『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

菅野文先生の『薔薇王の葬列』についてシェイクスピア原案との関係を中心にひたすら語ります

4巻15話リチャードとアンの行き違いと別離について

リチャードとアンの行き違いと別離について:『ハムレット』「尼寺の場」

※追記:『薔薇物語』からだと先日菅野先生がおっしゃっていて、『ハムレット』ではありませんでした。大きく外してしまいました〜。記事はそのままにしていますが、お読みいただく場合はその前提でお願いします。

 

薔薇物語 - Wikipedia

 

14話ではアンと父ウォリックの会話を耳にしたリチャードが、アンが父の言いつけに従って嫌いな自分とつき合っていたのだと思い込みました。これは完全にリチャードの誤解だったのですが、15話ではリチャードの夢にアンが現れ、「本当は私…あなたのことが、大嫌いなんだもの」と言って母・セシリーに姿を変えてしまいます。

 

他の女達とは違うんだ〉〈彼女は…『特別』なんだー〉〈きっと母上とは違う〉と思ったのに母親と同じだった、とリチャードには受け止められている訳です。

 

この夢の場面では、アンより前にヘンリーが登場しますが、ヘンリーにもリチャードは「お前だってきっと離れていく、本当の俺●●●● を知れば…」と拒否的な態度をとっています。

 

前回予告的に書いたように、この展開は『ハムレット』(以下、Hm)で、ハムレットがオフィーリアに何度も“Get thee to a nunn'ry”「尼寺へ行け」と言う、通称「尼寺の場」(3幕1場)のように見えます。1巻4話の記事を書いた時には、リチャードはHmの父の敵討ちパートで、母親との関係での女性不信はヘンリーに割り当てられている気がしていましたが、13-15話を改めて読むと、ハムレットの後者の側面もリチャードに重ねられているように思いました。

 

baraoushakes.hatenablog.com

  

「尼寺の場」では、会話の始まりあたりからオフィーリアがハムレットからの贈り物を返すと言い出します。ハムレットにとってはいきなり別れ話か、自分への拒絶にも思える流れです。『薔薇』ではリチャードがアンへの贈り物を考え、そして雪だるまを届けようとして「リチャード様と、結婚なんてしないわ…!」という発言を聞いてしまう展開でした。

 

贈り物を返すことは父ポローニアスの言いつけ通りですが、オフィーリアはそこまで考えていなかったかもしれません。(この辺は解釈や演出に幅がありそうです。オフィーリアの側にしてみれば、その後の台詞から、会ってくれなくなったハムレットを詰るような行動だったと取ることもできる気がします。)ここから2人が行き違っていくというか、ハムレットは「なにもやったおぼえがない」と言い、オフィーリアは「優しいお言葉」と一緒にくれたのに心変わりしたようだから返すと再度言い……。売り言葉に買い言葉的に応酬し、ハムレットはオフィーリアを傷つけつつ自分が傷ついていきます。

 

そして、そもそもここでハムレットとオフィーリアが会うこと自体、ポローニアスがハムレットの様子を探るために仕組んだことでした。影でポローニアス達が2人を窺っている訳で、ハムレットから見ればオフィーリアは父に言われるまま自分を裏切っている形です。やりとりの途中でハムレットが「父上はどこにいる?」と聞いても、オフィーリアは「家におります」と嘘をつきます。

 

ハムレットがポローニアス達の監視に果たして気づいたのか、気づいたとすればいつかについても解釈は様々なのですが、「家におります」と返された後のハムレットの発言は更に攻撃性を増しているように思えます。女性全般への不信を言うような台詞はそこで出てきます(「おまえたち女は紅おしろいをぬりたくり……」、「利口な男なら……知らぬは亭主ばかりになることを心得ている」)。

 

オフィーリアも母親や他の女と同じだという思いと、オフィーリアには特別であってほしいという思いの間でハムレットは揺れているともしばしば指摘されています。亡父をすぐに忘れるかのように再婚した母に失望し、女は所詮そんなものという思いと、オフィーリアにはそんな女性になってほしくないという両義的な思いがありそうで、「尼寺へ行け」は、そんな思いが交錯する台詞と言えそうです。

 

ハムレットの不信は女性にだけでなく自分自身にも向けられています。『薔薇』や原典リチャードのような身体へのコンプレックスがあるわけではなく、むしろその点では多分恵まれているはずなのに、自身の弱さ、肉体や性愛(または女性)に対するハムレットの鬱屈は原典リチャード以上の感じすらあります。「もとの木〔自分や自分の愛情のことでしょう〕がいやしければ、どんな美徳を接ぎ木しようとむだだ」。「おれは傲慢だ、執念深い、野心も強い、その気になればどんな罪でもおかすだろう。(中略)おれたちは悪党だ(中略)だれも信じてはならぬ。尼寺へ行くのだ」。こちらの方はヘンリーに対する台詞(「お前だってきっと離れていく、本当の俺・・・・ を知れば…」)に近い感じをもちますが、だからオフィーリアには恋愛も結婚もせず尼寺へ行ってほしいというのは……、ハムレットの方も勝手ですよね。

 

「たとえおまえが氷のように貞潔雪のように清浄であろうと、世間のかげ口はまぬがれぬだろう。だから尼寺へ行け。」という台詞もあります。14話で氷と雪が出てきたのは偶然かもしれませんし悪い印象もありませんが、半分はオフィーリアを信じているようにも思える言葉ながら、この氷と雪の形容は冷たさや不毛さを喚起させ、愛情とは逆の印象を持たせるものです。ハムレットはオフィーリアにそんな風に1人で尼寺に行ってほしいと言う訳です。そしてリチャードの方は、ヨーク公が「ここには誰もいない、お前を傷つける者も、お前を愛する者も」と言う玉座の前で佇みます。

 

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Alphonse Mucha [Public domain], via Wikimedia Commons

 

と、ここまで「尼寺の場」について延々書いてきてあれですが、2人で雪だるまを作れず、お城を作って1人で閉じこもってしまうのはアナ雪っぽい気も……。これも氷と雪。“Conceal, don't feel, don't let them know”“A kingdom of isolation, and it looks like I'm the Queen”(Let it go)ですしね。いや、むしろこっちの方が近くない? リチャード=エルザ、アン=アナ、ハンス王子からクリストフに移行するのがランカスターのエドワードという感じで。リチャードとアンについては、13巻以降アナ雪的展開大歓迎ですよ。その場合も、アナ雪2ならShow Yourselfですねとか、アナ雪2はある意味 “A horse, a horse, my kingdom for a horse!”(『リチャード3世』)の展開 でしたね、とか色々書きますので。

 

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夢の中の花園について:「オフィーリア狂乱の場」(か?)

夢の場面は城の廃墟の中の花園のようで、図像にも花や鳥にも詳しくないのでこういうところはいつもわからないなーと思うんですが、ここで描かれている花がなんとなくオフィーリアの絵画に出てくるものの感じがしませんか。そもそも絵自体、Hmで語られる花を元にしているでしょうが、有名なミレーの絵が一番花がわかりやすいように思います。どうでしょう?もしそうなら、ここではリチャード=オフィーリアというところかと思います。

 

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John Everett Millais [Public domain], via Wikimedia Commons

 

ハムレットの立場からは、オフィーリアが自分を拒絶した(=贈り物を返そうとした)り、裏切った形になりますが、オフィーリアから見れば、自分に語った愛を早々に忘れ、「おまえを愛してはいなかった」とまで言って去ったのはハムレットです。しかもハムレットはその後父のポローニアスを(間違ってですが)殺しています。

 

花園の中でリチャードは花に手を伸ばしているだけですし無言ですが、Hmで錯乱状態で花を持って登場するオフィーリアは“How should I your true love know from another one?  By his cockle hat and staff, and his sandal shoon.”と歌います。“本当の愛をどうやって見分ければいいの?”か、“本当の恋人だとどうしたらわかるの?”という感じでしょう。cockle hat以降は巡礼の装束≒死の装束を指しているそうで、巡礼の姿で彼(=恋人)だとわかる、ということになります。

 

傷ついて夢の中にいるリチャードのところに、巡礼の旅に出ようとしながら拘束され、リチャードに救いを求めているヘンリーが呼応するかのように現れた訳です。ここではヘンリーの方が精神状態が危うそうなのですが。

 

オフィーリアの歌は”He is dead and gone; At his head a grass-green turf, At his heels a stone.”「あの人はあの世に去りぬ」「頭には青草しげり足もとに墓石立ちぬ」と続きます。ハムレット(恋人)を失ったことと父ポローニアスが死んだことが重ねられ(混同され)、父への思いに移行する形です。城の廃墟の花園は、ヨークの城に「青草しげり」が重ねられているようにも見えます。この夢では、「お前だってきっと離れていく」というリチャードに「僕はずっと君と」とヘンリーは返しますが、アン/セシリーがリチャードに矢を射かけ、荊棘が2人を引き裂き、気がつけばリチャードはヨーク公の幻影(亡霊)の元にいたという展開でした。

 

リチャードの独白との重なり

更に凄いのは、この「尼寺の場」と(怪しいけど)「オフィーリア狂乱の場」がそのまま『ヘンリー6世』第3部(HⅥ(3))のリチャードの独白に載ってくる展開だということです。このブログでももう何度も引いた台詞ですが、強調箇所を変えて提示します。

 

リチャード 愛の神はおれを見捨て、おれを愛の花園から閉め出すべく言いなりになる自然を賄賂で買収した。(中略)おれのからだをどこもかしこもむちゃくちゃにしたのだ、(中略)そのおれが女に愛されるような男と言えるか?そう思うだけでもみっともない、とんだ料簡ちがいだ!(中略)だから王冠を夢見ることがおれの天国なんだ。(中略)そしておれは──茨の森に迷いこんだ男が、茨を引き裂こうとして茨に引き裂かれ、道を見つけようとして道から遠ざかり(中略)──イギリスの王冠をつかもうと苦しみもがいている HⅥ(3)

 

そして、リチャードは、アンの気持ちを誤解したまま、苺をつみに行こうというアンからの誘いを断って「解放してさしあげます」とアンに別れを告げるのです。

 

baraoushakes.hatenablog.com

  

次の項目、少しだけ12巻のネタバレになります。オフィーリアの画像と薔薇の画像を挟みますので、読みたくない方はこの下のオフィーリアの画像をクリックして下さい。

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Joseph Kirkpatrick [Public domain]

 

12巻は15話のリフレインだったことについて

ですが、それより何より重要なのは(←またか)夢の場面が12巻とそのまま重なる展開・構図になっていることです。これねー、読み直すまで気づかなかったんです、ダメじゃん。12巻の楽しみ方を損してましたよ、せっかくの仕掛けが……。菅野先生、す、すみません。

 

ここで弓を引くセシリーと、12巻でのアン、エリザベス、同じような構図です。12巻で“ああ、また”と、もっとはらはらできたはず。12巻でリチャードに刺さった矢(これは他の誰かが射たものでしたが)の位置は、右胸上部から肩の間ぐらいですが、ここでは左胸でした。で、矢を受けて倒れるリチャードを抱きとめたのがヘンリー。そしてヘンリーは、この夢で「幻でもいいじゃないか」「ずっと夢の中にいたっていい」と言っていたんですね。

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写真AC shiro7610
 
(※Hm、HⅥ (3)の翻訳は小田島雄志訳・白水社版から引用しています。)

 

アンドリュー・スコットの『ハムレット』「尼寺の場」の一部。
BBCの『SHERLOCK』も好きなので、所々アップされているのを観たのですが、これは全編観たくなる版です。BBC様、Blu-rayを出してくれませんか……。下の映像リンクで変顔をしたスコットが出てしまうので、“サイコパスハムレットなの?”と思われそうですが、違います! モリアーティみたいじゃないですから。ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ(『ダウントンアビー』のシビル)も愛があって真摯なオフィーリアの印象で、2人の関係性もいいです。「尼寺の場」では、私はハムレットか、オフィーリアかに嫌な感じがしてしまうことも時々あるんですが、この版だとどちらが悪いわけでもなく、お互いに愛しているのに行き違って傷ついているように思えます。『SHERLOCK』関連では、カンバーバッチ版の「尼寺の場」もアップされていますが、14,15話の雰囲気に近いのはスコット版という気がします(「おまえたち女は」の台詞が出てくる前までだからかもしれませんけど)。
追記:カンバーバッチ 版もやっぱり15話に近いかもと考えを改め、とこちらは下のリンクの感想記事で長々書きました。そちらで「尼寺の場」動画もリンクしています。 

“I did love you…”

 

ナショナル・シアター『ハムレット』感想 - 『薔薇王』にシェイクスピアをさがして

 

また、オフィーリアのHow should I your true love know?は結構有名曲で、youtubeでも何曲も上がってきます。シェイクスピアも作品によっては、結構、歌が入っていますよね。有名どころではマリアンヌ・フェイスフルも歌っていました。昔風にもフォーク風にも聞こえて素敵です。

How Should I Your True Love Know

 
こちらは別バージョン。元歌?の“As You Came from the Holy Landと繋げられています。

www.youtube.com

 
『ホロウ・クラウン』ではカンバーバッチがリチャード、スコットはフランス王ルイでした。