『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

A.ホロヴィッツ著『メインテーマは殺人』(創元推理文庫)感想

『薔薇王』感想ブログからまた別の枝を伸ばしている感はあるものの、アンソニーホロヴィッツのミステリー『メインテーマは殺人』を読んだらすごく面白かった上に、想定外にシェイクスピア作品が絡む内容でした。数多の本や映画にシェイクスピアは出てくるのでしょうが、『メインテーマは殺人』では、直接的な引用以外に、もしかしたらシェイクスピア・オマージュかと思う箇所があり(いつもの妄想仕様ですが)、その部分がネタバレ的でtweetしにくかったのでブログ記事にしました。シェイクスピアを探して方面の記事ということで。

 

とはいえ、ネタバレ部分でしかもミステリーなので、その部分は一番最後に書いて、序盤はシェイクスピアとは関係のない主人公萌え語り、中盤はネタバレでないシェイスピア関連の箇所を書きます。

 

ついでにホロヴィッツシャーロック・ホームズパスティーシュの『絹の家』の話も一寸だけします。

 

ホームズとワトスンの系譜というかバディ感に転びます

『メインテーマは殺人』は、「このミステリーがすごい」などNo.1ゲットしまくりの作品なので今更の気はしつつ、以下が公式での作品紹介です。

 

自らの葬儀の手配をしたまさにその日、資産家の老婦人は絞殺された。彼女は自分が殺されると知っていたのか? 作家のわたし、アンソニーホロヴィッツは、ドラマ『インジャスティス』の脚本執筆で知りあったホーソーンという元刑事から連絡を受ける。この奇妙な事件を捜査する自分を本にしないかというのだ。かくしてわたしは、きわめて有能だが偏屈な男と行動をともにすることに……。ワトスン役は著者自身、謎解きの魅力全開の犯人当てミステリ! 

 

流石プロのまとめですね。拙い文でだらだら書いてしまう私はいつも感嘆してしまいます。

 

この記事を書いている理由はシェイクスピア絡みですが、全く知らなくても無問題だと思います。私も作品の魅力を感じたのは、シェイクスピア関連のところ以上に、ホーソーンの為人や、ホームズとワトスンを踏襲しつつもっと拗れてツンデレ的な(←おじさん同士ですが)バディぶりでした。

 

並行して同じ作者の『絹の家』と『モリアーティ』も読み、バディの絶妙さで転がしてくれる作者だなと思いました。加えて、作者のメタ的な視点というか、(『絹』と『モリアーティ』では正典への、『メインテーマ』では作中の自分や設定への)批評的・パロディー的な距離の取り方に個人的には一番面白さを感じます。

 

ホーソーンはこう描写されています。「まるで豹を思わせる、なめらかな身のこなし。そしてその目はーー柔らかい茶色ではあったがーーどこか挑発的な、脅すようにさえ見える視線を、じっとこちらに向けている。(中略)まるで子どものころはごく整った顔立ちをしていたのに、これまでの人生で何かがあって、醜いとはいえないまでも、どこか奇妙に人好きのしない容姿になりはててしまったかのようだ。」この頃ファンタビ3がすごく話題でよく目にしたことに影響されてか、私の中でホーソーンマッツ・ミケルセンで脳内再生されていました。きっと情報操作され易いのでしょう。大柄ではないとか、40歳ぐらいとか、符合しないところもあるのに、「奇妙に人好きのしない」は悪役顔に解釈し直され否応なく自動再生されたのでした。ホーソーンホロヴィッツに執筆を依頼しながら自分自身にも謎解きにも立ち入らせない一方、ホロヴィッツに対しては誰も呼んでいない愛称「トニー」でいきなり呼んだり家に来たりとどんどん踏み込んできます。

 

続刊の『その裁きは死』も読み始めて、期待を裏切らないホーソーンの登場の仕方に早くも笑みが止まりません。9月頃新作の翻訳発売予定なのも楽しみです。

 

ちょっと寄り道、『絹の家』と『憂国のモリアーティ』

『絹の家』はコナン・ドイル財団が初めて公式作品認定したホームズ・パスティーシュとのことで、これは部分的に『憂国のモリアーティ』っぽく見えたというか、憂モリはこちらも少し取り入れているかもと思いました。ネット検索しても情報は上がってきませんが、憂モリに入っているんじゃないかという声はいくつか見ました。『モリアーティ』ではなく『絹の家』の方、です。ネタバレ気味なことを一言だけですが、やはり画像を挟んで書きます。以下の画像クリックでその箇所を抜かせます

 

Image by For commercial use, some photos need attention. from Pixabay

 

 

憂モリ3巻のバスカヴィルは正典と異なる変換がかかっていて、それが『絹の家』的な感じがしました。更に、アニメのオリジナル第1回です。偶然かもしれませんが、テイストが正典より『絹』っぽい気がするし、犠牲者の1人が街の孤児、別の1人が仕立て屋(無理矢理ですがある意味「絹の家」)の息子なんですよね。別面では、ホームズが明らかにしようとした犯罪が上流階級の人々に蔓延する秘匿事項に関わっていて、兄マイクロフトがそれに気づいているあたりもなんとなく似ている気がします。ただ、『絹』のマイクロフトの方が後ろ向きで、憂モリ・マイクロフトの方が義にも情にも厚い人ではあるかも。

 

 

憂モリにもシェイクスピアは出てくるので、石を投げれば……ってことなのかもしれません。

 

ようやくシェイクスピア(まだネタバレにはなってないはず)

『メインテーマは殺人』にシェイクスピアの話が出てくるのは、この作品の被害者が俳優の母親であったり、彼女自身がシェイクスピアズ・グローブの理事だったりする設定であることや、「わたし」であるホロヴィッツがTVドラマや映画の脚本家でもあることにも理由があります。Royal Academy of Dramatic Art (RADA)の話が出てきたり、Old Vicなど劇場の名前や実在の俳優名や監督名が出てきたりもするので、この辺もくすぐられます。加えて、現代でもシェイクスピア作品が英国演劇界で重要な位置を占めていたり、人種やジェンダーを多様化した配役や現代化演出が盛んになっていたりすることが、この本からも感じられます。

 

文学作品での引用や借用については、この作品自体のタイトルをどうするかという自己言及的な話のなかでこう書かれていたりもします。「素晴らしい題名の多くは、どこからか借りてきたものが多い。シェイクスピアの『テンペスト』から引用した『すばらしい新世界』(Brave New World)、新約聖書ヨハネの黙示録』題名を得た『怒りの葡萄』(中略)。アガサ・クリスティの著作のうち、多くの題名を聖書やシェイクスピアテニスン、はてはオマル・ハイヤームの『ルパイヤート』から借りている」。

 

アガサ・クリスティも少し読んだ程度なのですが、クリスティといい、ホロヴィッツといい、シェイクスピアって基礎教養みたいなものなんでしょうね。作家が知悉している以上に、読者がネタとしてわかって楽しめることがある程度は前提になっている気がします。

 

本作では、謎解き自体にもシェイクスピア作品が関わってきますが、その一方でそれを知らなくても全く問題はなく楽しめる作りになっているのも先ほど書いた通りです。

 

この後ようやく『メインテーマは殺人』のネタバレと絡むシェイクスピアの話とオマージュ妄想語りですが、ミステリーのネタバレになっていますので、未読の方はここまでにしていただくことをお勧めして、商品情報を挟みます。もしよかったら、また来て下さいね〜。

 

 

最後にシェイクスピア・オマージュと勝手に思うこと

謎解きに絡むのは『ハムレット』と『十二夜』です。ですが、直接謎解きに関わるところ以外に(以上に)、オマージュがありそうに妄想してしまいました。

 

十二夜』関連で謎解きに絡むのは、主に登場人物の名前です。オマージュっぽいと思ったのは、話の中で事故にあった子どもが双子設定になっており、1人が亡くなって1人が生き残り、生き残った方も事故前とは別人のようになってしまっている箇所です。しかも事故が起きたのが海辺の街。生き残った1人が容疑者かもしれないとにおわせるための双子設定とも考えられますし、男女の双子ではないものの、兄弟という以上に敢えて双子かーと思いました。

 

ハムレット』については、やはり登場人物の名前と犯行動機が関わっています。ここはモロにネタバレになりますが、オマージュとしては、ハムレットに対するレアティーズの復讐だなと思いました。しかも、『ハムレット』で、レアティーズはその謀を隠しています。更にその事件の前段で、墓地に遺体を納める時に騒動が起きています(単に騒動が起きただけで、ハムレット、オフィーリア、レアティーズの関係性が再演される訳ではないものの)。加えて、ハムレットとレアティーズのようでもありながら、クローディアスに対するハムレットの復讐劇のようにも思えます。レアティーズ・ポジションの人物は、就くべき王位=役割を不当に奪われたハムレットでもあります。その彼が王位を奪ったクローディアスに復讐する話にも思えるのです。これも、原作『ハムレット』の動機とは異なってはいるのですが。