(薔薇王の葬列アニメ16話対応)
マーガレット様、まさかの引退?!
マーガレット久々の登場回で、フランスに戻った彼女の下にヨーク家を倒そうと使者がやって来ます。ですが、マーガレットはその使者に、もうイングランドとは関わらないと言います。これは結構、衝撃でした。
史実の方を考えれば確かにそうだよね、なんですが、『リチャード3世』(以下、RⅢ)にマーガレットは結構出てきますし、「呪いを浴びせかけ」るマーガレットを期待したのは、使者だけでなく、読者にもそれなりにいたんじゃないでしょうか。少なくとも私はその1人で、『薔薇』マーガレット様が、ヨーク家内での王位争奪劇を軽蔑しながら、更にそれをかき回すことを当然のように想定していたのです。
特に第2部に入って、1巻に1度ぐらいドッキリが入っている気がする……。RⅢ既読者にも予断を許さない展開。何が起きるかわかりません。
緊張感をもって読み進めなければなりませんね!(え……)
とは書いたものの、49話あたりまで読み進めると、これは史実準拠という以上に物語の構成を計算してなのだろうと思ったりもしました。その辺は49話のところで少し書ければと思います。
マーガレットのこの先の登場も本当はまだどうなるかわかりませんが、呪いを言う役割は、ジョージの娘のマーガレットが担っていくのでしょうか。
リチャードとバッキンガムの謀議について
一方、イングランドの王宮では、リチャードとバッキンガムが、王子(兄エドワードの息子)の廃嫡とリチャードの戴冠を画策しています。
RⅢでは王子は2人とも賢くて、その賢さゆえにリチャードとバッキンガムに危機感を抱かせますが、『薔薇』では残念な子たちなので、リチャードの方が王に相応しいと言うバッキンガムの説得材料になっています。
10巻45話から続くリチャードの戴冠に賛成する者たちの票読みについては、RⅢの元場面ではこんな感じです。
バッキンガム (中略)ケイツビー、こっちへ来い。おまえは誓ったな、我々が話した秘密を堅く守り、その計画を必ず実行すると。(中略)
どう思う?ウィリアム・ヘイスティングズ卿に一枚嚙んでもらうのは容易ではないだろうか。(中略)
ケイツビー 亡き王のためにも、王子を大切になさるお方です。王子のためにならぬことはなさりますまい。
バッキンガム では、スタンリーはどうだ。あれもだめか?
ケイツビー 万事ヘイスティングズのいいなりです。
バッキンガム では、こうするしかない。ケイツビー、すまぬが、それとなくヘイスティングズに探りを入れてくれ。(中略)
もし鉛か氷のように、冷たく、気がないなら(中略)やつの動きをこちらへ教えてくれ。明日、二つの会議を開くので、おまえにも大いに活躍してもらわねばならぬ。
(中略)
リチャード 寝る前に報告をもらえるかな、ケイツビー?
ケイツビー はい、殿下。
リチャード クロスビー邸だ。そこに我ら二人ともいるからな。(RⅢ)
この箇所を下敷きに、45話から49話まで、あれやこれや本当に盛り上がる展開になっていますよね。誰がどの台詞を言うかも少しずつ変えながら、この箇所が変奏的に展開されています。
そしてですね、RⅢでは、この後に次の会話が続きます。
バッキンガム ヘイスティングズ卿がこちらの計画に加わらないとわかったらどうしましょうか。
リチャード 首を刎ねるさ。(RⅢ)
『薔薇』では「(リチャード)相手が心を傾けなかったら…?」「(バッキンガム)傾けなければ殺す」と、リチャードとバッキンガムの台詞が逆で、主導権が逆転しているんですよ!
登場人物の台詞の入れ替えはしばしばあるものの、2人の関係が関係なだけに、これだけでも、もうね……。
野望を語るバッキンガムははじめからリチャード3世の半身だった
ですが、ことここに至って気づいてみれば、菅野先生はそもそも初めからバッキンガムを影のリチャード3世として、まさにリチャードの半身として造形していたんですよね。
エドワード即位とエリザベスとの結婚のあたり『ヘンリー6世』(第3部)(以下、HⅥ(3))の3幕2場で、HⅥではリチャードが初めて王位への野望を語るのですが、『薔薇』ではちょうどその箇所(3巻)で、HⅥには出てこないバッキンガムが初めて登場し、そのリチャードの台詞を語っているのです。6巻ではリチャードの影武者を務めたりしました。
46話でも、この箇所だけでなく、多分原典リチャードの台詞だろうと思われることをバッキンガムに言わせています。「神に博打を仕掛けている」とか(これは48話でリチャードが語る「賭け」に類する台詞)、「荊棘」を「切り裂く」とか(バッキンガムが初登場の時にも言ったHⅥ(3)の台詞)。果ては「美女の太腿」のような言葉もHⅥ(3):3-2のリチャードの独白にあるんですよね……。
1巻4話についての記事でも書いたのですが、エドワード即位のあたりから原典リチャードが明確に王位への野望を口にするのに対し、『薔薇』のリチャードは、RⅢにあたる第2部になってすら、その欲望に必ずしも自覚的でなかったり逡巡したりしていました。一貫して野望に自覚的で、リチャードを巻き込むのがバッキンガムと言ってもいいくらいです。
ただ、一方でリチャードの方でも、特に10巻あたりで、闘う王としての実力と自負が備わり、父ヨーク公の栄光として憧憬の対象だった王冠=「光」は、もっと現実的な責任を伴う王、戦に赴き指揮する王=「光」に移行しています。
王の資格と能力をもつ者としてリチャードが王位を意識した段階で、バッキンガムがリチャードの欲望を「曝け出」させた訳です。
46話は、リチャードがその野望を認めて“リチャード3世”になるまでの移行過程で、まだ主導権はバッキンガムにあるということかと思いました。そしてこれはRⅢのリチャードの台詞そのままになっているようにもみえます。
リチャード ……わが分身、腹心、この身を導くご神託、予言者だ、いとしいバッキンガム。俺は幼子のようにおまえの指図に従うまでだ(RⅢ)
RⅢでは、これはバッキンガムを持ち上げるためのうわべだけの台詞で、主導権はずっとリチャードにあります。ですが、『薔薇』のリチャードが覚悟を決めていくまで、ここをあえてその通りの意味で体現させている気がするんです。
もう毎回言っている感じですが、菅野先生の構成、本当にすごくないですか。
覚悟を固めるにつれ、礼拝式の件などリチャードは自分で決断し計画するようになっているように思います。
リヴァース伯の逮捕:リチャードにも情報を与えないまま(43話の例の計画とともに)バッキンガムが一人で画策
→エリザベスの監視:話はするがバッキンガムが提案
→王位奪取協力者の説得と反対者の排除:2人での密談でバッキンガムの主導(いまここ)
→礼拝式中止:話はするがリチャードが決断・計画
そして2人の肉体的な関係もこれとパラレルに移行している気もするんです(そろそろ妄想全開です)。これについては関係の深まりとも取れますし、それぞれ理由もあったりしますが。
バッキンガムから一方的(というか、行為だけを考えるとほとんど性暴力)
→服を脱がそうとするバッキンガムの手を払ってリチャードが自分で服を脱ぐ
→婉曲的だがリチャードから求める
→バッキンガムを押し倒す
こちらの描写では王位への野望がかなり性的な隠喩混みで語られていたりしますし、2人の関係自体、暴力的な野望をリチャードが受け入れ自分のものにしていくメタファーにもなっているように思えるのです。