『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

9巻36話 ジョージ「主役」の芝居について

9巻の表紙はティレル。ジョージ、とうとうコミックスの表紙を飾れないままでしたね……。公式アカウントのコミックス発売告知がすごく面白くて、7巻発売時は、ジョージが「次は俺だろ?!」と言う話になっていたのに。ねえ。

 

 

という訳で(え?)、36話はジョージが「主役」になる話です。

 

「役者の真似事」について

リチャードの目的はもはや呪いの犯人の究明ではなくジョージの逮捕になっているので、ジョージが呪いに加担するように仕向け一芝居打つことになります。「『役者』は俺達自身だ」と言うリチャードに、バッキンガムがケイツビーに芝居ができるようには思えないとくさします。

 

その他にも、リチャードに尽くすケイツビーに「我々の神の元では重罪だぞ、男同士●●●は」と牽制とも詮索とも取れる態度をバッキンガムは取っていますが(しかも肌の色を前提にした推測が無礼)、まあこれもかわいい嫉妬と思っておきましょう。ケイツビーは身分も弁えつつ大人の対応です。『リチャード3世』(以下、RⅢ)で芝居ができるかと言われているのは、バッキンガムだったりします。

 

リチャード さあ、おまえにできるか……顔色を変えて、何か言いかけては息を呑み……まるで恐怖で錯乱してしまったかのようになることが。

バッキンガム なんの、悲劇役者の真似事ぐらいできますよ。……策に応じて、ご覧にいれましょう。(RⅢ)

※RⅢではジョージに関わるところでなくもう少し後の場面だったりしますが……

  

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ジョージ「主役」の芝居について

36話でも、ジョージの逮捕までRⅢと『ヘンリー6世』(第2部)(以下、HⅥ(2)、第3部はHⅥ(3))が巧みにミックスされて話が進んでいきます。

 

ジョージが暗殺者(実はケイツビー)に襲われているところにリチャードが駆けつけて助け、“Gの予言”をエドワード王が真に受けてジョージを危険視していることを告げます。

 

話をするのがジョージ(RⅢ)からリチャード(『薔薇』)になっていたり、危険を唆したとされる人物がエリザベス(RⅢ)からジェーン(『薔薇』)になっていたりはしますが、ここはかなりRⅢの2人の会話通りの感じです。

 

クラレンス 陛下は予言やら夢占いに耳を傾け……魔法使いに告げられた……Gによって、王の世継ぎが絶えてしまう、と。……そんな愚にもつかぬ戯言で、このように私に縄を掛けようというのだ。

リチャード ……王と結婚したグレイ卿夫人〔=エリザベス〕、あの女ですよ、王を唆してこんなひどいことをさせるのは。(RⅢ)

  

そしてリチャードは、王命で監視していたがそれには堪えられないと言い、次の王としてジョージを支持することを仄めかして、怪我を負ったジョージに医師兼呪術師を紹介します。

 

呪術師を紹介するのはHⅥ(2)準拠の感じですね。HⅥ(2)のエリナーも嵌められていて、呪術師を紹介する人物が実はエリナーの敵対者と通じています。また、その人物は、エリナーを「王妃様」(majesty)と呼び、神の恵みと自分の助言でそうなる、とエリナーを信じさせるのです。

 

『薔薇』ではイザベルの呪いの書きつけがジョージに渡るようにしむけて、ジョージがそれをイザベルからのメッセージのように思い、「俺は本来王に並ぶ存在」と呪いの実行に拍車がかかってしまう展開になっています。

 

HⅥ(2)ではエリナーが「私が男で、公爵で、王の血筋に近ければ……邪魔者をきれいに片付け」るけれど、自分も「運命の女神の大芝居にひと役買ってやる」と語って呪いを実行します(HⅥ(2))。『薔薇』ではリチャードが、芝居を打った後〈あとは……主役を待つだけだ、さあジョージ、舞台に上がれ〉と心中で言っています。

 

呪術師が呪いを行なっているところに、HⅥ(2)ではヨーク公と先代バッキンガム公が、『薔薇』ではリチャードとバッキンガムが、踏み込んできて逮捕という顛末になります。

 

ジョージを逮捕した後も、バッキンガムは、閉じ込めておくなら殺すのも同じ、と暗殺を提案します。慎重なリチャードに対し、バッキンガムは、手を汚すべきは“王”ではなく我々だと言い、邪魔な荊棘は自分が取り除くと考えます。バッキンガムがしばしば口にする荊棘を切り裂くという言葉は、以前にも書いたようにHⅥ(3)のリチャードの台詞です。

 

リチャード ……おれと目的地のあいだにはおおぜいの邪魔者がいる、そしておれは……茨を引き裂こうとして茨に引き裂かれ……どうにか行こうと死に物狂いにもがくように……いざとなれば血まみれの斧をふるって道を切り開くまでだ。(HⅥ(3)) 

  

そして、バッキンガムが、ここでその「斧」として使おうとしているのがティレルという訳です。リチャードがまだ何も言わないうちに、バッキンガムはティレルに仕事を依頼に行きます。

 

(※翻訳は、HⅥ(2)は松岡和子訳・ちくま文庫版、HⅥ(3) は小田島雄志訳・白水社版、RⅢは、河合祥一郎訳・角川文庫版から引用しています。)
 
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