーク公にも光が射しています。

 

「生きるか死ぬか」という台詞と父の幻影からは、やはり『ハムレット』を連想し、1巻感想から書いているように、父を尊敬し(亡霊の)父の遺言に従おうとするところが『ハムレット』展開と言えそうです。この冒頭の場面では、ヨーク公は光に満ちていますが、66話の最後や67話以降では闇を象徴するような描かれ方です。

 

1巻4話感想リチャードとヨーク公の繋がりについて

 

ハムレット』の冒頭や亡霊のシーンでも、『ハムレット』オマージュがあった4〜5巻でも、王に相応しいのは誰か、あるいは理想の王はどういう人物かが示唆されました。ここでもヨーク公とウォリックが短い台詞の中でそれを語っています。いわば光としての父と王。他方、(これも『薔薇王』を通じてそう考えるようになりましたが)『ハムレット』の父の亡霊は、ハムレットを孤独と悩みと最終的には破滅に導く存在かもしれません。この両方がリチャードにとっての父の存在のあり方なのでしょうし、ハムレットにとっての父もそうかもしれません。

 

4巻感想16話誰が玉座に相応しいか、という問いについて

 

下のリンクは『薔薇王の葬列』のスペイン語翻訳者のAna Caroさんのブログで、twitterの方では既に紹介したのですが、第1部のヨーク公とリチャード(そしてヘンリー)との関係がいかに『ハムレット』的で、光の上昇と下降の形で描かれているかという図解入りの素晴らしい解説があります。私はスペイン語は全くできないながら、Google翻訳を使うと日本語で読めます。しかも図の方は日本語! (わかりにくいところはスペイン語→英語にしてみると更に精度が上がる気がします。)Ana Caroさんの分析の深さと、改めて菅野先生の凄さを堪能できますよー。ありがたくも当ブログもご紹介いただき、『薔薇王』繋がりでこんなに世界が広がるのは本当に嬉しいです。

 

t.co

 

父の亡霊との関連のみでなく、15巻(特に68話)ではリチャードに「選択」も迫られ、“to be, or not to be”の迷いも抱えることになっていきます。

 

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バッキンガムの計略について

悪い知らせです。イーリー司教モートンが寝返り、リッチモンドのもとへ走りました。バッキンガムは挙兵し、強大なウェールズ軍の援軍を受け、兵力増長の一途にあります。(『リチャード3世』)

 

バッキンガムは、捕らえていたイーリー司教モートンを解放し、彼を引き込んで“リチャード3世”廃位に向けて動き出しました。イーリー司教は、スタンリー卿にバッキンガムの叛意を知らせ反乱に加わることを依頼する手紙を書き、スタンリーの継子リッチモンドもそこに噛んできます。

 

イーリー司教がスタンリーへの手紙で書いた、バッキンガムの反乱の理由が「誓約を違え正当な報酬を与えなかったこと」と「不要になれば敵として排除される」という、『リチャード3世』(以下、R3)4幕2場での決裂の理由です。11巻47話の記事で書いたように、シェイクスピア時代のリチャード3世イメージに大きく影響したのがトマス・モアの書物と言われ、そのモアの師がモートンです。歴史研究的にはリチャードがバッキンガムに対する領地の約束を違えたことは否定されつつあるようで、そこを逆手に取りモートンがそのように理由を説明されたとして経緯を逆に描くような面白さです!

 

11巻47話感想ケイツビーの忠誠について

 

『悪王リチャード3世の素顔』によれば、「モアが、最も力を込めて書いているのは、この時期にブレックノック城に拘留されていたイーリー司教のモートンが、いかに言葉巧みにバッキンガム公を籠絡して反乱に導いたかを述べた部分である。」とのことです。モアとは別の著者(ヴァージル)の年代記では次のようなまとめになっているそうです。「王があまりにつれなく要求を拒んだために(中略)この屈辱を思い、リチャードの王位簒奪に助力した自分を悔いた公爵は、自分が身柄を預かっているイーリー司教のジョン・モートンに今の素直な気持ちを打ち明けた。モートンは、最初はこれが罠だと思って信用しなかったが、やがて本気と分かって親身に相談に乗った」。今回もなんだか普通には読めませんね、す、すみません。

 

バッキンガムとイーリー司教の場面やスタンリーの思惑は、表面的にはこんな感じですよね。ヴァージルの方がこの場面ぽいですが、イーリー司教目線になれば「いずれ必ず報いを受ける」とか「罪を捨て新たに生きれば」「神は赦してくださる」とかの言葉にバッキンガムが改心したとも見える描き方です。

 

……そして……11巻の湯浴エピソードが、バッキンガムとイーリー司教が組む反乱の布石になっていたのかと思うと……思うと……。

 

父の元に帰る息子について:『ヘンリー4世』

66話は、65話に続いて『ヘンリー4世』(と、少し『ヘンリー5世』)も入っているような気がしました。父子関係や遺言の話は『ハムレット』的でもありますが、ヨークに王として帰ることも主題になっている66話は、息子が父の元に帰って王を継ぐ『ヘンリー4世』(以下、H4)のストーリーのようでもあります。(冒頭でヨーク公に言われる「名誉の傷に彩られたお体」も『ヘンリー5世』(以下、H5)の台詞を思わせます。)

 

考えてみると、13巻で多分使われた『ヴェニスの商人』は、父の支配下にあった娘が、父の遺言を成就させ(ポーシャ)、あるいはから解放されてジェシカ。ポーシャはどちらとも取れそう)伴侶を得る物語、65話からのH4は、宮廷を抜け出し、父代わりのように慕う男と過ごしていた息子が、父の元に帰って遺志と王位を継ぐ物語です。菅野先生、本当に上手いし凄いですよね。

 

H4では、宮廷を抜け出して遊び呆ける王子ハル=ヘンリー5世に、父のヘンリー4世は頭を痛めながらも(なので、ハルのキャラも、父子の関係性も、リチャードとヨーク公とは全然違いますが)、死の床でも息子を待っています。ハルは父の元に帰ってきて最期に父を安堵させて王位を継ぎます

 

〈きっと父上は待っている〉と必死に帰ってきたかつてのリチャードは、生きたヨーク公に対面することはできませんでしたが、66話では息子のエドワードが紅潮した顔でリチャードを迎えます。66話冒頭場面で父の帰還に微笑んだリチャードのように。この対応の美しさ。また65話で王位を捨てることに一瞬心が揺らぎつつも、戻ってきたリチャードに、アンも「待っていたわ、あなたが戻ってくるのを」「“リチャード3世”の、“帰還”を」と言いました。今話では、アンとエドワードが父の代わりにリチャードを待ってくれた訳ですね。

 

その前の教会の場面も、H4とH5のミックスのような感じがしました。教会のシーンでは、リチャード本人と気づかない司教に自身のことを悪様に言われても、リチャードは、もっと頻繁に教会を訪れることにすると言い、直後に王だとわかる話になっています。

 

H4では、やんちゃをしていた頃のハルを懲らしめるために投獄した高等法院長に、戴冠した後のヘンリー5世は(高等法院長は態度は強気ですが多分制裁を恐れています)、今後も法を曲げずに正義を司って欲しいと言います。H5では、戦場で、ヘンリー自身とは知らずに、不利な戦をする王を非難した兵に、ヘンリーは最後に身分を明かして金貨を与えます。

 

行く手を阻む者は罠にかけ…、奪い、殺し、半身(あいつ)と共に悪魔になったーー、だが今はーー、王冠(“光”)はこの頭上に在るーー (66話)

 

このリチャードの独白は、13巻56話で〈何故なら神は、この血塗れの悪魔を選んだのだからーー〉とした時とニュアンスが異なっている、あるいは逆になっているようにも思います。56話の際は光と闇が描かれましたが、66話のリチャードはあまり影が描かれず、もっと光に満ちています。

 

13巻感想56話リチャードの戴冠について

 

高等法院長に今後も態度を変えずに厳しくして欲しいと告げた同じ台詞の中で、ヘンリー5世はこう言います。

 

私は父上の志を胸に真剣に生きる、世の人々の予想を裏切り、予言をくつがえし、うわべだけを見て私をあしざまに言った噂をきれいに消してみせる。これまでの私の血は奢り高ぶり愚行に向かって流れていた。

だがこれからは向きを変えて海を目指す、大海原では雄大な潮に合流し、王者として威風堂々と流れるだろう。(H4)

  

今話後半から67話にかけての展開がここを思わせました。

 

領地である北方では善政を敷き、巡幸でも歓迎されたと言われるリチャード3世を史実側に近づけ、シェイクスピア作品ではヒーロー側のヘンリー5世に再び重ねてきた印象です。H5が引かれていたスコットランド遠征の9・10巻で登場したオールバニ公が今話で登場し「それにしても見違えましたぞ貴方は本当に…、王になったのだな……」と語ったことも感慨深いです。9・10巻では『マクベス』も重ねられていたとは思うものの、今話はH5と、この下で書く『リチャード2世』(以下、R2)の関連かと思いました。

 

9巻感想40話リチャードの嘘と真実について

10巻感想41話闘う王としてのリチャードと『ヘンリー5世』オマージュについて

 

リチャードが史実側に接近するのに対して、『薔薇』リッチモンドの方はR3側のリチャードにますます移行していますが、こちらについては67話感想記事でまとめて書こうと思います。

 

王に対する反乱について:『リチャード2世』

10巻で想定したR2オマージュは、ジェイムズ王に対するオールバニ公とリチャードの対決についてでした。そこでは、力がないにもかかわらず王権を神から与えられたものと信じる王に対し、相応しくない王を廃するために反乱が起きるプロットとの類似を考えました。こういうリチャード2世は『薔薇』のリチャードとはむしろ逆で、リチャード2世側はあまり重ならないと思いますが、15巻からは、本当は王の打倒までは考えていなかったボリングブルックがバッキンガムに重なるイメージです。原作を素直に取れば、ボリングブルックは、本当は王の打倒までは考えていなかったのに、反乱のなりゆきでリチャード2世の廃位と殺害まで追い込んだように取れます。また、やや無理があるかもしれないものの、臣下である従兄弟の王に対する反乱です。

 

特に、ワーナー演出、フィオナ・ショウ主演の『リチャード2世』のボリングブルックがバッキンガム的な感じがしました。これを観て、R2がこんな物語になることに驚きましたし、観ていなければ15巻の展開をR2的とは思わなかったかもしれません。ワーナー版では、ボリングブルックの王に対する要求が、王に不満を持つ他貴族達の動きと結びついてしまったように見えました。(この記事ではこのくらいの書き方にしておきます。)66話以降のバッキンガムは、自分の要求を通すために反リチャード勢力とも連携し、その勢いに巻き込まれて行っています。

 

デボラ・ワーナー演出・フィオナ・ショウ『リチャード2世』感想

 

ただ、それ以上に扉絵からR2を想像したところもあります。私は観ていないのですが、蜷川幸雄演出版ではタンゴがフィーチャーされていたらしいのです。リチャード2世やボリングブルックの捉え方や演じ方も様々なようで、上ではリチャード2世が『薔薇』のリチャードとは重ならないと書きましたが、下の記事中盤あたりで描かれている内田健司さんのリチャード2世は『薔薇』リチャードとも被ってくる印象です。(内田健司さんは、昨年リモートリーディング配信でリチャード3世を演じていましたね。)

 

news.ameba.jp

 

第一話「悪党宣言」 #playthemoment ”リチャード三世” - YouTube

 

で、蜷川演出版のタンゴ画像を検索していたら……菅野先生ご自身が! 描かれてましたよ、リチャード2世のタンゴシーン! なので、一層、イメージを重ねた扉絵ではないかと思いました。

 

 

↑ 今回の記事で一番のウリはここかも。

  

(※H4については、松岡和子訳・ちくま文庫版から、R3については河合祥一郎訳・角川文庫版から引用しています。)

 

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『薔薇王の葬列』15巻はすでにご購入の方ばかりでしょうが、これからご購入の方はコミックシーモアが特典ペーパー付です(2021年3月現在)。